ミドル・マネジメント(2011)
ミドル・マネジメント
Saven Satow
Nov. 30, 2011
「組織とは管理職の持っているスキルの価値だと言えるのではなかろうか」。
レナード・R・セイルズ
2011年11月28日、東京電力は福島第一原発の吉田昌郎所長が入院治療のため12月1日付で所長職を退き、本店内の原子力・立地本部に異動すると発表する。東電によると、吉田所長は。検診の結果、11月中旬に病気が見つかり、24日ぁら入院している。後任には、原子力運営管理部の高橋毅部長が就く。
吉田所長は発生直後から、現場と本社の間に立ち、原発事故対応の陣頭指揮を執っている。加えて、首相を始めとする政府要人やIAEAの専門家、記者などが訪れた際に、経過と現状を説明している。所長交代が事故収束作業に与える影響について、11月29日付『朝日新聞』によると、東電の広報部は「問題ない。後任の高橋は福島第一原発での勤務経験があり、今回の事故も熟知している」と答えている。
交代をめぐって収束に向けた作業への懸念が記者から東電に投げかけられたのは、吉田署長が本社、すなわちトップと現場、すなわちボトムを媒介していたからではないだろう。彼がこれまでの経過ならびに現状から推測される事故の「コンフィギュレーション(Configuration)」、すなわち輪郭を最も認識しているからである。
現代社会において、巨大な組織体はもはや珍しくない。東京電力もその例に漏れない。こうした組織体ではトップとボトムの距離が広がり、マネジメントが効果的に機能しないことも少なくない。そこで重要となるのがミドルである。この中間層は上下の階層を媒介し、両者から情報が入ってくるため、全体像を最も見通せる立場にある。上から怒鳴られ、下から嘲られる中間管理職の悲哀なるものは時代遅れのイメージである。真に優秀な中間管理職がその組織の将来さえ左右する。
もっとも、これはその昔から言われていることでもある。「カタカナのトの字に一の引きようで、上になったり、下になったり」。カタカナの「ト」の字の上に一を引くと「下」、下にそうすると「上」となる。「一」が邪魔をしていずれも上下どちらかが見えない。この「ト」は殿様の揶揄である。それに対して、「中」は「口」の真ん中に一が通っている。だから、中間管理職は上下いずれにも口が通じる。組織において上や下ではなく、中が最も情報を得ているというわけだ。
カナダの経営学者ヘンリー・ミンツバーグ(Henry Mintzberg)は、こうした現代のマネジメントの変容について、『マネジャーの仕事(The Nature of Managerial Work)』(1973)において非常に示唆的な考察を提示している。彼は、実証的研究を通じて、従来のマネジャーの職務に関する学説を覆す。それらは、古典学説に始まり、偉人学説や企業家精神学説、意思決定学説、リーダーシップ効果学説、リーダー・パワー学説、リーダー行動学説、職務活動分析学説などである。
マネジャーは長期的なヴィジョンに基づいてプランを立案し、部下を引っ張っていくわけではない。実際のマネジャーは各自の組織単位とその外部環境の間にいる。自分の職場を切り盛りしつつ、社内の他の部門のマネジャー・スタッフ、社外の取引業者や顧客などにも気を配って、山のような仕事を間断なくこなさなければならない。しかも、その活動は短時間で、変化に富み、断片的である。彼らはコミュニケーションを頻繁に行い、各種の調整に励み、トラブルを解決する。
それは接触の比率からも見てとれる。彼らのコミュニケーションの時間比は部下が48%、社外の人が44%を占めているが、上司はわずか7%である。現場に近い方が優先されている。こうした接触を通じてミドル・マネジャーは組織のコンフィギュレーションを獲得できる。
ミンツバーグは、マネジャーの仕事を「役割(Roles)」から次のように分類している。
役割
セット
対人関係の役割(Interpersonal Roles)
フィギュアヘッド(Fogurehead9
リーダー(Leader)
リエゾン(Liaison)
字情報関係の役割(Informational Roles)
モニター(Monitor)
周知伝達者(Disseminator)
スポークスマン(Spokesman)
意思決定の役割(Decisional Roles)
企業家(Entrepreneur)
障害処理者(Disturbance Handler)
資源配分者(Resource Allcator)
交渉者(Negotiator)
マネジャーはある組織単位をフォーマルにまかされている。その肩書や責務の対人関係的な象徴が「フィギュアヘッド」である。また、マネジャーには部下の配置や動機付けを行う役割もある。これが「リーダー」である。さらに、「リエゾン」の役割もある。これは連結を意味するが、ミンツバーグはカナダ人であるので、フランス語でよく見られる現象を指している。音声の上では、発音しない語尾の子音字または鼻母音が後続の母音、またはhで始まる単語の母音とつながって一つの音になることである。”les”のsはそのままだと発声されないが、 “les enfants”では後の単語の語頭の母音と連結して発音される。同僚や社外の人と交流することで、好意的な支援や情報を新たに入手できる。
リエゾンからも明らかなように、マネジャーは情報に関して得意な立場にいる。マネジャーは「モニター」として情報を受信・収集する。そのため、自分の組織に特別の情報を伝える「周知伝達者」である。しかも、内部情報を外部環境に広める「スポークスマン」である。
特別の地位と権限ならびに独自の情報アクセスを持っているため、マネジャーは重要な意思決定の役割を担っている。革新を促す「企業家」、組織がさらされる脅威への「障害処理者」、優先順位と努力の傾斜を決める「資源配分者」、集団利益のために要求と譲歩の場に臨む「交渉者」という四つの役割がある。
吉田所長への評価の高さは、これらの役割をよく心得て、「マネジャーの仕事」を実践していたからだろう。
マネジャーにはこうした10の役割があるが、管理職務によって重臣が異なっている。ミンツバーグは次の8類型をその中心的役割と共に分類している。
職務タイプ
中心的役割
コンタクト・マン(Contact Man)
リエゾン、フィギュアヘッド
政治的マネジャー(Political Manager)
スポークスマン、交渉者
企業家(Entrepreneur)
企業家、交渉者
インサイダー(Insider)
資源配分者
リアル・タイム・マネジャー(Real-time Manage)
障害処理者
チーム・マネジャー(Team Manager)
リーダー
エキスパート・マネジャー(Expert Manager)
モニター、スポークスマン
新任マネジャー(New Manager)
リエゾン、モニター
組織の外部との接触に時間を多く咲き、有益・友好な人と関係を深め、なおかつ自分の組織の評判を高める宣伝をするマネジャーがいる。これが「コンタクト・マン」である。次の「政治的マネジャー」も外向的ではあるけれども、組織に作用する多種多様な方向からの政治的な力への対処に時間を費やすという特徴がある。
「企業家」はチャンスを探求し、組織内のイノベーションに積極果敢に取り組むマネジャーである。ただ、大組織では、在任期間が短命に終わる傾向が見られる。また、「インサイダー」は組織内部の業務が円滑に運営し続けることに労力を投じる。破壊的な変革期の後に、組織を落ち着かせるために登場したり、トップがコンタクト・マンである場合にナンバー2として実務を担当したりする人がこれに含まれる。
「リアル・タイム・マネジャー」はインサイダーに似ているが、時間尺度と問題が異なる。日々の業務が滞りなく進むように努力を傾けるトラブル・シューターである。また、「チーム・マネジャー」も内向的であるけれども、関心は統一性が強く、一丸となって効果的に仕事をこなす機能集団を構築することにある。高度に熟練した専門家の間のややこしい調整が必要な場合に希求されるマネジャーである。指揮者や映画監督がこれに当たる。さらに、「エキスパート・マネジャー」は管理者役割だけでなく、自身にも専門職能が要求される。他のマネジャーから専門的な助言・意見を求められることもある。ただし、多様性は少なく、デスクワークが多い。
「新任マネジャー」は新しく職に就いたタイプである。創めはコンタクトも情報もない。意思決定するには準備が不足している。そこで人的ネットワークと情報のデータ・ベースの構築に躍起になる。それが出来上がってくると、改革熱にとらわれ、組織を自分の型にはめようとする。しばらくすると、落ち着いてきて、前述した他のタイプのマネジャーへと変わっていく。
高橋新所長はこの最後のタイプに属する。彼がミンツバーグの指摘した一般的な経過を辿るかどうかは定かではない。しかし、琴は重大であるため、変革熱は勘弁してもらいたいところだ。
福島第一原発事故を含めて3・11はトップとボトムを寸断する無数の事態を引き起こしている。復旧復興の仕事は依然として山積みである。明らかに「マネジャーの仕事」が求められていたのに、多くの言い訳が政治家や官僚から発せられ、その最大の解決策として首相の交代まで起きている。ところが、新政権の下でも、復旧復興が進まないどころか、新たな政治課題が次から次へと現われ、それらは二進も三進も行かない状態に陥っている。各課題には関連する組織の利害関係者は極めて多様で、その内外でさまざまな対立が渦巻いている。そんな中、田中聡沖縄防衛局長が11月28日に記者たちとの懇親会で「『これから犯す前に世犯しますよ』と言いますか」を含む暴言を吐く。この人物が公的な組織の管理職に昇進できたとは唖然とする。今、必要なのはコンフィギュレーションを持ったミドル・マネジメントだ。
〈了〉
参照文献
ヘンリー・ミンツバーグ、『マネジャーの仕事』、奥村哲史他訳、白桃書房、1993年
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