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忘れたくない距離感を教えてくれたメロンのロールケーキ 〈菓子四季録 vol.14〉

メロンとの距離感。ロールケーキの後味が気づかせてくれた、メロンとわたしの関係性。

菓子四季録は、菓子研究家 福田淳子先生と一緒に季節のお菓子のレシピを紹介する連載です。ひとつのお菓子の魅力を、ふたりそれぞれの視点から綴る菓子四季録のマガジンページはこちら。今回紹介するお菓子は、甘い香りを楽しむ「メロンのビスキュイロールケーキ」

この菓子四季録では、毎月季節の食材を決めてレシピを紹介している。果物を素材として選ぶ月が多く、お菓子の話だけでなく、果物との思い出をnoteに綴ってきた。

しかし、今月の素材が「メロン」だと決まったとき、わたしは衝撃を受けてしまった。

わたし、メロンに持っている印象が、薄い。

これまで自分のことを果物が好きな人間だと思っていたから、この事実にびっくり(チームメンバーである淳子先生にもびっくりされた)。

なので今回の記事では、なぜメロンに対する印象が薄いのかを紐解いてみることにした。

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まず前提として、わたしはメロンを全く食べずに生きてきたわけではない。実家にいたときは毎年食べていたし、いまでもメロンを食べる機会はちょこちょこある。なのになぜ、メロンについての印象が薄いのだろう?

メロンを食べる夏のことを脳内で再生してみると、ひとつ気がついたことがある。

メロンは、夏だからといって毎日冷蔵庫にいる存在ではない。

対極にあるのが、冬のみかんだ。毎年段ボールで家に届き、食べない日はない。毎日毎日、顔を合わせる存在。テーブルの上にも、キッチンのカウンターにも、廊下にも転がっている。

そしてメロンは、ひとりで一度にひと玉の1/8程度ぺろりと完食できてしまう。つまり4人家族だった我が家では、ひと玉のメロンに対して喫食回数は2回。ボート型にカットしたメロンを一口サイズに6分割したとすれば、2回合計でもたったの12口だ。完食したからといって、すぐに補充されるわけではないのがメロンの存在。あっという間に過ぎ去ってしまうメロンタイム。

一方、瓜科の仲間であるすいかは、おかわり自由。一回食べてもまだ冷蔵庫にどどーんと存在する。家族全員フルーツが大好きな我が家では、丸ごと買うのが恒例だった。すいかは夜のデザートに食べた翌朝、朝のビタミン補給担当としても登場する。しばらくの日数、のんびり楽しめる。

メロンはフォルムの都合上、ちょこちょこと複数回に分けて食べて長く一緒に過ごすことも難しい(ちょこちょこ分けて食べやすい果物は、例えばぶどうやさくらんぼ)。あっという間にいなくなってしまう。

たしかに美味しい。けれど、もっと仲良くなりたいと思ったときには姿を消してしまうメロン。寂しい。メロンは儚い存在だったんだ。

そうか、わたしはメロンに一抹の寂しさを感じていたのか。

大袈裟に聞こえるが大袈裟ではなく、これがわたしとメロンの関係だった。

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そんななか、今月紹介する「メロンのビスキュイロールケーキ」を食べてさらに気がついたことがある。

メロンのビスキュイロールケーキは「ビスキュイ」というスポンジ生地の一種(一般的なショートケーキに使われるスポンジ「ジェノワーズ」に比べて食感が軽い)に、水切りヨーグルトと生クリームを合わせたヨーグルトクリームを塗り、中心にメロンを巻いて仕上げたお菓子だ。

菓子四季録のレシピには洋酒が入っていることが多いのだが、今回のレシピには洋酒が使われていなかった。レシピ担当の淳子先生に尋ねると、「合わないわけではないけれど、そうするとメロンの繊細な味わいが消えてしまいそうだったから」という。食べてみて、大納得。メロンはその香りが魅力のひとつだが、ぐいぐい主張してくる香りではないため、洋酒の香りが重なったらその強さに打ち消されてしまうだろう。

また、メロンは香りだけでなくその甘さも繊細

ヨーグルトクリームは、味の濃さも口当たりも軽やかでさっぱりしているから、メロンの甘さを支えてくれる。ヨーグルトクリームの代わりに組み合わせるのが、もしも練乳入りの高脂肪分生クリームだったら、メロンの甘さはここまで主役を張れない気がする。

ケーキの土台となるビスキュイも食感が軽い。空気を含んで少しさくっとした歯応えがあるのが特徴で、水分が多めのクリームや果物と相性がよい。つまり今回のヨーグルトクリーム&メロンとの相性は抜群。

組み合わさった食材たちの軽さがちょうどよく、そこだけの世界が広がるロールケーキ。じめじめした夏の空気のなかで、その世界だけは少し浮遊している。

ケーキを一口食べるとメロンは微かに、でも特徴的な香りをふわぁ…と放つ。甘さと、青々しさが口内に広がる。ほんのちょっぴり後味に残るほろ苦さを楽しませてくれて、いなくなる。

ほう。これは。

たしかに美味しい。けれど、もっと仲良くなりたいと思ったときには姿を消してしまうメロン。寂しい。メロンは儚い存在だったんだ。

わたしがメロンについて先述した内容

この儚さこそがメロンの魅力なのではないか。
繊細で、気づけばいなくなってしまう甘さと香り。

だからわたしは、今後メロンと仲良くなれなくてもいいと思った。

わたしは、すいかと仲が良い(すいかが大好物で、夏にたくさん喫食し、思い出もたくさんあるという意味で)。だから、すいかの友人(瓜科の仲間)としてのメロンの存在はいつも知っている。すいかと廊下ですれ違うときに、すいかの隣にいる人。メロンもわたしのことは一応認識してくれているので、ぺこりと頭は下げ合う。そんな距離感。

予備校の夏期講習で数日だけ同じ教室で授業をともにする、気になる人。どこの学校の人かもわからない。でも、夏に会う、気になる存在。

これからもそれでいいのだ。

いつもいる世界とは違う、ほんの少しだけ浮遊した数日間を忘れたくない。


メロンのロールケーキ

暑い。でも嬉しいことがある。メロンに会える季節がやってきた。いつも冷蔵庫にいるわけじゃないとっておきのフルーツだけど、空気を含んで「さくふわっ」とするビスキュイと爽やかなヨーグルトクリームを合わせて、ロールケーキにするのはいかがでしょう。果汁がこぼれるくらいみずみずしいメロン。甘い香りもお楽しみください。

作り方(全文)

下準備(工程が終わったタイミングで行う):天板にオーブンペーパーを敷く。薄力粉をふるう。丸口金を絞り袋にセットする。オーブンを190度に予熱する。

1.ザルにペーパータオルを3〜4枚重ねて敷き、プレーンヨーグルトをのせ、重さが半量になるまで水切りする(約2〜3時間)。

2.ボウルに卵黄とグラニュー糖(A)を入れ、白っぽくふわっとするまでハンドミキサーで泡立てる。

3.別のボウルに卵白を入れ、ハンドミキサーで泡立てる。やわらかい角が立ったら、グラニュー糖(B)を2回に分けて加え、しっかりしたメレンゲを作る。

4.2の生地にメレンゲの1/3量を加え、泡立て器でムラなく混ぜ合わせる。残りのメレンゲを2回に分けて加え、その都度泡立て器でムラがなくなるまで混ぜる。

5.薄力粉の半量をふるい入れ、ゴムベラで切るように混ぜる。粉が見えなくなったら残りの薄力粉を同じように加えて混ぜる。

6.丸口金をつけた絞り袋にの生地を詰め、天板に斜めに絞り出す。上に粉砂糖の半量を茶こしでふる。粉砂糖が消えたら再度ふる。
 *隙間がないように絞り出しましょう。

7.190度のオーブンで12〜13分焼く。生地の表面に焼き色がつき、触ってみて弾力があれば焼き上がり。

8.ケーキクーラーの上に、焼き色のついている面を上にしてのせ、粗熱をとる。

9.メロンを縦長に切り、キッチンペーパーの上に置いて水分をとる。

10 .ボウルに生クリームとグラニュー糖を入れて、ボウルの底を氷水で冷やしながら九分立てにする。水切りしたヨーグルトを加えて全体をよく混ぜる。

11 .オーブンペーパーの上に焼き色のついた面を下にして生地を置き、オーブンペーパーをゆっくりとはがす。クリームを塗り、メロンを並べ、手前から巻いていく。形を整えてラップで包み、冷蔵庫で1時間以上冷やす。


菓子研究家 福田淳子先生のレシピ解説はこちらです。レシピのこだわりや、作り方や材料のポイントが掲載されています。

メロンへの深い愛が語られる本作、わたしのメロンに対する思い入れと先生のメロンへの愛情のギャップが印象的でした。そして記事を読み終わったとき、ロールケーキのビスキュイ生地表面の縞模様は、やわらかい水面の揺らぎに見えてくるようでした。水面が想起される経緯と、タイトルの「旅に行きたい」に辿り着くまでの過程もぜひお楽しみください。

メロンのロールケーキの菓子四季録、おしまい。

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