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餓 王 化身篇 1-2

 それは長く続いた戦さであった。
 異民亡くして、異国を空ろとす。
 黒騎兵という、アーリア人の正規部隊を束ねるため、その戦訓があった。
 我々が入植を始めたドヴァーバラ紀から、蚕が桑の葉を食べ尽すような勢いで、ドラビィダ人の土地に侵食していった。
 しかるにこの高原は広大に過ぎる。
 戦乱の余りの長さに、軍は闘いにんでいた。
 遠征が長大になると、それに比例して補給が途絶えがちになる。私の部隊にはもう充分な小麦が届かなくなっている。
 そもそも系統だった上品な軍ではない。
 父祖の土地が凍り始めて、棲みかを追い払われた流浪の民である。食を求めた暴徒が、暴力によって順位をつけた。その罪悪感の裏返しが、極端な血筋への執着である。碧眼であり、金髪であり、白い肌を保つことで己が出自を顕すことを旨としている。その狭量な魂魄を誰もが自覚をしていない。
 かつての私がそうであった。
 食糧の配給が充分ではなくなると、兵士の肉体は腫れたように丸くなり、動きも鈍重になる。餓えに耐えるために、肉体が体質を変化させるためだ。軍のなかでそのような兵士が増えてくると、指揮官としては焦燥に精神を炙られるということになる。
 城兵の強襲をうけての敗北か、脱走兵を押さえ切れず、組織の瓦壊がおきるのか、あるいは離反の計をかけられて造反する将が現れるのか。
 様々な末路を予見し、対処を施す必要がある。
 時間が経過すると兵たちの目に疑念が混じる。
 なぜ城を落とせないかという命題が、次々と心中にもたげてくる。
 上将は臆病な男なのか。
 上将は無能ではないか。
 上将は敵に弄されたか。
 あの首で何を贖えるか。
 そして様々な状況を憶測して、下達された命さえ信じられなくなるのだ。

 副官のハヌマンが駒を進め、馬首を並べた。
「……いよいよですな」
 私は顎を引いて答えた。
 指揮官の闘いは止むことがない。
 直接の戦闘がなければ、謀略戦が水面下で進行しているのだ。
 私の指揮している黒騎兵を中核とした部隊が、純血のアーリア人で組織されていることは、実は謀略戦を防ぐ手だてでもあった。白い肌と黄金の髪を持つ兵士のなかに、褐色の肌と黒髪のドラヴィダ兵は紛れ込むことはできない。
 ただし例外としてハヌマンだけは黒人であった。
 黒人は勇敢な種族であったので前線では重用された。
 たとえ父祖がエジプトからの奴隷身分であっても、なかには彼のように副官の地位を得るものもいた。
「兵に気取られてはいないな」
 彼は黒光りする肩に、軽甲冑をつけていた。
 戦場では、その黒い肌を獣毛だと思いこむものもいた。巨大な猿と誤解した敵兵はいつも怯えた。
「そう。下級将のなかでも知らぬものがおります。ご安心を。我らの調練した兵をご信頼ください」
 太い唇に笑みを浮かべて微笑してみせた。不思議とひとを安心させる笑みだと思った。
「動きがでたら手筈通りにせよ」
 私はひとりで耐えていた。
 攻城戦とはそうしたものであった。
 こちらが辛いときは、囲まれたほうはもっと辛い。それを将兵に納得させるには、言葉というものは虚しかった。
 餓えはひとを鬼に変えるのだ。
 餓えの苦しみは確かにここにあり、城のなかにも確実にあった。この軍が城内に突入すれば、凄まじいばかりの城民への略奪と暴行が始まる。ひとの心で練り上げられた憎しみがそうさせるのだ。
 男とみれば肉体を粉砕し、財産を奪う。女とみれば齢に関わらず容赦なく犯し、陰部から木槍を突っ込んで串刺しとするだろう。
 それらの行為を指揮官として、私はつぶさに見てきた。
 しかも黙してきた。それがアーリア下級兵士の残忍な楽しみであり、闘う動機であれば、否定する理由はない。略奪と暴行を禁ずれば、背後から矢が飛んでくることさえある。
 しかしそれは悪辣あくらつな行為の序章にすぎない。
 いずれ兵は奪いつくし、凌辱にも飽きる。
  そして城内にはさらに食糧がないと知ったとき、彼らは降伏した民の首をはねて釜で煮はじめる地獄すらある。
 その覚悟で父祖は妻子を養い、私を育ててきた。

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