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もう「良いこ」しなくていいよ。

私たちは時に、人を喜ばせるために、人によく見られるために、むりをして「自分以上」の存在に見せようとしてしまう。

必要以上に、おべっかを使ってみたり、話しかけてみたり、相手が喜びそうなことを言ってみたり。

最初は、楽しいかもしれない。
でも、少し経つと。。。疲れる(笑)


そりゃ、そうだ。通常営業は、
全然そんなんじゃないんだもん。

本当の身長が150cmなのに、160cmに見せようとして、ずっとつま先だちしてたら、疲れちゃうよ。

でも、向こうはこっちを160cmだと思っているから、背伸びをやめると「あれ。。?」てなる。


詐欺。w

そして、それをいつまでも隠そうとして、
インナーヒールなんか履いちゃったりして

本当の自分を隠さなきゃ、隠さなきゃ、と
いつも恐れてる。

でも、畳のお店に行ったら、一発でバレちゃうもんね。いつまでも隠してはおけない。

それにインナーヒールも
意外と、わかっちゃうもんだしね。笑


もう、隠さなくていい。


開けっ広げで、なんにも隠すところがなさそうで、「なんかいいなあー。」ていう人、たまにいるよね

そういう人になるには、自分を磨けばいい、と思ってしまいがちだけど、本当はそうではなく。

ダメなところも、抜けてるところも、全部含めて
「隠さなくていい」と思っている。

その「隠さなくていい」マインドが、その人を自分らしく輝かせて、素敵に見せているんだと思う。


優しさゆえに。


じゃあ、どうして隠すこと、自分をよく見せようとすることなんか、はじめてしまったんだろう。

その答えは、人によってさまざまだけど。

多くの理由は

お母さんを、喜ばせたかったから。


いい子にしてたら、褒めてもらえた。

お母さん、嬉しそうだった。
だから私も嬉しくなった。

学校では、先生のいうことを聞くようにした。
良い成績をとるようにした。


いい子でいたら、お母さんが喜んでくれる
と、思ったから。


意識してる、してないに関わらず、

潜在意識の奥まで入り込んでいる、心のパターンの多くは、お母さんが深く関係しているんだ。


大学でも、多く思うことがある。

皆んな、勉強をがんばって受験を越えてきたというのもあるんだろうけれど、

高学歴ほど、良い子が多い。


「いい子」というのは、中味の話ではなくて。

人からの期待に応えようとする。
世間的に「いい子」と言われそうなタイプの人。

ということ。


それが、勉強に限らず、習い事でも
日々の生活でも

自分の願望よりも、人からの期待に応えることを、上においてしまっている人。

というのは、たくさんいると思うし

何やかんや、言ってるけど
私だって、その一人だ。


そうやって、生きてくることが必要だった。

心根が優しかった。周りの人を喜ばせたい
という気持ちが大きかった。

それは、とても素敵なことだと思う。


でも、

自分 < 親

という図式が、

成長するにつれて、どんどん広がっていき

自分 < 先生
自分 < 友達
自分 < < 他人
自分 < < < 社会

いつの間にか、
自分をおざなりにするクセがついてしまう。


そうすると、
自分のことが分からなくなっちゃうよ。


私もそうだったけれど、

瞬間的に「自分がどうしたいか」よりも
「相手が何を望んでいるか」を考えてしまう。


そんな癖を気づかぬうちに持ったまま、
ずっと生きていて、気がついたら

「え、私の気持ちって、何だっけ。。?」

と、足元から崩れ落ちるような、不安定な
空虚感のなかにいた。


言う通りにしたら、褒めてくれた親や、先生や友達も、あなたのことを考えていないわけではないし、

でも、あなたが自分の心を失ってしまうことや、
あなたの幸せの責任までは、取ってくれないよ。

私を喜ばせてくれて、ありがとう。
代わりに、養ってあげるよ!

なんてことには、ならないよね。


「良い子」でいることをやめる。
人の期待に、応えることをやめる。


それは最初、ものすんごく怖いことだと思う。

だって周りにどう思われるか、
わかんないじゃん。

は? 何言ってんの? 
今までいう通りにしてくれてたじゃん。

て、言われるかもしんないね。

でも結局さ、その程度なら、その程度なんだよ。


私も、やってみたけどさ。w

とっても良い子をしてたのに、
ある時から段々と、やめていった。

自発的に動いたり、掃除を手伝ったり、言われた通りにちゃんとお手伝いしたり、とかをね。

最初はそら、びっくりされたよ。

「ど、どうしちゃったの? 反抗期!?」
みたいな。笑


でも、周りもだんだん、慣れてくるから。

それで少しずつ「あいつはそういう奴」という周りの概念も書き換えられていって、

無理せず、自分のままいられる環境になった。


一番、言いたいのは

そんな無理しんでも、別にふつーに周りは
あなたを認めてくれていた。

て、ことなんだ。


「言うこと聞いてくれるあなた」
「真面目でノートを見せてくれるあなた」だから、

関係を続けているわけじゃない。


実のところ私は、お父さんとお母さんが

私が褒められる、成績の良い子だから、
家においてくれるんだ。

と、本気で信じていたからね。


部活の送り迎えをしてくれるのも、勉強を手伝ったり、参考書を買ったりしてくれるのも

全部、自分たちの体面のためでしょ。
何にもない私なんて、価値がないんだ。

と、本気で思ってた。


だから、苦しかったなあ。

成果を残して、褒められたら嬉しいけど、
本当は、何もできない私でも、認めてほしい。

そんな、心がちぐはぐの状態で、

結局、勝手に勘違いしたまま、お母さんとお父さんのことを、嫌いになってしまった。


親も「子どもが褒められたら、嬉しい」ていう
気持ちも、なくはなかったと思うよ。

それでもさ、そうでなきゃ認めてくれない。
なんて嘘っぱちで、本当は

〇〇ができたほうが、子どもが幸せになる。
(勉強、英語、部活、etc..)
安定していたほうが、子どもが幸せになる。

と、親が本気で思っているから、

それが「親にとっての善」だから、子どもにすすめているって言うのも、あるんだよね。


その心配や、お節介が、愛情の裏返しとは、
なかなか思えないけれど

実は

そのまんまでも愛されてたし
勘違いの裏側には、親なりの「愛」があった。


それを知ることは、今後、とっても生きやすくなることにも、繋がると思うんだ。

結局、何をすれば良いんだ。て
話かもしれないけれど


もしも、人の期待に応えつづけたり、

いつも人から自分の素を隠さなきゃいけない、という恐れっぽいものを抱えているのがつらいなら、

ちょっとずつ、やめてみればいい。

信じられないかもしれないけれど、あなたがそのまんま笑っているだけで、周りの人も幸せになるし

あなたはただ、好きなように楽しく生きているだけで良いんだよー。

ということを、伝えたいなと思います。

おわり!

心躍ります^^♪