【鳥取寺社縁起シリーズ】「因幡堂縁起絵巻」(18)
■寺社縁起本文・注釈・現代語訳
__________________________________ 本文(翻刻)は、『企画展 はじまりの物語ー縁起絵巻に描かれた古の鳥取ー』〔鳥取県立博物館/2008年10月4日〕の巻末「鳥取県関係寺社縁起史料集」のものを使用しています。
※「因幡堂縁起絵巻」の概要は第1回をご覧ください。
**********************************
【 第十二段 】
建永年中夏の比藤原宗行といふもの
さむ病のいたはり有て、※1祈精のために百日
の間毎夜此寺へまいりけるに参詣の輩
クさくけからはしき事をいとふあひだ礼堂
へもも※2ほらす大床の邊にてよなよな祈精申
けり百日に満する夜通夜して先世の
病業と申なから衆病悉除の本誓にもれて
むなしからむ事を思つつくるに弥こころほそく
かなしくおもひて且は佛をうらみ奉り夜も
すから恭敬礼拝を致し祈念ふかくして
ちとうちまとろみたる夢に内陣の御厨子
より黒衣の老僧出給て金毘羅大将とめせは
東方よりまいり給そのとき仰ありけるはひむ
かしの壷なる香水をとりてさむ病をなけく
俗にぬれと佛勅を下されけれは柳の葉を
もて香水を此俗のかしらより始て手足まて
ぬらせ給へは次第に平癒しけり夢心地に
悦事限なくおほへてうちおとろき忝なく思
けるに日数程なくもとのことく目出たきはた
へにそ成にける
※1 絵巻本体の写真では「、」なし。
※2 テキストの本文(翻刻)は「も」となっているが、絵巻本体の写真では「の」か。
→建永*年中、夏の比、藤原宗行*といふ者
さむ病*のいたはり*有りて、祈精*のために百日
の間、毎夜此の寺へ参りけるに参詣の輩
くさくけがらはしき事をいとふあひだ礼堂*
へものぼらず大床*の邊にてよなよな祈精申し
けり。百日に満ずる夜、通夜して、先世*の
病業と申しながら衆病悉除*の本誓*に漏れて
むなしからむ事を思ひつつ来るに弥*こころぼそく
かなしく思ひて且つは佛をうらみ奉り夜も
すがら*恭敬礼拝を致し祈念深くして
ちとうちまどろみたる夢に内陣の御厨子
より黒衣の老僧出で給ひて金毘羅大将*とめせ*ば
東方より参り給ふ。その時仰せありけるは「ひむ
がしの壷なる香水を取りてさむ病を嘆く
俗に塗れ」と佛勅*を下されければ柳の葉を
もて香水を此の俗のかしらより始めて手足まで
塗らせ給へば次第に平癒しけり。夢心地に
悦ぶ事限りなくおぼへてうちおどろき忝なく*思ひ
けるに日数程なくもとのごとく目出たきはだ
へ*にぞ成りにける。
〈注釈(語の意味)〉
*建永(けんえい・けんよう)…鎌倉前期、土御門天皇朝の年号。元久3年4月27(1206年6月5日)改元、建永2年10月25日(1207年11月16日)承元に改元。
*藤原宗行(葉室宗行)…鎌倉時代の公卿(くぎょう)。承安(じょうあん)4年生まれ。藤原行隆の5男。葉室宗頼(むねより)の養子となり,宗行と改名。建保(けんぽ)2年参議,6年権(ごんの)中納言。後鳥羽(ごとば)上皇,土御門(つちみかど)上皇につかえる。承久(じょうきゅう)の乱では後鳥羽上皇方につき,乱後捕らえられ関東に護送される途中,承久3年7月14日駿河(するが)藍沢で殺された。48歳。初名は行光。〔日本人名大辞典〕
*さむ病〔寒病(やみ)〕…間欠熱の一種。おこり。わらわやみ。えやみ。〔日本国語大辞典〕
※間欠熱…一日のうち一定の時間を置いて起こりまたさめる熱。マラリア・回帰熱などに見られる。
*いたはり…病気。
*祈精=祈請(きしょう)か?…神仏に願がかなうように祈ること。祈願。きせい。〔日本国語大辞典〕
*礼堂(らいどう)…《仏教語》本堂の前方などにあって礼拝・読経するための建物。また、仏堂内前方の外陣。礼拝堂。
*大床(おおゆか)…神社・寺院などの簀子(すのこ)縁。
*先世(せんせ・せんぜ)…《仏教語》前世(ぜんせ)に同じ。
* 衆病悉除(しゅびょうしつじょ)…すべての病いがことごとく除かれること。特に薬師如来がたてた一二の誓願の一つにこれが誓われている。〔日本国語大辞典〕
*本誓(ほんぜい)…《仏教語》仏・菩薩(ぼさつ)の一切衆生(しゅじょう)を救おうという本来の誓願。本願。
*弥(いや)…いよいよ。ますます。いやが上に。
*恭敬礼拝(くぎょうらいはい)…深くつつしみ敬って神仏をおがむこと。
*金毘羅大将(こんぴらだいしょう)=金毘羅…仏法の守護神の一つ。もとガンジス河にすむ鰐(わに)が神格化されて、仏教に取り入れられたもの。蛇形で尾に宝玉を蔵するという。薬師十二神将の一つとしては宮毘羅(くびら)大将または金毘羅童子にあたる。
*めす…「名づける」の尊敬語。(ある名で)お呼びになる。〔日本国語大辞典〕
*佛勅(ぶっちょく )…仏のおことば。また、仏のお告げを述べること。〔日本国語大辞典〕
*忝(かたじけ)なし…身にしみてありがたい。もったいない。恐れ多い。
*はだへ〔膚・肌〕…皮膚。はだ。
〈現代語訳〉
建永年中、夏の頃、藤原宗行という者が
寒病という熱病があって、祈願のために百日
の間、毎晩この寺へ参ったところ参詣の連中が
臭く汚らわしいことを嫌がって礼拝堂
へも上がることなく簀子縁のあたりで夜々祈願申し
上げた。百日の満願の夜、夜通し、前世の
業による病とは申すけれども全ての人々の病をとり除こうという薬師如来の誓願に漏れて
むなしさを感じながらも来るのはいよいよ心細く
悲しく思うとともに仏をお恨み申し上げ夜明け
まで慎み敬って仏を拝み深く祈念し申し上げて
少しうとうとと眠った夢に内陣の御厨子
から黒衣の老僧がおいでになって(その方を)金毘羅大将とお呼びになると
東方から参上なさった。その時おっしゃったのは「東
の壺にある香水を取って来て寒病を嘆く
者に塗れ」と仏の御ことばをお告げになったので柳の葉で
もって香水をこの俗人の頭から始めて手足まで
お塗りになったところ次第に病は癒えた。夢心地に
この上なくお喜びになり目が覚めて身にしみてありがたい思っ
たがそれほど日も経たず元のように良い肌
になった。
〔「因幡堂縁起絵巻」(18)おわり〕