「贅沢は味方」(2014年7月22日)
椎名林檎さんが「東京事変」というバンドを組んでいた時の作品に「キラーチューン」という曲があります。最近、この曲とPV(プロモーションビデオ)を視聴したのですが、素晴らしい出来だと思いました。
*東京事変「キラーチューン」
(椎名林檎さんがピンクの衣装を着ている映像を見て下さいね。)
「キラーチューン」とは、「人をひきつける魅力のある曲。特に、発表後すぐに人気の出る歌謡曲などについていう。」(「デジタル大辞泉」)とあります。その名の通りのメロディの秀逸さもさることながら、私は歌詞とPVの映像に舌を巻きました。
「贅沢は味方」もっと欲しがります負けたって
勝ったってこの感度は揺るがないの
貧しさこそが敵
ここでメロディが一度切れるので少しドキッとします。戦時中のプロパガンダをもじっての“贅沢宣言”は、ポップなメロディにのって人を馬鹿にしているのかしらと思ってしまいます。しかし、この後一息ついて、次のように歌詞が続きます。
贅沢するにはきっと財布だけじゃ足りないね
だって麗しいのはザラにないの
洗脳(わな)にご注意
ここで初めて、「贅沢」の意味が「財布」、つまり金銭ではないことがわかるのです。「贅沢」の中身について「麗しい」という語を用いて、“真の贅沢”とは何かを問題にしています。しかし、「贅沢」=「財布」の「洗脳」にはまっている人が多いことを、軽やかに警告するのです。
二番の同じメロディの部分の歌詞も、その考えを補強しています。
贅沢するにはきっと妬まれなきゃいけないね
ちょっと芳(かぐわ)しいのを睨まないで
欲しがらないなら
“真の贅沢”に満たされている人の輝きを「芳し」さととらえ、その贅沢がわからない、贅沢を「財布」だと勘違いしている人たちとの生き方のずれを指摘しているのです。
では、「キラーチューン」では、“真の贅沢”をどうのように考えているのでしょうか。
「季節を使い捨て生きていこう」
「『今日一度きり』無駄がなけりゃ意味がない」
まさに、生命の肯定、世界の受容を高らかに歌い上げています。
「絶対美しいのは計れないの
溢れ出すから」
省略した歌詞の部分を見るとラブソングなのかなと思うのですが、PVを見る限り、単なるラブソングではないと感じています。
椎名林檎さんが地階から地上へ出たところで激しく雨が降ってきて、スーツに身をまとった人たちは必至で雨から逃れようと走り去ります。しかし、椎名林檎さんはその雨の中、軽快にステップを踏んで楽しげに歩いて進んでいくのです。もちろん髪も服もみるみる濡れていきます。ちなみに、バンドのメンバーも雨の中、まるでひるむことなく演奏する映像が合間合間に差し込まれます。
すると、冒頭で走り去って行ったはずのスーツの人たちが楽しげに戻ってくるのです。
ここで『一遍聖絵』を出すのも……とは思うのですが、巻五第二段には次のようにあります。
下野国小野寺といふ処にて、にはかに雨おびたゞしくふりければ、尼法師みな袈裟衣などぬぐをみ給て、
ふればぬれぬるればかはく袖のうへを
あめとていとふ人ぞはかなき
(大橋俊雄校注『一遍聖絵』(岩波文庫)より)
雨だと言ってあわてふためく尼僧たちに一遍は諭します。――雨だからといって騒いでどうするのか。雨が降るのは自然の道理。同様に、雨が止めば衣も乾く。雨だからといって嫌がったところで何にもならないよ。
椎名林檎さんの作品からはしばらく遠ざかっていたのですが、彼女はもしかしたら、古代から続く日本人の幸福観を知る、希少な現代人の一人なのかもしれません。他にも最近の作品で良いものがあったので、また紹介できればいいと思います。
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