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二気筒と眠る 22 終
濃密な霧のなかを泳ぐように駆け抜けた。
鈴鹿は、鬼か妖怪かが巣くう峠のようだ。
師走に入って、いよいよ年の瀬となった。
望郷の念にかられる時期、かもしれない。
明け方はかなり遅い時間になったが、真人さん、結桂さんの見送りを受けた。照れくさいので勘弁よ、とは言っていたのだけど。
古い空冷二気筒のCBでは暖気時間がことのほか長い。
ふたりの旧家の周辺には人家がないのが幸いだった。
そして真人さんが脇に立って、「俺らからこれを」と包みを渡してきた。ヘルメット越しなので、感謝の言葉もくぐもっている。
その中身は緩衝材に包まれた陶器の手触りがしたので、タンクバッグのお風呂セットと布物が密集している間に収めた。
「また来てね」の声が若干の鼻声だし、目は溢れそうに潤んでいた。
「ええ、次は私も土を捏ねてみるね」
その言葉が届いたか、どうか。
ヘルメットのバイザーを上げて話したら良かったかな。
始動し始めのエンジンは神経質で、チョークを引いたり小刻みにスロットルを調整したり忙しい。吹き付ける北風から、蝋燭の火を護るような気づかいが必要。鼓動が安定してきたので、ちゃんと右手のグラブを外して、その手で結桂さんの細くて冷たい掌を包んだ。
そちらの方が言葉よりも届くと信じて。
鳥羽からのフェリーにCBを積んだ。
もう寒風のなかで高速を走るのは勘弁だし、安全策をとるようにした。
春先までも旅を続ける余裕は既にないし、お正月は母と過ごしたいと思ったのは理由がある。
母は、先週末に連絡を取るとインフルエンザに罹ったらしい。咳と鼻をかむ隙間に折りたたまれた会話のなかで、帰らなくてはという強い衝動がわき上がった。
船内の席についてほっとしていると、汽笛が鳴り岩壁がしずしずと離れていく。それを眺めながら、伊勢の道の駅で購入した赤福の包みを開いた。
せっかくだから神宮参拝も考えたけれど。
次のツーリングに行くための口実は残しておこ、と思い直して。
びっしりと並んだ赤福だけど。
消費期限が翌日なので、母の口には入らない。
伊良湖までの小一時間の船旅を終えて、今夜は掛川あたりでビジネスホテルに宿泊するつもり。後はもう温暖な遠州灘沿いを上るだけだ。
揺れる船室のボックス席で、ふたりからの餞別の包みを開いた。
小さな器を2つ、ソファ前のテーブルにおいて眺めた。
お猪口にしたら大きすぎて、煮物を置くには小さすぎて。
そうね。
ブランデーとか、リキュールのワンショットにいいサイズかも。
その仲良く並んだ器をもう一度眺めて。
向こうの席に座っていそうな、彼の顔と匂いと感触を思い出そうとした。が、その像はどうしても結実はしない。この半年の旅が、脳裏の隅へ昇華してくれたのだろうか。
そうね。
最初の一杯は、母とお屠蘇を頂こう。
海上を舞うカモメの姿を船窓から見送って、そう思った。
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