離婚式 30
紫色の光で染められたホテル。
そのロビーの、コンクリ壁にもたれて立っていた。
外でそれをしていると、ご商売かと勘違いした酔客や、小銭しかない若餓鬼が群がってくるから。
その先には進めない。
指紋認証と静脈流のタッチパネルが通せんぼすんのよ。エレベータが拒否ってんの。この上でりょうが、くみし抱かれているのを想像しちゃう。それで興奮もしちゃう。そのなかに混じりたい昏い欲望が、乳首を硬く浮かせている。
アラームが鳴ったので身構えた。
背中にモーターの振動が響いてくる。階上からエレベータが降りてくる振動がする。りょうかもしれない。違うかもしれない。
そこの死角になる通路奥に移動した。
ベルの音を立てて、ドアが開くのをそっと窺った。
ヒールの踵が鳴って、長身の女性が降りてきた。
紺のワンピースの首から肩が露出している。左肩の肩甲骨の大きめの黒子が黒髪の隙間から見える。
りょう。
その名を囁いてみた。
黒髪が宙に流れて振り返ってこちらを見た。
小さく唇を開けて、驚いた顔をしている。
「どうしたの?」と短く言った。
その口調に、詰問の意が含まれている。
「・・・偶然・・ちょっと表に風俗嬢のキャッチがいるんでぇ、面倒くさいから逃げてきたの」とウソをついた。
「りょうこそどうしたのよ?」と畳みかけて意識を逸らしちゃえ。
「ホント、嫌になるよね、この辺り。私はね、酔っ払いに絡まれちゃって。それでここに入ったけど、睡眠ドラッグで潰してやったの」
「マジ!やるねえ」
本当にそうだろうか?
男で満たされて、帰ろうとしている瞬間ではないのか。
先ほどの興奮が、木炭の奥の熾火のように熱を持っている。黒々とした欲望に、赤い焔炎をあげようとしている。
ほっ、と溜息をつかれた。
「そんな顔して、嘘なんて言わないわ。どう、その部屋を確認してみる?」
そう言って手首をかざした。
そこに流れる血潮でロックは再開錠できる。
「わかった、興味あるわ」
そうだ。その男が昏倒する真横で、りょうを愛撫してみたい。
ちょっとNTRっぽくてイケるかもしれない。ハンドバッグの中身を反芻してみる。そうそう女同士で繋がるための玩具も入っている。
あれを試してみたら。
じわりと自分の蜜壺が滑るのを感じた。
そおだぁ。
あれを使ったことって、こんな付き合いになって長いのに、ない。
エレベータが止まって、ふたりで乗り込んだ。
柑橘系の、りょうの体臭を胸いっぱいに吸い込んだ。