二気筒と眠る 19
その窯は、山科の谷間にあった。
北京都のさらに奥座敷に位置していて、緩い山道を上った後に広がる盆地が山科という街だった。三条線という雅な名前を引き継いでいる県道は、京都への上り線だけがずっと渋滞していた。
もう陽はとっぷりと暮れて、宵の口が迫っていた。
京都では、最近流行りだしたスーパー銭湯という施設で身体を温めた。それでも空冷CBで数分走るだけで、晩秋の鋭く冷えた大気が、その熱を容赦なく剝ぎ取っていく。
私が探していたのは、幹線道路から少し外れている田舎道の、バスの停留所だった。
屋根がかけられていて、できれば壁もある方がいい。内部のベンチにテントマットを敷いて、そこに夏用と冬用の寝袋を二重にしたら眠れるかもしれない。あるいはテントを内部に立ててしのごうかと、そう頭の端で考えていた。
旅費はまだ余裕がある。
なのに空いているビジネスホテルに駆け込むのは癪だし、ラブホにひとりで入るのは癇に障る。
そんな苦労を拾って旅を繋ぐことに、意味があるものとそのときは考えていた。振り返れば稚気めいた維持を張っていたわ。
そうして頃合いのバス停を見つけて、その脇にCBを停車して荷物の一部を解いて、寝袋を出して中に入ろうとした時だった。
まん丸の二灯ライトをつけた軽バンが、バス停の正面に停車した。バス会社のものだろうか。
叱られるのかな、もう終バスは無くなっている時間だと確認はしていた。
軽バンからは男女が降りてきた。
逆光が切り抜いた影法師でも、女性らしい曲線のひとが手にハンドライトを持っていた。
「・・こんばんわぁ、何してまんの~」
「すみません、ツーリング中の者なんですけど。ちょっと仮眠させてもらえないかと思って・・・」
ああ、と野太い男性の声がする。
「よかったらぁですけど。ウチにいらはりませんかぁ?」
女性のライトがくるくると回っている。
「でもご迷惑ではありませんか」
「実は今日、窯入れの日ですねん。ウチの彼はこれから寝ずの番ですねん。ウチもひとりでお留守番でぇ、心細いんですわぁ」
って邪気の無い声がする。
京都人は、いけずが多いと散々に出石で聞いてきたけれど。
私は先行きを慮った。
この開放型の安全性の確保できない宿にするか、逆光で得体のしれない影法師の甘い誘いに乗るか。
しかし身体は、正直に寝袋を巻き始めた。
ありがとう、不可思議なお誘いに乗るわ。
このふたりが狐じゃないといいんだけど。