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【『逃げ上手の若君』全力応援!】(168)毅然とした北畠顕家を前に〝神妙〟な態度の高師泰は兄・師直よりも真人間!?……素直さとは正反対の「嘘」こそが邪悪な力のトリガーだったことに気づく

 南北朝時代を楽しむ会の会員の間でも話題騒然の週刊少年ジャンプ新連載『逃げ上手の若君』ーー主人公が北条時行、メインキャラクターに諏訪頼重! 私は松井優征先生の慧眼(けいがん=物事をよく見抜くすぐれた眼力。鋭い洞察力。)に初回から度肝を抜かれました。
 鎌倉時代末期から南北朝時代というのは、これまでの支配体制や価値観が崩壊し、旧時代と新時代のせめぎあいの中で、人々がそれぞれに生き方の模索を生きながらにしていた時代だと思います。死をも恐れぬ潔さをよしとした武士が〝逃げる〟という選択をすることの意義とは……?
〔以下の本文は、2024年8月24日に某小説投稿サイトに投稿した作品です。〕


 「大した男だ 北畠顕家

 これまでどんな場面においても一貫して直情的で粗暴な高師泰でしたが、おそらく顕家が「化粧直し」を終えるのを待っているのだな……というのが想像されました。
 顕家、師泰の他、北条泰家(と母・覚海尼)もワンカットだけ登場したのですが、『逃げ上手の若君』第168話における彼らに共通しているあることを、私は感じ取りました。ーーそれは、自分の置かれている立場、目の前で展開する出来事に対して〝神妙〟であるというということでした。
 〝神妙〟というのは、現代では「おとなしいこと」であったり「けなげ」であったりする様子を表す時に使う言葉ですが、もともとは「人の知力を超越した現象。不可思議なこと。」〔広辞苑〕に対して用いられた言葉でした。
 ーー顕家や泰家であれば、もはや自らの力ではどうにもできない状況を静かに受け入れる態度であり、師泰であれば、大将軍として毅然とその最期を迎えようとする顕家に対するまさに「敬意」がそこに現れていると、私は解釈しました。
 それに比して一人、足利尊氏だけが、人間であればおそらく誰もが〝神妙〟であるべき状況において〝異質〟であることを、強く感じずにはいられませんでした。

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 尊氏の〝異質〟さについてはひとまず置いておいて、楠木正成が時行に与えた虎の巻に記されていた「偽造退却」について考えてみました。
 本シリーズで前回、「古今東西の完全勝利が語っている」「史上最強の戦術は… 「逃げる」ことである」という説明の後に具体例として挙げられていた「カルラエの戦い」「カルカ河畔の戦い」「 アインジャールートの戦い」「耳川の戦い」についてわかりやすくまとめられているYouTubeチャンネルの動画を紹介しました。

 私は疑り深い性格なので、〝伏兵がいるって気づきそうなもんじゃないの?〟などと考えていました。しかし、どの戦いにおいても誘い込む方は、敵方に「偽装退却」だと思わせない術や結束力を有していました。敵方の弱点となる部分を把握し、ひたすら〝攻め〟続けることで勝利を得ているのがわかまります。
 ーー例えば、血の気が多くて経験の浅い若い将がいたり、疑問を抱き続かせないほどの長距離を逃げ続けたり、内部分裂等の相手方の不安要素をしっかり把握した上でそれらを巧みに突くという、「偽装退却」とは実際のところ〝心理戦〟であるのということがわかりました。
 まさに、時行が率いる北条軍の勝利も同じ構造を持っていました。時行の泣きの「顔芸」は、第2話「鬼ごっこ1333」において五大院宗繁に対して使っていますので、おそらく諏訪頼重に教わったであろう技が、時行の成長(叔父の泰家から受け継いだ「凄み」)と楠木正成の教えによって、全軍単位でパワーアップしたのだとも言えます。
 限られた時間と資源(物的・人的)の中、古墳を利用するということにも、時行と逃若党の成長を覚えます。埼玉県の古墳群を訪れた時に、石田三成が忍城攻めの際、城を見渡せる丸墓山古墳に陣を張ったという話を聞きました。

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 「もうだめだ 負けるぅぅ」(じわ…

 追い詰められた尊氏は、これまでのどのような局面においても、まるで〝神妙〟ではなかったことに、私は初めて気づきました。おそらく、「負ける」なんて微塵も思っていないし、小さい頃から芸能大好き君ですから涙を出すコツも心得ているのでしょう。

 「噓泣きも嘘自害ももういい

 時行は尊氏のそれを見抜きました。
 〝神妙〟にはまた、「すなお」という意味もあります。尊氏のこの態度には、ひとかけらのまことも「すなお」さもありません。これまでこのシリーズで何度か触れてきましたが、「素直」「正直」は、中世の日本では神仏へと通じる最高の美徳でした。
 高師直は尊氏を「」だと崇めていますが、〝そんなもん拝んじゃダメでしょ……〟と言いたくもなります(顕家を前に神妙な面持ちの師泰の方が、兄より真人間なのかもしれません……)。
 北畠顕家を討ち取ったという高師直(『逃げ上手の若君』の中の話ではなく史実で)は、南朝推しや女性の歴史ファンからは人気がありません(むしろ嫌われている?)。しかしながら、今後作品の中で描かれていくことになると思いますが、尊氏の最大の「犠牲」者は師直であったのではないかと思うと、〝ダメンズ(←古っ)だったんかい〟と恋心はさめつつも、何だか私は彼を嫌いになれません。

 「素直」「正直」とは正反対の「」が極まることで邪悪な力が発動する尊氏を、天台座主でもあった護良親王が、このような事態になるずっと以前に警戒したのは、もっともなことであったななどとも、あらためて納得するのです。
 
〔参考とした辞書・事典類は記事の中で示しています。〕

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【補足】

(目からヤバイやつ出る)

 第168話を読み直していて、駿河四郎が「なめるな!!」「まやかしなど笑止!」と言って、尊氏を圧倒している場面(かっこいいし)ですが、相模川の戦いの時にも考察したなと思い出しました。
 ーー誰もが尊氏や邪悪な何かに屈するわけではないと信じたい自分がいます。


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