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二気筒と眠る 2

 雨の中を走るのは、嫌いではない。
 後で話のきっかけになったりする。
 話題のタネを探して、慎重に路面を滑っていく。
 県道で、やっとセンターラインが引かれている峠道。そこで見たものを信じきれずに、一旦は素通りした。
 路肩にCBを寄せて、どうしようと自問自答した。その逡巡の間にも雨滴がメットを叩いている。
 脳裏に浮かぶのは、肩を落として歩く学生服。坊主頭で小柄だけど、肩幅はそれなりにある。おや、と思ったのは裸足の土踏まずが、白く目についたからだった。
 まだ傾斜の強い峠道で、裸足で歩く高校生くらい、か。
 ギアを踏んで転回して、その学生服の正面にCBを停めた。
「ねえ、君。大丈夫?何かあったの?」
 このキャンプではジェットヘルを選んだので、声が通りやすい。
「いえ、何でもありません」
 四角い顎に、硬い声。眼鏡が曇っていて、雨滴が垂れた隙間から眼が覗いている。
「だって・・・」と私はエンジンを切って、サイドスタンドを出した。
 タンデム用のメットはないけど、警官に停められても緊急事態ということで大丈夫じゃないの。その時はこの訳ありの学生を保護してもらおう。
「まだまだ雨が強くなりそうよ。お姉さんが送ってあげる」
 自分でそう言って、お姉さんかと胸に言葉を落とした。
 キャリアのパッキングを調整して、バッグのポケットに入っていたタオルを手渡した。少年はぺこりとお辞儀をして、坊主頭をそれで拭った。
「首に巻いてなさい、もう11月が近いのよ。バイクだと冷えてしまうわ」
 そうしてスタンドを出したまま先に跨った。タンクに恥骨を寄せて彼のタンデムシートをこしらえた。
 少年はその隙間にずぶ濡れの右足を通して、跨ってくる。荷重で車体が沈み込むのを感じる。
「じゃあ、高校まで」
 事情は詮索しないし、するつもりもない。
「私にしっかり掴まって。何だか緩く縛った荷物みたいで危ないから」
 スタンドを上げてエンジンをかけて、後ろに告げた。服の端を摘んでいた腕が前に回されてちょっと緊張したけれど、左右の手を重ねてしっかりと固まった。肉厚のベルトでウェストを絞った感じ。
 よかった。前傾してもそのベルトに胸は乗らない。
 ギアを繋いで走り出した。

 高校の校門の前で暫く待っていた。
 少年がその中へ呑まれていくときに、待つように頼んだからだ。
 そうして再び現れた時にホットの缶コーヒーを持ってきて、無言でお辞儀をして手渡してくれた。
 少年とはそれっきり。
 だけど前日に身体を拭いていたタオルはそのまま。
 残り香をつけちゃったな。

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