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置き去りのケーキ 【#見つからない言葉】
もう5年になる。
妻が別居を切り出して、既に数ヶ月が経過していた。一緒に過ごしたこの家を出ていくという。時期は妻の仕事の関係で、お盆前にしたいという。
自宅では妻子の荷物が作られ始めていた。その個数に比例して、家は空疎に物寂しくなっていった。
家の中で、お互いに言葉少ない日々を送っていた。妻とは、入力した分量だけ言葉が出るような、必要充分なやり取りがあった。妻についていく娘は、私とは目を合わそうともしなかった。
食事は極めて、簡素になった。
コンビニ弁当の空箱ばかりが溜まっていく。
主菜はおろかサラダでさえ、パウチやビニール袋から取り出されていき、それをひび割れた家族が無言で食べている。キッチンを使うことがあっても、自分の分だけを料理していることが多くなった。
私はそれでもスィーツなどを人数分だけ買ってきて、冷蔵庫に置いていたが、妻子は手をつけてくれない。賞味期限を見つめつつ、独りでひとつずつゆっくりと食べた。
引越し業者がやって来て、打合せを妻がしていた。途中から事情を察した担当者は、私の視線に居心地が悪そうに肩を竦めた。
もうカレンダーの予定日まで迫ってきていた。
仮にも愛した女性である。
このままでいいのか、という逡巡もあった。
そのタイミングで、彼女の誕生日となった。
私は、彼女の趣味嗜好を考慮したケーキを予約して、冷蔵庫に収めた。誕生日ですら、高速のSAで見ず知らずの人間が、思い思いに座って買い食いをしているような食卓だった。
無言でケーキの箱をテーブルの中央に置いたが、開いては貰えない。
翌朝も同様にそこに置いた。
休日だったのでお昼にも夜にも。
3日目の朝にそれを開いて、とうとう独りで平らげる覚悟を決めた。
「切ろうか」と声を掛けられて「お願い」と答えた。
それが家族で分かち合えた最後の一品だと、今も記憶している。