(感想)主権在民
金沢のミニシアター、シネモンドの会員になるとメンバーズカードがもらえる。このカードにはスタンプ欄があり、基本的には1作品鑑賞で1つスタンプを押してくれる。20個貯まると、1作品鑑賞できる招待券がもらえる。だが、ダブルポイントデーなどがあり、20作品観なくてもスタンプをいっぱいにすることはできる。しかも会員の鑑賞料金は1作品1200円なのである。入会金や年会費はかかるのだが。何本以上観るとお得になるかの計算は私にはできないが、たくさん映画を観る人ならかなりお得だ。そんなお得な制度のおかげでいただいた招待券を使って、映画『ハマのドン』を観た。
7月1日から14日までの間に、シネモンドでは政治ドキュメンタリー作品が3作品上映されている。五百旗頭幸男監督『裸のムラ』、内山雄人監督『妖怪の孫』、松原文枝監督『ハマのドン』である。『裸のムラ』はシネモンドではなんと3回目の上映になる。作品内で取り上げている石川県知事である馳浩氏からの物言いが功を奏してしまい、評判を呼び連日満員だったそうだ。これら3作品、一口に政治ドキュメンタリーといってもまさに三者三様。3作品の語り口の違いも楽しむことができる、好ラインナップとなっていた。
初回上映時に鑑賞した『裸のムラ』は、監督の私情もにじみ出てしまっている、人間ドラマ的要素のあるドキュメンタリー。映像表現に制作者の意図が反映されてコミカルささえ感じられる『妖怪の孫』。密着取材してはいるのだが一定の距離は取っている『ハマのドン』というふうに筆者は感じた。好みで言えば『ハマのドン』の冷静さが、受け取りやすいと筆者には思えた。
『ハマのドン』は、横浜港の山下埠頭を長年仕切ってきた藤木幸夫が、横浜市のカジノ誘致計画に立ち向かう姿を描いた作品である。藤木は地元財政会、歴代の総理経験者や自民党幹部、そして田岡一雄(山口組三代目組長)ともつながりがある、強い政治力を有した保守の重鎮である。その彼が、カジノ反対の意志を固め、時の政権に反旗を翻す。
横浜港の歴史を説明しながら、藤木、当時の横浜市長と政権、カジノ王、カジノ設計者などの姿をカメラは捉えていく。藤木という人間の持つ力が溢れんばかりであり、当時91歳だった藤木の、これまでの生きざまが現れた闘いぶりが見所であることは確かだ。だが、この映画には藤木の行動とともに、横浜市民有志の行動もしっかりと記録されている。
カジノ誘致に反対する市民有志が住民投票の実施を求め、集めた署名は法定数の3倍。だが住民投票は実施されない。誘致問題は横浜市長選にて問われることになる。現職市長、管元総理の側近であった閣僚との闘いに、藤木は無名の新人を擁立する。藤木は、署名を集めた市民の力に賭けたのだ。今、得られる利益、しかもそれは一部の権力者にのみ与えられる。それよりも、未来の、多くの一般市民の幸福を考え、そのために行動する。主権は市民にあるべきだという基本が、守られねばならない。
普通の市民が動いたところで、政治は変えられない。そんなふうに思えてならないことばかり起こっているこの日本において、カジノ誘致問題をめぐる横浜市民有志の奮闘とその結果は、貴重な希望である。
しかし、藤木がいなければ市民に勝利はなかったかもしれない。そんな現実もまた、『ハマのドン』は映し出す。市民は市民で動くことを諦めてはならない。だが、市民の声を聞き入れ、市民の権利のために動く政治家が一人でも増えることを、願わずにはいられない。
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