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(劇評)楽しいとは、なんて考えずに楽しめたらそれがいいのかもしれないが

劇団ドリームチョップ「プロゲキ!ドリームチョップLIVE」プロゲキ!10・20『PoP SHoW!~楽しくなくちゃイミがない!~』の劇評です。
2024年10月20日(日)14:00 DOUBLE金沢

観劇初心者にも観やすいような短編演劇を複数本上演している「プロゲキ!」も、もう9回目を数える。今回は『PoP SHoW!』というタイトルと「楽しくなくちゃイミがない!」とのサブタイトルから、楽しく観られる軽い感覚の芝居なのだろうと期待した。だが「劇評を書きます」と言ってから、「私などが書いてもいいものか?」とも思った。筆者は、笑いの沸点が高い。つまり、ちょっとしたことでは笑わない。楽しい時はもちろんあるが、それがあまり表に出ないのである。そんな、無愛想でくすりともしない客が目の前にいては、演者もやりにくいことだろう。できることならば客席が「楽しむぞ!」という雰囲気になっていてニコニコしていたほうが、楽しませたい演者との相乗効果が高くなり、舞台の楽しさは増すと思われる。

客席を温めるべく、開場から開演までの間に「Future Stage」として登場したのが「劇団やてみよ」だ。劇団と名乗っており、実際に団員も数名いるようなのだが、舞台には、先ほどまで客席整理をしているスタッフだと思われていた1人の青年が飛び乗った。彼はショートコントを始めた。ほんの数秒で終わるものから長めのものまで数本のコントを流れるように披露し、そのテンポの良さととっつきやすい内容で客席からの笑いを増やしていった。あっという間に終わってしまった感があるが、楽しい雰囲気を漂わせて彼は舞台から去っていった。

MCの朱門が開演を告げる。今回の出演者、山根ほのか、慈幸友香、井口時次郎の3人が順に舞台に上がった。主催の井口時次郎の挨拶の後、3人とも退場し、始まるのは1st Stage、山根ほのかによる『あなたのこと、知れて嬉しい』だ。薄暗い会場の後方からスーツ姿に鞄を下げた、山根演じる女性が歩いてくる。舞台の手前で鍵をあけようとして、近くにいるらしい宅配業者に声を掛ける。留守の隣人に荷物が届いたのだ。女性は、受取人には伝えておくと言い、隣人の郵便箱から鍵を取り出し扉を開け、荷物を部屋の中に入れる。鍵は開けたまま、つまり隣人が鍵を閉め忘れた、という体にした。別の日に女性が帰宅すると、また、留守宅に荷物が届けられているところに遭遇する。再び荷物を受け取り、部屋の中に入れてから女性は気付く。その荷物が冷凍便であることに。内容物を溶かしてしまうわけにもいかず、女性は中身の冷凍弁当を箱から取り出して冷凍庫に入れる。さすがに今回は書き置きを残す。すると、隣人からは感謝の返事が届いたのだ。感謝されていることに安堵した女性は、また隣人に届く荷物を受け取るのだが。

隣人の部屋に勝手に侵入していることを、いや、感謝されているのだからとごまかし、部屋の中を把握することも、文房具を使うことも、冷蔵庫を開けることも、冷凍庫を開けることも、荷物を開けることも、やっていけないことではないと自らを納得させる。彼女の行動は、踏み越えてはいけない線の上でふらふらしているようなものだ。その危うさと、もし隣人にこのようなことをされたらという怖さを感じた。そういった感情を抱かせるという意味では、しっかりと作り込まれた芝居なのである。だが、この作品は「楽しい」のだろうかという疑問が生まれる。隣人の部屋に入って行動を続ける彼女も、恐る恐るといった気持ちなのではないだろうか。いや、怖さがいつしか彼女の中では、やってはいけないことをやってしまっている楽しさに変わっていたのかもしれない。

2nd Stageは慈幸友香による『ソノトキノキモチ』(アントニオ猪木を意識したとされる『アントキノイノチ』とタイトルがちょっと似ているのは、プロレスを意識した『プロゲキ!』に寄せたのであろうか)。慈幸は大阪からの参加である。自分の日記を読みかえすという形で語り始めた。彼女は子供に絵本の読み聞かせをしているそうで、読む絵本を探していた。まず見つけたのは『鶴の恩返し』。内容としては、助けた鶴が恩返しとして人に化けてやってくるのだが、機を織っているところ、鶴である正体を見られて去らざるを得なくなる、というものである。途中に『笠地蔵』の話も挟みながら、慈幸は「恩返し」に対してさまざまなツッコミを入れていくのである。そして話題は別の民話『魚女房』に移るのだが、この話も恩返し系だ。助けた魚が人に化けて恩返しに来るのであるが、その魚の恩返しの方法にも慈幸はツッコんでいく。

題材にしているのが民話ということで、観客のほとんどが内容を知っている物であっただろう。よって「そうそう」という共感は得られやすいのであるが、慈幸がツッコミを入れる前に「知ってる」ともなってしまうのが難しいところではなかったかと思う。また、皆が知っている話だけに、意外性を出すことも難しい。こう来るな、と思ったとおりにツッコミが来ては「そうだよね」と納得するばかりである。「あるある」ネタで笑いを起こすことはできるのだが、実は「あるある+α」で人々は笑っているのかもしれない。「そう来る?」とか「そっち?」とか思うことで不意に笑ってしまうわけだ。その意味で慈幸は、もっと自分にしかわからないような理屈を、勢いで観客に向けてみてもよかったのではと考える。

ここで、山根と慈幸の演劇バトルの勝者を決める、観客投票が行われた。演劇に勝ち負けなどないものだが、観客参加のためにも、『プロゲキ!』では演者の対決が行われる。事前に渡されていた、両者の名前が記された紙から、勝者だと思うほうを切り取って投票する。14時の回は山根11票、慈幸8票で山根の勝利。先に行われた11時の回では12票ずつの同点で、合計して山根23票、慈幸20票で山根の勝利となった。

そしてMain Event『井口時次郎の怪談』である。ポップなショーで怪談?と誰もが疑問に思ったであろう。しかし井口いわく、その話をすると聞いた人が笑ってくれるというのだ。それは井口自身が20年ほど前に体験したことである。ある夜、井口の携帯電話が震えた。画面を見ると「非通知設定」の文字。しかも、ワンコールで切れてしまう。その夜は気にしなかった井口であるが、非通知の電話は毎晩かかってくる。困った井口に「非通知拒否にしたら」とアドバイスがあり、井口はそう設定する。すると、知らない番号から電話がかかってきて、ワンコールで切れたのだ。どうやらそれは公衆電話からの電話だったらしく、発信主の執念に井口は怯える。また、同じ頃、井口の車のボンネットに液体がかけられるという事件まで起きる。その液体がペンキではなく、どうもマニキュアのような物らしいことから、井口は犯人を女性と推定するが、誰がそんなことをしているのかはわからない。しかも、汚れを取らずにいたところ、その上にさらに違う色の液体がかけられていたのである。「防犯カメラを設置しろ」とのアドバイスも受けるが、井口にはそれができない。自分に悪意を持っている誰かが明らかになってしまうことが怖いではないか、と。

井口への嫌がらせは、最終的にはある事件を境にぱたりと終わる。しかし、この話をするとみんな笑うというのは、単に井口の話術によるものなのではないか?あるいは「もう笑うしかない」のではないか?そう感じさせられた。身体に害が及ぶものではなかったとはいえ、井口の精神は大きなダメージを受けていたであろう。その状態を作りだした出来事を「恐ろしい」と言わずして何と言えばいいのか。これは紛う方なき「怪談」である。怪談を楽しむ、ということも観客にはできるのではあるが。

一般的に「楽しさ」とは瞬発力のあるものなのでないか。時間をじっくりかけて、こうこうこうだからここが面白い、と推察する楽しみ方もあるのだが、こちらを好むのは少数派だと思われる。多くの観客が「楽しくなくちゃ」と聞いて思い浮かべるのは、速度と勢いがあって有無を言わせずに押し寄せてくるタイプの楽しさなのではないか。今回、披露された3作品は、そういった速い楽しさを伝えるタイプの作品ではなかったように思う。もしかすると、演者それぞれの考える「楽しさ」と、観客の多数が考える「楽しさ」に齟齬があったのではないか。最初に書いたように、タイトルなどから筆者は「楽しく観られる軽い感覚の芝居」を期待した。原作がある舞台でもない限り、観客はチラシやSNSからの情報で内容を推測して、観に行くかどうかを決める。気軽に観られることがモットーの『プロゲキ!』とはいえ、「こういうテーマだったら自分の好みに合わないな」というミスマッチは避けられたほうがいい。そして、興味を持って観にきたとして、今からどんなものが観られるかわからない状態では、観客はどうしても受け身になる。自ら「楽しんでいこう」という気持ちにまではなかなかなれないだろう。そういった雰囲気の観客を、自分の世界に引きつけていくのは相当に大変なことだ。

何も、観客に迎合しろと言いたいわけではない。まず、自分が楽しむことが大事である。しかし、その次には、誰かを楽しませることが大事になってくるだろう。その誰かを楽しませるためには、誰かが何を求めているのかを知ることも必要になってくる。どんなことなら楽しんでくれるだろうか、という他者目線で自分の作品を見つめることが必要だ。とはいえ、この作業はとても難しい。筆者も今、他者が読んで楽しい物が書けているのかよくわからない。それでも、書かなくてはという思いで書いている。ただ、その思いを誰が必要とするのか、という不安もある。物を作る人は、届けたい欲望と受け取ってもらえない不安、この二つの間で常に揺れていることと思う。結局のところ、二つの間をゆらゆら行き来しながら、ちょうどいい案配を探り続けるしかないのだろう。自分のやりたいものをやることも、誰かが観たいものをやることも、両方大事なのだから。

楽しくない話をした。だがそれは、『プロゲキ!』を楽しみにしている気持ちの表れだと受け取ってもらえると幸いである。次回は『プロゲキ!12・15「ReMATCH!(リマッチ)」』と題して、井口時次郎と風李一成の再対決と、姫川あゆりの出演があるようだ。


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