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離婚式 47 #女の第六感
りょう、には女の第六感はない。
彼女に同期した瞬間に理解した。
感情ではなく論理的思考がある。
彼女にとっては不都合だろうが。
その補助脳に吸収され圧縮され、そして数値化されてHHD内かcloud内で保存されている人格で、そう考えた。
もう既に自由な自我というものはない。
彼女のcommandにただただ臣従するのみだ。
むしろこのcloud内を漂っているときには、人格が存在しているようだ。感情さえ数値化されていて、それを盗み見ることも彼女には可能なのかもしれない。
しかしながら彼女の遺伝子に、その機微はない。
繭、と呼ばれる生命体のbugが、彼女の正体だからだ。
男性遺伝子塩基が、繭に混在したまま育成を続けてしまった。そうして生まれついた肉体に、当初から違和感があったのだろう。
りょう、は肉体の改造を繰り返して、人工的な生命に個人的な色で染め上げた毒蛇。それが真実だろう。
あのウィルスで、世界が混濁の極みにいた頃。
むしろこれを好機として捉えた支配層がいた。
目的は人口の統制である。
世界には過重過ぎる人類がいて、その食糧の全量を賄うには、農地も水も不足している。食糧の争奪による世界大戦が暴発寸前になった折のことだ。パンデミックは支配層にとってむしろ破滅を防ぐ好機となった。
個人をそれぞれの自室に封じ込めて隔離を行う。
監視官の存在しない緩やかな檻である。
ネットにおける情報統制も行い、脳核には《安全のために》という題目で健康チップという名のデバイスを挿入していくことを推奨する。
デバイスから行動統計を抽出して、男女の出会いを制御していく。
国民の恋愛観をじわりじわりと破壊していくのだ。
道徳を蝕む教育を以て、同性婚さえも当然と認知させ、一方ではピルを推奨して乱倫な情報もネットに流し男女間の垣根を下げていく。
そして繭、という遺伝子操作の創造物を地に放つ。
人工培養を受けたヒトに見える、美男美女。
初めから彼らには生殖機能はない。繭が恋愛感情をさらに煽り立てるが、受胎することはない。
彼女の存在そのものが、混乱と混沌を生む土壌になり得るとして、育成されて社会に投じられたのだろう。
またcommandが降りてきた。
先日の書面に関することである。
おれは記憶を辿り瞬時に答えた。
HHD内にある自らのデータを読み込むというのは、極めて奇矯なものだ。この意識というのは、或いは輪廻転生前の魂のような存在なのかもしれない。
あの書面に付箋をつけたことで、望月七楓にも迷惑が掛かっているだろう。りょうが侵入していたときに同衾していた彼女に対して、どんな扱いをしているかはわからない。
考える数値であるこの思考は、originalの生命活動が終わった時点で、blackoutの奥底にある。五感で知覚できるものは、ない。
光明を見出すとすれば、転生の瞬間だろう。