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(劇評)怖がる想像力が刺激される

劇団ドリームチョップ「プロゲキ!ドリームチョップLIVE」プロゲキ!8・24『怪談~ごちゃごちゃ言わんと、誰が一番怖いか決めたらいいんや!~』の劇評です。
2024年8月24日(土)17:00 DOUBLE金沢

初心者にも観やすい短編演劇を複数上演する『プロゲキ!』、夏ということで今回のテーマは「怪談」である。サブタイトルにあるように、出演者の中から誰が一番怖いかを、観客投票によって決定する。同様の試みは昨年も行われており、昨年度の怪談王は主催の井口時次郎であった。今年の出演者は4名。出演順に茶谷幸也、山口綾子、かはづ亭みなみ、井口時次郎である。誰が最強、いや、最恐となるのだろうか。

とは書いたものの、筆者は怖いものが苦手なのだ。よって怪談はもちろん、ホラーやサスペンスなどといったジャンルも避けている。あまり触れていないということは、それだけ耐性も低いということである。そんな怖がりにはむっちゃ怖い上演だったらどうしようと思いながら入場し、地下への階段を降り、席につき開演を待った。『プロゲキ!』では開演前に、Future Stageとして、期待の新人が登場する時間がある。今回の出演者は中村徹。新人ではなく、井口が主催する劇団ドリームチョップで活動していたことのある俳優だ。彼は舞台に上がり、三つ置かれた黒い箱のうち、真ん中の箱に腰掛けた。彼が誰かに話し掛けている様子からすると、友人と一緒に今回の『プロゲキ!』を観にきて、開演を待つ間に会話をしているらしい。中村は自分にも怖い話があると、語り始める。それは高校受験の時。緊張した彼はお腹をこわし、駅のトイレに入った。トイレから出たところで異変が起きる。何かが彼を引っ張るような感覚があるのだ。しかし振り向いても誰もいない。おかしいなと思い彼は歩き、バスに乗る。その間もずっと、引っ張られているような感覚はあった。目的地に着くと見知らぬ男性が、彼に衝撃の事実を告げるのだ。「トイレットペーパーがはさまってますよ」駅のトイレからずっと……?思わずその絵を想像した筆者は、しばらく中村の話が頭に入ってこない状態になってしまった。怖いかもしれない。その後も中村は友人に怖い話を語るのだが、やがて明らかになる彼の正体こそが、中村の語る「怖い話」の本体であった。経験者だけあり聞きやすい一人芝居で、上演前の時間であることを生かしつつ、テーマにそった脚本で、場を暖める、いや、少し冷やす役割をうまく果たしていた。

開演の時間を迎え、MCの朱門の呼び声を受けて、今回の出演者4人が後方から舞台へとやってくる。井口の挨拶の後、まずは1st stage、茶谷幸也の「サンバ」だ。中央に置かれた黒い箱に座り、彼は語り始める。話は数年前、茶谷が経験したことらしい。金沢市民芸術村に向かうため、茶谷は車を運転していた。しかし道が混雑しており、車は止まってしまっている。そこで突然、後部ドアが開き、見知らぬ老婆が乗り込んできたのだ。その老婆は金沢サティに行ってという。タクシーと間違えているのか。しかも茶谷が向かう芸術村とは反対方向だ。しかし、怪しげな老婆を追い出すことも難しいと考えた茶谷は、老婆を目的地へと送り届ける。到着すると老婆はお礼の言葉もなく車を降り、すたすたと歩いていってしまった。その数年後、そしてまた数年後、茶谷は老婆の姿に心を揺さぶられることになる。茶谷が見てきた3人の老婆が、同一人物であるかどうかはわからない。具体的に何か被害を受けたわけでもない。だが、あれらは本当に生きている老婆なのか。茶谷は疑問に思う。もしかして、自分は取り憑かれそうになっていたのではないか。そして、不思議な経験を三度もしてしまった自分もまた、誰かに取り憑いてしまいやしないか。金沢市にある具体的な地名が挙げられた茶谷の語りには、身近さが感じられ、日常のすぐ側にも怪奇があることを感じさせる。思い出しながら語っているような姿が真実性を高める。そして、恐怖が伝播するものであることも、彼はよく心得ていた。受け取ってしまった恐怖は、また次の誰かに受け渡されるのだ。

2nd stageは山口綾子による「山口綾子の怪談」。黒い箱に腰掛けて彼女は、知人の女性から聞いた話だとして語り始めた。ある男性の体験である。その男性は会社の寮に住んでいたのだが、朝に同僚である隣人の叫び声で起こされることがあった。不思議に思った彼は同僚に尋ねる。すると同僚は、朝、自分で自分に痛みを加えないと目が覚めないからだと言うのだ。おかしいと思い追求すると、同僚には、見知らぬ女性の姿が見えているという。その女性の姿を消すために、同僚は自分を傷つけるしかないらしい。話を深めていくと、同僚が通りがかった道で、その場所で亡くなった子供のために手を合わせたことから、不思議な現象が始まっているとのことだった。山口は淡々と、特別に驚かそうとするわけでもなく、聞いたことをそのままに伝えているように思えた。自分の身に起きた話ではないから、客観的に、冷静に話すことができる。しかし、冷静さをもって話されるからこそ、語られる内容の怖さが強調されて浮かび上がる。伝聞であり、本当に起きたことかどうかはわからない。もしかすると、聞いた時点で形が変わって伝わっている可能性もある。そういった不確かさの危うさも含めての怪談なのであり、はっきりとしないからこそ恐怖が増すのだと感じさせられた。

Semi Finalは、かはづ亭みなみによる「かはづ亭みなみの落語」だ。かはづ亭は『真景累ヶ淵』より「豊志賀の死」を披露した。浄瑠璃の師匠、豊志賀は、身の回りの世話をしていた若い男、新吉と、嵐の夜に布団を一つにし、恋仲になる。豊志賀に恋人ができたことで、男の弟子も女の弟子も離れていく。だが、変わらず稽古に通うのがお久という若い娘。新吉とほほ笑み合うお久を見て、豊志賀は嫉妬心を抱くようになる。その頃、豊志賀の顔にできものができ、それはやがて顔の右半分を腫れ上がらせてしまう。新吉は懸命に看病をするのだが、新吉とお久の仲を疑い、自分の醜さを嘆く豊志賀に、次第に嫌気がさしてくる。その後に新吉が遭遇する出来事は、豊志賀の情念ゆえなのか。そもそも、豊志賀の顔にできものが出たことは、醜さの表れだったのか。一人の女の嫉妬心だけには留めおけないような、3人の愛憎のもつれを、かはづ亭が力演した。よどみない語りにひきつけられ、集中させられ、聴くことができた。かはづ亭の落語は、観客をしばし江戸時代に連れていってくれるが、人の心と、心から生まれる行動は、江戸の昔から今となっても変わらないのではないかと思わされる。

そして、Main Event、井口時次郎『暗やみの中』だ。井口は会場であるDOUBLE金沢の地下空間を意識し、真っ暗やみの地下に閉じ込められてしまった男の言動を演じた。なぜ自分がここにいるのか男はわからない。食料はあるようだ。そして懐中電灯がある。暗やみの中、不安が高まった時は懐中電灯を付けて安心を得る。でも、いつか電池が切れるかもしれない。暗闇の中でどうすることもできないでいるうちに、男は「もう一人の自分」を作り出し、もう一人の自分と会話を始めた。最初は自分を励ましてくれていたもう一人の自分だが、いつしか、会話の主導権をもう一人の自分が握るようになっていく。二人は言い争いや取っ組み合いのけんかをしたりもするようになる。そしてけんかになってしまったある時、男は自分の手に懐中電灯があることに気が付くのだ。そこで男が取った行動は正しかったのか。男の行動は、物理的に暗やみに閉じ込められた末の狂気だと見ることもできるだろうし、男の脳内で繰り広げられていた妄想だと見ることもできるだろう。どちらにしろ、筆者は男の行動に暴力的恐怖を見た。その暴力を自分が持っていること、それこそが恐怖なのではないかと感じた。隠していたい暴力性が極限状態で表に出てしまうこと、その恐ろしさを井口は表現していたのではないか。筆者は井口に票を投じた。「暴力的恐怖性」が筆者の内にもあるような気がしたからだ。

3回の上演での投票を合計した、観客投票の最終結果は、茶谷23票、山口15票、かはづ亭21票井口18票となり、2代目怪談王は茶谷幸也となった。全体として、じっくりと聴かせる落ち着いた語りの多い怪談回であったと思う。怖がりの筆者にはそれがありがたかった。とはいえ、しんと静まりかえった会場に、急に異音がしたりなど、何かが起きたりしたらどうしようと、小心者はちょっとしたことからも怖がってしまえる。怖がる想像力が刺激される回であった。


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