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みんなそれぞれ、頑張って生きてる。

〒昔のさわさわ、家族へ。

そして、世界にいるかもしれない
さわさわと似た経験をしている誰かに届けたい

メッセージです。



わたし、ずっとお母さんのことうらんでたの。

お母さんが私を認めてくれなかったから
私は、頑張らなくちゃいけなかった。

1位じゃないといけなかったから
あんなに我慢しなくちゃいけなかったんだ、て。


あの時。中学2年か、3年の夏
定期テストの結果がでて

2位だったよ。

と言った私に

お母さんは、驚いて

1位だれ?
ま、そういうこともあるよ。
次頑張ろうね。

と言った。


こっちが死ぬほどの思いで、本当に死ぬほどの思いで
時間切りつめて、一瞬も気を抜かないで

ずっと追いつめられて勉強して

頑張ったのに
頑張ったのに

次、頑張ろうね?

結局、1位じゃなきゃ認めてくれないんだ。
私は、結果を出す以外に価値がない存在なんだ。

と思い込んでしまった出来事。

結果よりもがんばりを認めて欲しかったのに
私のことなんかお構いなしで

1位の子が誰、て気にしたこと。

そんなちっちゃなことって、思うかもしれないけど
私にとっては、すごく大きなことだったんだよ。


だって私は、お母さんのために勉強してたんだから。

お母さんが喜ぶから勉強して
お母さんが褒められるような子供でいようって

部活も辞めず、生徒会もして
がんばってたんだよ。


ぎりぎりだったの。
ちゃんと勉強したの。

でも、2位だったの。そういうこともあるの。

結果いう時、何気ないふりして
どれだけ気を張り詰めてたかわかる?

そこで、お母さんの本心が知れると思ったから。

そしたら案の定、お母さんはやっぱり、結果しかみてないみたいだった。


好きだったのに。

お母さんを喜ばせたかっただけ
お母さんに褒めてもらいたかったから
がんばってただけだったのに。

いつの間にか上がったハードルは
いつしか私を苦しめるようになっていた。


1位を取って喜んでもらえても、また1位を取ったら、おんなじようには喜んでもらえないでしょ?

だったら今度は、また別の結果を出さないといけない。だから常に、自分を追い立ててきたの。

お母さんのせいで。



これが無意識に、生きるのが苦しかった
かつての私が思っていたことだった。

母親への純粋な愛情は、いつしか
強い憎しみへと変わっていた。

どうせわかってくれない。
どうせそのままの私なんて価値がない。

そんな、ひねくれを抱えながら

本当のほんとうは

わかってよ!
そのままの私を認めてよ!

と強く叫んでいた。


でもそれを口にするのがこわくて
だって否定されるのがこわいから

結果がない自分を認めてほしいのに
それじゃダメだからと、結果を出そうとしていた


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私は大人になった。

高校生の時、色んな心理学や生き方の本を読んで
初めて合点がいった。


あ、私はお母さんの期待に応えようとしすぎていたから、こんなに生きるのがつらかったんだ。

て。


初めは恨んでたよ。お母さんのせいで。
どうせお父さんもそうでしょ。て

でもね、違かったの。


あのね、勘違いしたのは私なの。

1位じゃなきゃ価値がない。
結果を出さなきゃ認めてくれない。
何もない私なんて価値がない。

そう思い込んで、誰よりも自分にその言葉を浴びせていたのは、他でもない自分自身だったんだ。


勝手に期待を背負って
勝手に頑張って

上がったハードルに応えられなくなって
背伸びと我慢に疲れ果てて

期待をかけてきた存在を
勝手に恨んでただけ。


でも、考えてみてよ。

スタートは「私が」お母さんを喜ばせたいから
「私が」お母さんに褒められたいから

始めたがんばりだったんだよ。

私がはじめたことで、最初は純粋な
お母さんへの愛情からだったんだよね。

大好きだったのに、わかってくれないから
ひねくれて、大きらいになってしまった。



でも、その根本には『愛』があったんだよね。



しかも、本当に直接

「あなたは1位じゃなきゃ価値がない」
「結果を出さなきゃ認められない存在なんだ」

なんて、言われたこと1回もないんだに?

なのに勝手に、自分で勘違いをしてしまった。

誰よりも自分を否定して
「頑張らなきゃ認められない」と
母親の愛に条件付けして

受け取れていなかったのは
私だったんだよね。



今ならわかる。

きっとお母さんは、私が1位じゃなくても
なんかの結果を出さなくても

きっとお姉ちゃんたちと同じように
皆んなそれぞれに

愛をかけてくれたんだろうな。って

それくらい、子どものことを大事に思って
愛してくれるお母さんだったもんね。


大学生になって

初めてその事(我慢して、認めてもらうためにがんばって苦しくなってた事)を話した時

「気づいてあげられなくてごめんね」って
お母さん、いってくれたもんね。


そんなつもりじゃなかったって

ただ、出来がいいから
純粋に期待してしまっただけだって。


成績が良くて
いい大学に入れて
安定した会社に入れるのをよしとしていたのも

別に、それが「正解」だから
そうすると親としての体裁がいいから
(↑そう思ってた本気で)

私にそれを押し付けてた(ように感じた)
すすめてたんじゃなくて


それが、お母さんやお父さんに
とっての『善』だったから

公務員になった2人が
自分たちの生き方に満足して

子どもにも苦労させたくない
大変な思いをさせたくない

という

それが彼らが思う「私が幸せになれる生き方」だと思ったからすすめてくれてただけ

だったんだよね。


最近、思うんだ。


毎日、働いてさ。朝から晩まで。

夜に帰ってきて、晩ご飯つくって
3人娘がいて

掃除して洗濯してっていう
家事やって


そんな余裕ないんだよね。


娘のこと、みてないわけじゃない。
思ってないわけじゃない。


でも、そんな私みたいな、
繊細で複雑に入り組んでしまった感情を
理解するなんて

めちゃくちゃハードなことなんだよね。


なんでわかってくれないの!?
わかってよ!!

て。

私からしたら、唯一の世界の真ん中にいる
お母さんだったから

そう嘆いて叫んでいたけれど。


お母さんの立場になって考えたらわかるもん。


そんなこと、大変なんだよね。

普通に子どもがある程度、いい成績をとってたら
普通に喜ぶし、ふつうに期待するし

その背後にどれだけの
重荷を感じてとりくんでるかなんて

汲みとれなくて当然なんだよね。


それを、たった一言・二言で勝手に解釈されて
勝手に恨まれたら

たまったもんじゃないもんね。



だけど、わかってくれてありがとう。

理解しようとしてくれてありがとう。
謝ろうとしてくれてありがとう。


お母さんは悪くないよ。

私も、悪いわけじゃなかったんだよ。


毎日、必死で生きてたんだよね。

お互い、がんばって生きようとしてたんだよね。

それだけだったんだよね。

ちょっとだけ、ボタンをかけ違えてしまっただけで。


だから、どうか責めないでね。 
この間、後悔してるって言葉を聞いたけれど

おかげで私は、自分自身をとり戻して
見つめ直す機会をもらうことができたし

おかげで生き方や心のことにいっぱい詳しくなって
今とっても生きやすく幸せに生きられるヒントを

たくさん見つけられたんだ。


お母さんのお陰だよ、ありがとう。

そして頑張った私、もがいてもがいて
苦しんでいた私にも、ありがとう。


必ずその苦しみからは抜け出せるから。

あなたがわからなくてもがいて
それでも一生懸命に前に進もうとしてくれたから

今の私がいます。


ありがとう。

皆んな、必死で生きてるんだよね。

一生懸命に幸せになろうとがんばってるんだよね。


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大丈夫。

必ず、かならず闇は抜け出せるから。

信じて進もう。

きっと、絶対に

未来の自分は、今のあなたに感謝しているよ。


私と昔のわたしと、そして世界のわたしへ
そして、お母さんへ


さわさわより。

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ちま|のびのびハッピー
心躍ります^^♪

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