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【『逃げ上手の若君』全力応援!】(110)諏訪頼重の最期を古典『太平記』から考察してみる…研ぎ澄まされた言葉と簡潔な表現から読み取る「凄絶な「忠義」」

 南北朝時代を楽しむ会の会員の間でも話題騒然の週刊少年ジャンプ新連載『逃げ上手の若君』ーー主人公が北条時行、メインキャラクターに諏訪頼重! 私は松井優征先生の慧眼(けいがん=物事をよく見抜くすぐれた眼力。鋭い洞察力。)に初回から度肝を抜かれました。
 鎌倉時代末期から南北朝時代というのは、これまでの支配体制や価値観が崩壊し、旧時代と新時代のせめぎあいの中で、人々がそれぞれに生き方の模索を生きながらにしていた時代だと思います。死をも恐れぬ潔さをよしとした武士が〝逃げる〟という選択をすることの意義とは……?
〔以下の本文は、2023年5月27日に某小説投稿サイトに投稿した作品です。〕

 

 とうとう、この時がやってきてしまった、頼重は死んでしまうのだ…と覚悟して、私は『逃げ上手の若君』第110話のページを一枚一枚めくっていきました。ところが、尊氏が鎌倉に向かって攻め込んできて以来、毎週涙していた私が、不思議と泣かずにこの回を最後まで読み終えたのです。
 ーーなぜならば、刃を首元に当て果てた諏訪頼重には、憎しみや恨み、そして後悔といったネガティブな感情が少しも感じられなかったからでした。

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 「全ての骸は顔の皮が剝がされていたという

 『逃げ上手の若君』の連載が始まった当初から、諏訪頼重や時継の勝長寿院での最期については知る人ぞ知るショッキングな内容というので、ネットなどで記事となっていたのも見ています。かくいう私も、松井先生がこの場面をどのように描くのかが、ずっと気になっていた一人です。
 古典『太平記』を確認してみたいと思います。

 諏訪三河守みかわのかみを始めとして、宗徒むねとの大名四十三人、大御堂おおみどうの内に走り入り、同じく皆自害して、名を前亡せんぼうの跡にぞ留めける。その死骸を見るに、皆つらの皮を剥いで、いづれをそれとも見分かねば、「相模次郎さがみのじろう時行も、定めてこの内にぞあるらん」と、聞く人悲しまずと云ふ事なし。
 ※諏訪三河守…諏訪頼重。
 ※宗徒… 主だった者。中心的な家来。
 ※大御堂…鎌倉市雪ノ下にあった勝長寿院。源頼朝が父義朝の供養のために建立した寺。
 ※前亡の跡…先代北条氏の滅亡の地。
 ※定めてこのうちにぞあるらん…(明確に判別はできないのだけれども、状況として)きっとこの中に時行の遺体もあるとしてよいだろう。

 『逃げ上手の若君』での解釈はこのあとじっくり考察してみることにして、110話を読むまでは、頼重らのこのショッキングな最期について、以下のように私はとらえていました。

 ひとつめは、本当にぎりぎりまで戦ったのであろうということです。
 当時は写真などないので、時行はもちろん、頼重の顔だって多くの人間はわからない可能性はおおいに考えられるわけです。よって、偽装して死んだことにする策略があることを、私たちはすでに北条泰家の鎌倉脱出の場面で確認済みです。ただこの場合、泰家もそうですし、赤坂城の危機的な状況から脱出した楠木正成もですが、偽造自害の仕上げとして、火をかけて誰が誰だかわからなくする方法をとっています。

 歴史好きの友人は、〝頼重は諏訪明神だし、何らかのメッセージ性や深い意味があるはずだ〟と目を輝かせて言うのですが、私は〝いや、そんなかっこいいことしないと思うけどなあ〟と返しました。ーーおそらく、火で焼くのは時間がかかるので、時間をかけずにそれぞれの身元がわからなくするには、顔の皮を剥いでしまえばいいという合理的な判断で行ったのだろうと私は推測しています。
 それは裏を返せば、当時よく使う火での偽装に使う時間すら惜しんで、最後まで諦めることなく尊氏らと戦ったということを意味しているのではないでしょうか。『太平記』本文にも、頼重らは大御堂には「走り入り」と書いてあり、短い言葉ながら切迫した状況が伝わります。
 最初からそのつもりだったのか、それとも、これ以上は持ちこたえられないという限界まで戦い、残された時間から考えてできることをその場で行ったのか、それはわからないのですが、『太平記』の鎌倉脱出の場面、諏訪盛高が時行をその母から奪い去る際、彼は瞬時に最善の選択を導き出して実行しているので、少なくともこうした諏訪氏にまつわる二つの出来事を語る『太平記』では、後者の可能性も念頭に置いている気がしています。


 ふたつめは、皮を剥ぐという発想自体が、諏訪氏ならではのものであろうということです。
 諏訪明神は、『逃げ上手の若君』の連載の最初の頃に説明があったとおり狩猟の神です。鹿を何十頭も生贄にするような祭礼があることは、このシリーズでもかつて紹介しています。おそらく、一族の誰もが獣の皮を剥ぐことには慣れていて、顔の皮を剥いで偽装するという発想自体が、それが容易にできるという前提があってのことだったのだと推察されます。

 そしてこの方法が、詳細に裏を取ろうという気を敵将から失わせる効果も、ある程度は狙っていたのかもしれません。『逃げ上手の若君』で、勝長寿院に足を踏み入れた佐々木道誉と高師泰の表情を見てください。野蛮な師泰、不敵な道誉が、二人ともにたじろいでいます。目を覆いたくなる光景もですが、血の匂いも想像に難くなく、長居はしたくないと思わずにはいられなかったでしょう。
 
 ここまでは私の考えです。頼重たちはさぞ無念だっただろうと、『太平記』に描かれた勝長寿院の凄惨な様子が脳裏に焼き付いて、私はずっとそう思ってきました。しかし、松井先生はそんな私の浅はかな考えを超えた頼重と諏訪一族、諏訪神党の姿を描いています。

 「《《皆の死を無駄死ににはさせませぬ》》 時行様の逃げ上手は今宵より伝説となる

「顔の皮が剥がされて」という偽装自害は、「自由」の身となった子・時行への
父・頼重からの最後の贈り物だったにちがいありません。

 はっと気づきました。『逃げ上手の若君』では、勝長寿院で自害したのは頼重ただ一人なのだと。祢津頼直や保科・四宮は一度頼重の前でひざまずいて勝長寿院を後にしていますし、もちろん盛高も、頼重に託された最後の仕事を終えた後は信濃への道を急いだものと考えます。嫡男・時継もすでに第109話で息を引き取ってます。ーー時継ですら自害ではないのです!
 
 「忠義に生き 忠義に死んだ神がいる

 最後の「解説」を「それ以外ございません」とする諏訪盛高。古典『太平記』でも辛い役どころでしたが、松井先生はそこでのキャラも生かしつつ、頼重の本心を代弁するという重要な役目も担わせているのです。

 「諏訪頼重が乱を起こした最大の理由は何だろうか 彼の死にざまを見ればそれは 凄絶せいぜつな「忠義」としか言いようがない
 ※凄絶…はなはだすさまじいこと。ものすごいさま。

 もう一度、先に引用した『太平記』を見てみたいと思います。ーー「皆自害して、名を前亡せんぼうの跡にぞ留めける」という一言に語り手の評価があります。〝頼重らは主君たる北条氏のために戦って、彼らが滅びたのと同じ鎌倉で最期を遂げて運命をともにした〟ということを言っているのです。 
 『太平記』において、時行や頼重と諏訪氏の活躍にを描くために、多くの紙面が割かれてはいるわけではありません。しかしながら、研ぎ澄まされた言葉と簡潔な表現の中に、史実が語り手(書き手)に対して、物語としての過剰なドラマ性や美化を拒んだのではないかと思うような気迫が感じられるのです。
 今回も重要なキーワードとなった「中先代の乱」ですが、当時の人たちの間でも「諏訪頼重の乱」「諏訪合戦」なる名称が用いられなかったのは、「当時 時行は傀儡とは認識されておらず」というのはもちろん、諏訪頼重とその一族は、どこまでも彼を奉じているだけなのだという認識もあったからなのではないでしょうか。

 「凄絶な「忠義」」などというものは、科学的・客観的なことを論じなければならない歴史学の分野では否定されるもの、考慮されないものであるのでしょう。しかしながら、七百年の時を経て彼らの「忠義」が松井先生の手によって多くの人たちに伝えられたことにより、本物の諏訪頼重と、頼重と同じ志を抱いて立ち上がって亡くなっていった人たちの魂は、救われているのではないかと私は想像するのです。
 
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 「尊氏 お前だけは

 尊氏が、腹に傷を負った少年兵を気まぐれに助け、気まぐれに殺してしまったことに、時行だけでなく私も、言いようのない怒りと恐怖を覚えました(強面の三人衆が最初思わず「ほっこり」して、いつもの三人とのギャップに私も思わず「ほっこり」してしまった分、キツかったです…)。
 
 「全ての人の一生懸命の積み重ね それが歴史なのだから

 死んで霊魂となった頼重はこう時行に語り掛けています。尊氏は、この人間の営為を奪い、破壊する人間であることがわかります(そして、元に戻って尊氏に追随する三人衆…まあ、この三人も人生の最後には、悪魔に魂を売った報いを存分に受けることになっています)。

 「ここからの少年は 担がれも縛られもせず 自らの意志で道を選ぶ

 私は『逃げ上手の若君』を、鎌倉・南北朝時代を舞台とした『暗殺教室』の続編だととらえているところがあります。前作では描けなかった、殺せんせーが亡くなってからの少年・少女たちだけでの戦い、そして個々の成長と大人になるまでが、時行と逃若党によってこれから描かれるという期待があります。また、諏訪氏が神としてなぜ北条氏に引き立てられたのか、雫は何者なのか、魅摩や尊氏の神力など、明かされていない謎の解明も徐々になされ、それは、『脳噛ネウロ』のような不思議な世界を垣間見ながらの冒険ともなるのかもしれません。
 
〔『太平記』(岩波文庫)を参照しています。〕


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