『話すチカラ』齋藤孝、安住紳一郎
特別「ファンです!」というわけではないけれど、「好きなアナウンサーは?」と聞かれたら、名前を思い浮かべるうちの一人がTBSの安住紳一郎アナ。余談だけれど、ニュースキャスターの実力は「一つのニュースを取り上げた後のまとめコメント」に表れるのではないかと勝手に(そして偉そうに)思っている。何を取り上げても締めの言葉が「驚きましたね」等、視聴者の感想のようなコメントしか言ってくれないアナウンサーより、「〇〇ということかもしれません」「〇〇という考え方もできるのではないでしょうか」等と改めてニュースの意味を考えさせてくれるような一言があるアナウンサーが読むニュースを聞きたいなあ、と思う。その点、安住アナは切り返しのウィットに富んでいて楽しい。
さて、そんな安住アナ(教え子)と齋藤孝先生が、対談形式で「話す」ことを学生に教えている講義を書籍化したのが本書である。
『話すチカラ』(齋藤孝、安住紳一郎)
齋藤先生の本は月に1冊くらいのペースで読んでいるが(それでも追いつかないくらい著書が多い)、安住アナは書籍では「はじめまして」。お二人ともとにかく日本語に精通し、そして情熱を持っているので、読んでいるこちらはその知識量と熱量に圧倒されてしまう。でも、話されている内容は非常にシンプルで分かりやすい。例えば、「「たとえ」はできるだけ具体的に話す」「他人の3倍のインプットを心がける」等々。ただ、その一つ一つを即座に実行できる技量を持ち合わせていないのがもどかしいところだが、これも本気で「ここまで話せる自分になりたい」と思って一つずつ実行できるかどうか、その訓練によるのだろう。
ところで、普段から(毎日のように)考えていることの一つが、本書で触れられていて勝手に嬉しくなった。「語尾に曖昧な言葉を使わない」という項目の中で、電車の車掌さんが放つ「ドアが閉まります」というアナウンスの一例がそれだ。京急の車掌さんは「ドアを閉めます」と言い切るとのこと。一日の内に何度も聞くことになるフレーズだが、私もこれまでの人生の中でたった一度だけ「ドアを閉めます」という放送をJRで聞いたことがある。それまで何の疑問にも思っていなかったのに、「そうか!手動のボタンで閉めているんだから、本来は『閉めます』なんだ」と気づいて、その「私が!閉めます!」というメッセージの潔さに好感を持った。それ以来、電車に乗る度に「『閉めます』と言わないかなー」と多少の期待を持ちながら乗り込むのだが、学生時代に一度聞いたきりで、残念ながら未だに遭遇できていない。そもそも、「ドアが閉まります」は会社のマニュアル通りのアナウンスなのだろうから、出会える確率が非常に低いのだと分かってはいても何となく気にしてしまう。あの時の車掌さんは飛び込み乗車の客にいら立ってつい「閉めます!」と言ってしまった貴重な瞬間だったのだろうな……。
こんな風に、たった一言でも言葉選びのセンスによって誰かの記憶に残ることがあると思うと、奥が深いなと本書を読みながらつくづく感じた。
齋藤先生も、安住アナも「話すこと」を生業にしていることへの自負が大いに感じられる。斎藤先生はこれでもか!というほど日本語や話すこと、書くことについての本を出していることからも一目瞭然だし、安住アナの「仕事の失敗は仕事でしか取り返せない」「業界4位の会社で1位のアナウンサーになるためには」という言葉からも感じられる。はたして、自分は仕事に対してこれだけの熱量と自負を持っているか。人事という仕事に就いている以上、「話すチカラ」は必然なのだが、それ以上に「プロフェッショナルとしての仕事への向き合い方」を教えられた。安住アナの本をもっと読んでみたい。
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