1-1 無職の始まり
大手日系メーカー、ベンチャー企業、と2社を経て、やりたいことがよくわからなくなってとりあえず仕事を辞めてみた29歳、独身、男。仕事について、人生について、考えたり、サボったりするリアルな様を、自伝エッセイ風小説にしています。最後、現状の自分に追いつけるような予定です。ぜひお付き合い頂ければ幸いです。
コンコン。
ドアがノックされる。
「今日在宅?」
いつもより寝坊している僕を不審に思った同居人が、親切にも起こしに来てくれた。
「んー? うーん。在宅」
寝ぼけ声で答えると、「わかった。行ってくるね」と聞こえた。
やがて「バタン」と金属製の玄関のドアが閉まる強い音がして、僕は一人になった。
僕はルームシェアをしている。仲良し5人組で。
ルームシェアを初めて3カ月が経っていた頃だった。
実はこの日、同居人には在宅勤務という嘘をついた。
僕はもう、仕事を辞めていたんだ。
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日系の大手企業を辞めて転職してきたベンチャーは、一カ月しか続かなかった。
理由は色々あるけど、今は「雰囲気に馴染めなかった」としておこう。
いや、「としておきたい」。
辞めた理由は今ひとつ、自分でも整理がついていなかった。
そんなことをぼんやり考えながらスマホを開いて時間を確認する。
9時。
「まあ、もう一度寝るか」
そうして、もう一度僕は眠りについた。
惰眠は無職者の特権だ。
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夢の中で僕は、なぜか吉祥寺の外れにある古い70年代頃に建てられたような建物を訪ねていた。
そこは何かの公益財団法人の建物のようだ。
外観も内装も、この頃の建築物にありがちな無駄に堅牢な感じで、「大理石」系の白いタイルに無機質な蛍光灯の光が反射していた。
受付の女性がこれまた「大理石」系の受付台越しにお辞儀をする。
おかっぱメガネに濃い紅色のスーツを身に着けた、オールドファッションなオフィスの妖精のようだ。
そんなものいるわけないんだけど。
とにかく何から何まで50年前だ。
「お待ちしておりました」
待たれる用などないのだが、僕は通されるまま部屋に通された。
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気づくと自分の部屋の天井だ。
夢は謎多きものだが、この夢は比較的謎が多い。
そして、今でもこうして記せるほど明晰だ。
スマホを確認すると11時。
長時間寝転んでいると腰が痛くなる体質なので、身体を起こす。
じんわりと汗ばんだ身体が不快にさせる。
10月。
部屋に差し込む光は夏の名残を残しながらも、ゆっくりと秋色に染まっていた。
朝日の赤い光線がまぶしい時間はとうに過ぎていて、昼間の黄色いだらりとした光線がカーテン越しに観察できる。
「さぁ、なにしようか」
奇妙な夢と手持無沙汰。
これが僕の無職記の始まりだった。
to be continued……