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二気筒と眠る 4

 汽笛が潮風に乗ってきた。
 岸壁の擁壁に、等間隔に海鳥が羽を休めている。
 CBをその場所に停車すると、数羽が飛び立った。
 寄り道する気分になったのは、キャリアに積んだバッグにまだ余裕がありそうと思いついたから。
 ヘルメットを脱ぐと、塩分でも濃いのだろうか、しっとりとした空気が皮膚にまとわりつく。
 日本海側の港町。
 朝市を散歩するつもりだった。
 そして自分用に何かあるかも。
 週末のせいだろうか、威勢のよい掛け声が左右から飛び交ってきた。裸電球が居並んで、その下にはパックに包まれた刺身や、炙り、みりん干しなどが肩を寄せ合っている。

 その中を歩きながら、身体に残る違和感を慣らしている。
 昨夜は雨になって。
 テントでは辛そうだったので、金曜日の映画館のオールナイトに入っていた。当時は女性専用のドミトリーも、ネットカフェも存在しないので、緊急避難場所として映画館を利用することが多かった。
 折り畳み式の狭い座席であっても、持ち込んだザックに仕込んだ寝袋を出せば、もうそこは寝床になってしまう。
 興味もなくて、映画の音響も気にならない。
 CBの排気音で、耳が轟音に慣れてきている。
 それでも朝方には肩に違和感を覚えていた。
 洗面所でタオルを濡らして、個室で身体を軽く拭いてすませたけど。今日は何処かの温泉で身体を伸ばしたいと思った。
 そういえば空腹を覚えていた。
 裸電球の一角にお握りが並んだ屋台があった。
 給食用のアルマイト盆に整列をした、底に海苔の巻いてあるお握り。
 指先で2個と指しながら、財布から小銭を取り出して渡す。皺くちゃのお婆さんが頭に頭巾を被って丁寧にお辞儀をした。
 どこかに座れる場所はあるのかな、とその場所を離れようとした。
 するとお婆さんが早口で声を掛けてきた。
 訛りがあってよく聞き取れないけど、手には湯気を立たせたお味噌汁を持ってきてくれた。
 思わず盛大にお辞儀をして、ありがとうございますと言った。
 お婆さんは裏からビールケースを取り出して、新聞紙を掛けてくれた。そしてぽんぽんとその上を叩いて誘ってくれた。
 そこへ腰を据えるとお椀と小皿を渡されて、割りばしまで添えてくれた。何かを尋ねられて、暫く考えて答えた。
「ええ、ここまで2週間くらいかかりました」
 慈愛の満ちた目が注がれた。それから小刻みに頭を振ってまた裏に入った。再び彼女は現れると、新聞紙の包みを持ってきてくれた。
 開くとそこにはラップに包まれた燻製烏賊が入っている。
 耳元かと思うほどの音量で、汽笛が響き渡った。
 お辞儀を繰り替えしたけど、お互いの言葉が塗りつぶされた。
 
 
 

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