餓 王 鋳金蟲篇 2-6
彫りが深く、高い鼻梁がある。
だがルウ・バのそれは羚羊のように太く、へそ曲がりだ。決して由緒正しいアーリア人の、華美な鼻筋ではない。
しかしこの男には気品のようなものがある。
双眸は翠玉のように翠だ。
肌は残雪のような白さだ。
高原地帯の刺すような日光にさえ、その肌は焦げ色にはならない。
寧ろ彼の肌は陽光に輝く。
まさに残雪を視るが如く。
恐らくこの男は、色素というものが欠如した白子症ではないかと疑っている。稀に白虎や白豹が生まれるが、彼らの子もシャリーラの系譜によりその形質を保つことが多い。
「え、見覚えないのかい。カリシュマを助けたのもこの近所だと思ったが」
そうだ。彼の無作法な物言いで思い出した。
確かにこの周辺だった記憶がある。
山賊だかに襲撃された老婆が、背に負った籠にカリシュマが押し込まれていた。その蓋を開けると、そこに怯え切った瞳があった。彼女は傍目にも寒そうな粗末な衣であり、怯えた眼が強く脳裏に刻まれていた。
そのせいか。
首都カプーアの僧房を訪うた際の、彼女の着飾った姿と印象が違い過ぎて、当人とは気がつかなかった。嗅覚で知覚していれば判別ができたかも知れぬ。
「じゃあこの子の祖母はどうだ。枯れ枝のような色の蓬髪を束ねて、目が白く濁っていたが・・・」
「よさんか!」
ぴしゃりと私は彼を一喝した。
視線を落として項垂れるカリシュマがそこにいた。普段の快活さがそこで消失していたからだ。未だに肉親を喪った傷が癒えるものでもなかろう。
「カリシュマよ。貴女は席を外してくれ。これから大事な話をする。耳苦しい話題にもなろう。貴女の気持ちに掉さすのに忍びないのだ」
彼女は顔を伏せたまま、一礼して下った。
ルウ・バは鼻梁を鳴らして不平を訴えた。
では訊くが、とその体温が遠くなったのを見計らって続けた。
私の特異な体質で、温度が視えるというものがある。
変温動物である蛇のシャリーラに依るものだと考える。カリシュマの体温が宙に澱んでいるのさえ、その残像さえ視えるのである。
「鳥葬の石室よりその屍人の鬼な。現れたというのか」
「へえ、おそらくは。つい先日に、そこに安置した死屍も混じっておったざ。それが骨と腐肉に成り果て乍ら、儂の村を襲ったんざ。それはもうおどろおどろしい形相でな。生きた肉に齧り付いて、血潮を呑みほしていたんざ」
成程、それは私たちが見た屍人の様相に近い。
「何か、気がついたことは、あるか」
へえ、とその老人は痩せて窪んだ心臓の当りを指さしながら、言った。
「この辺りに奇妙なメダルがあったんざわ。それはもうメダルというか、甲虫というか。それから節足のような、神経のようなものが伸びていたんざ」
まさにその屍人である。
「ルウ・バよ。彼に確かめさせよ」
またひとつ鼻息を鳴らせて、彼は腰の革袋から、それを数枚取り出して、石のうえに並べた。
ひっと老人は叫び、腰を浮かせようとして、さらに腰砕けた。
「それよ、ああ、縁起でもない。しまってくれ」
恐らくはランカの御業のひとつであろう。
このメダルは屍人に憑依し、肉体を操り生者を襲う。そしてその血肉を喰らうのだ。
悠久の太古、天空より神々が降臨された。
ヴィナマより降り立った神々が、地表の獣と交合して生まれたのがリシ人である。そのリシ人には神々が様々な御業を伝授していた。
そしてランカという夢想の都市が建設されたのである。
ランカにはいくつもの闘争があり、そして十王戦争という大乱のなかでアネグアという神々の兵器によって灼かれた。
かつては永遠の都と謳われたランカ。
緑豊かであった土地は、今は砂嵐が押し寄せる熱砂漠となっている。
神々の兵器、アネグアが使われた砂漠の中心は、シャリーラの呪を恐れて鳥さえも近づかない。
その砂漠では、一日迷うと奇形の子が産まれ、三日迷うと髪の毛や爪、歯などが抜け落ちる。そして五日迷うと臓に血溜りができて、身体が黒蛭のように膨張し、命が半月ともたない、と伝わる。
今やその廃虚はモヘンジョダロとも呼ばれている。