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【鳥取寺社縁起シリーズ】「因幡堂縁起絵巻」(7)
【鳥取寺社縁起シリーズ】第二弾として、「因幡堂縁起絵巻」詞書部分の注釈・現代語訳をnoteで連載いたします(月1回予定)。
〔冒頭の写真は、鳥取県立博物館『はじまりの物語ー縁起絵巻に描かれた古の鳥取ー』の表紙(「因幡堂縁起絵巻」の一場面)です。〕
■寺社縁起本文・注釈・現代語訳
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本文(翻刻)は、『企画展 はじまりの物語ー縁起絵巻に描かれた古の鳥取ー』〔鳥取県立博物館/2008年10月4日〕の巻末「鳥取県関係寺社縁起史料集」のものを使用しています。
※「因幡堂縁起絵巻」の概要は第1回をご覧ください。
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【 第四段(18行目から最後まで)) 】
君の御悩もおこたらせ給ける程にそれよりして此國をは
はたよる國と申候その時より武内大臣を當國の一宮と
祝てくにを守らせ奉ると申候又一説には天竺祇園
精舎の破壊しけるかの伽藍にかけられたる玉の幡
とも十方法界の國々へ飛ちり候けるか此はた一流當國
へふり来候けるあひだそれより幡よる國とは申候とも申けれは
行平夢想にも舐園精舎療病院の本尊と見
奉る彼尉か祇園精舎のはた飛来れるよし申かた方ふし
きにおほへてさて浦のやうを問たまへは此四十年に
及て海底にひかり物候程に彼光に鱗ともおそれて
よらす候間浦人次第に他國に仕りてかやうに弥あれて候
この七日七夜殊更海上は申におよはす木々の梢まて
もおひたたしくひかり候間恐怖してよるものも候ぬに
いかなる御事候とはやはや御もとり候んと申けれは行平
くはしく聞給て則大網をすかせてあみにてこれを
ひかせられけれは蒼海の底より金色の浪たつ磯に
ちかつくを見奉れはうき木にはあらて等身の薬師
如来の像也しそき引上奉り奇特のおもひ肝に
銘し渇仰のなみた袂をしほる仍所御身たちところ
に平癒し心身安楽也
→君の御悩もおこたら*せ給ひける程にそれよりして此國をば
はたよる國*と申し候ふ。その時より武内大臣を當國の一宮と
祝ひて國を守らせ奉る※と申し候ふ。又一説には天竺祇園
精舎の破壊しけるかの伽藍*にかけられたる玉の幡
ども十方*法界*の國々へ飛び散り候ひけるが此の幡一流*當國
へ降り来候ひけるあひだそれより幡よる國とは申し候ふ」とも申ければ
行平夢想にも祇園精舎療病院*の本尊と見
奉る。彼の尉*が祇園精舎の幡飛び来れるよし申すかた方*不思
議に覚へてさて浦のやうを問ひたまへば「此の四十年に
及びて海底に光り物*候ふ程に彼の光に鱗*とも恐れて
寄らず候ふ間浦人次第に他國に仕りてかやうに弥*荒れて候ふ。
この七日七夜殊更海上は申すに及ばず木々の梢まで
もおびただしく光り候ふ間恐怖して寄る者も候はぬに
いかなる御事候ふ」と。「はやはや御戻り候はん」と申ければ行平
詳しく聞き給ひて則ち大網をすか*せて網にてこれを
引かせられければ蒼海の底より金色の浪立つ磯に
近づくを見奉れば浮き木*にはあらで等身の薬師
如来の像なり。しそき※2引き上げ奉り奇特*の思ひ肝に
銘じ*渇仰*の涙袂をしぼる*。仍る所*御身たちどころ
に平癒し心身安楽なり。
※祇園精舎の「祇」について、本文に「祗」あるいは「舐」とあるものを「祇」に改めた。
※1テキストの本文(翻刻)は「守らせ奉る」となっているが、謙譲語の補助動詞「たてまつる」では意味が通じない。「奉」を「祭る」という意味、すなわち「神としてあがめ、一定の場所に鎮め奉る。奉祀する。」と解釈するか。あるいは、絵巻本体の写真を確認したところ、「奉」は「挙」の可能性もあった(「挙げる」には、「地位を高める。昇進させる。」といった意味がある)。なお、「祝(いわう)」にも「祭礼をする。神として祭る。」という意味がある。
※2テキストの本文(翻刻)は「しそき」となっているが、それでは意味が通じない。絵巻本体の写真を確認してみたところ、「いそき」=「急ぎ」の誤りか。
〈注釈(語の意味)〉
*おこたる…病勢がゆるむ。病気がなおる。
*はたよる國…因幡国。
*伽藍(がらん)...《仏教語》(僧伽藍の略。衆園・僧園と訳す)①僧侶たちが住んで仏道を修行する、清浄閑静な所。②後に寺院の建築物の称。
*十方(じっぽう)…四方(東・西・南・北)と四隅(北東・北西・南東・南西)と上下。すなわち、あらゆる場所・方角。
*法界(ほっかい・ほうかい)…《仏教語》(「法」は諸法、「界」は分界の意)①思考の対象となる万物。②真理のあらわれとしての全世界。
*流(ながれ)…旗など細長いもの、また縦にならんでいるものを数える語。
*療病(りょうびょう)院…病人を住まわせて病気を治療保養させるための建物。祇園精舎にあった療病院にならって、四天王寺などに設けられた。療病所とも。〔例文 仏教語大辞典〕
*尉(じょう)…老翁。 ※「うらの由来」を語る「九十有余の老男安大夫と云ひける者」を指すと思われる。
*かた方=旁・方方(かたがた)…あれこれ。いろいろ。なにかかやと。
*光り物…ひかるもの。光をはなつもの。発行体。人魂(ひとだま)・鬼火・流星などの類。
*鱗…「いろくづ」あるいは「うろくづ」と読んで、ここでは「魚類。水中にすむ動物一般」を指すか。〔角川古語大辞典〕
*弥(いや)…いよいよ。ますます。いやが上に。
*すく…網を編む。
*浮き木…水に浮かんでいる木片。
*奇特(きとく・きどく)…特にすぐれて珍しいこと。また、心がけや行いがすぐれてほめるべきものであること。殊勝。
*渇仰(かつごう・かつぎょう)…人の徳を仰ぎ慕うことを、のどの渇いた者が水を求めるのにたとえた語。
*袂(たもと)をしぼる…涙で濡れた袂をしぼる。ひどく泣く。
*仍(よ)る所…これまでの経緯が要因となってということか。
※特に記載がない場合は『広辞苑』による。
〈現代語訳〉
帝のご病気も快復なさったのでそれ以降この国を
「はたよる国」と申します。その時から武内大臣を当国の一の宮として
祭って国を守るためにご鎮座いただいていると申します。また一説には天竺の祇園
精舎の破壊された例の伽藍に掛けられていた数々の大切な幡
が全世界の国々へ飛び散りましたがこの幡が一流、当国
へ降り来たりましたためそれより「幡よる国」と申します」とも申したのであったが
行平は夢想でも祇園精舎療病院の本尊と思われるお姿を拝し
ている。この老翁が祇園精舎の幡が飛び来った旨を申すあれこれを不思
議に思ってさてはと浦の様子をお尋ねになると「この四十年と
いう間、海底に光を放つ物がございますのでその光を魚の類かとも恐れて
寄りつきませんために浦の人々が次第に他国に仕えるようになってこのようにますます荒廃しております。
この七日七夜はことさら海上は申し上げるに及ばず木々の梢まで
もものすごい状態で光りますゆえに怖がって近づく者もございませんのに
どのようなご事情でございましょうか」と。「早く、早く、お戻りください」と申し上げるので行平は
詳しくお聞きになり、そこで大網を結ってその網でこれ(光を放つ物)を
引かせられたところ大海の底より金色で、浪が立つ磯に
近づくその何かを拝見すると浮き木ではなくて等身の薬師
如来の像である。急ぎお引き上げて申し上げて敬虔な気持ちを深く
心に刻み、仰ぎ慕ってひどく涙を流した。こうした経緯で(行平の)御身の病はたちまち
に治って心身の苦痛が取り除かれ安らかになったのである。
〔「因幡堂縁起絵巻」(7)おわり〕