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陰謀論と手品(2024)
陰謀論と手品
Saven Satow
Dec. 10, 2024
「マジックはやってみれば意外にかんたん。タネを明かせば、“なあ~んだ”ですが、それでも、観る人の驚きの表情は、忘れがたい快感をマジシャンに味わわせてくれます」。
ナポレオンズ『ナポレオンズのマジック道場』
2024年12月3日夜、韓国の尹錫悦大統領が突然「非常戒厳」を宣言する。1987年の民主化以降初めての戒厳令を施行したが、その目的は依然としてはっきりしない。この間、戒厳軍の約300人が中央選挙管理委員会の庁舎などに展開していたことが明らかになっている。軍が夜間の当直などの5人から携帯電話を押収している。また、庁舎の出入りを制限し、3時間半近く庁舎を占拠している。クーデターの際に、軍がメディアや国会を抑えることはあるけれども、選管の建物に侵入するなどあまり聞いたことがない。
こうした軍の行動の理由について、韓国メディアは、「非常戒厳」の宣言を大統領に進言したとされる金龍顕前国防相が今年4月の総選挙をめぐって「不正選挙疑惑を捜査するかどうか判断するためだ」と述べたと伝えている。野党が大勝した選挙結果に対して保守系のユーチューバーなどが「不正選挙」だと主張している。
この総選挙に関して、調査機関が与党大敗の事前予測を公表している。泡沫候補が決選投票に残ったルーマニアの大統領選挙と違い、結果は決して意外なものではない。こうした状況で「不正選挙」と主張するとしたら、それは陰謀論である。民主化以来、平和裏に政権交代を続けてきた韓国の大統領や国防相が陰謀論に囚われて戒厳令の暴挙に出たというわけだ。
大統領等は陰謀論に溺れたけれども、与党の議員たちはこの行動を支持していない。陰謀論移管して誰もが信じる可能性があるとしばしば語られる。しかし、実際にはハマる人とそうでない人がいる。しかも、陰謀論を信じる人は、一つだけでなく、複数に及ぶことも少なくない。経験的に、ハマる人には特有の認知傾向があると思わずにいられない。
なぜ陰謀論を信じるのかについて多くの学者が研究を進めている。その中に「『頭が良すぎて陰謀論にハマる』のか、『社会に不満があるとハマる』のか」をテーマに検証した検証がある。行ったのは大薗博記鹿児島大学法文学部准教授と榊原良太昭和女子大学人間社会学部准教授である。
大園准教授がこの研究を始めた背景には、新型コロナウイルス感染症の流行期に「ワクチンにICチップが入っている」という荒唐無稽なデマがSNSで拡散する状況がある。こういった現象に対して心理学的アプローチから調べてみたいと思い立つ。
ただ、古和康行記者は、『読売新聞オンライン』2023年11月3日 10時00分更新「『頭の良い人』は陰謀論にハマるか、学術誌に論文が掲載…「面白くない」研究結果は心理学者を奮い立たせた」において、2人がこの研究に取り組んだ裏の動機について次のように伝えている。
それに加えて、2人が検証したかったのは、「頭が良いからこそ陰謀論にハマりやすい場合があるのかどうか」。大薗准教授は「オウム真理教の事件の時に高学歴の若者が集まっていたことが話題に上りました。そのときに語られていた『社会に不満を持ったインテリこそが陰謀論にハマりやすい』というイメージが科学的に証明できるか、ということも検証したかった」と明かす。その思いが「裏テーマ」となって、研究を進めたのだという。
「頭が良いからこそ陰謀論にハマりやすい場合がある」は巷に流布している俗説である。例えば、歴史学者の呉座勇一は『教養がある人ほど「陰謀論」に引っかかる』(2018)において、「高学歴で自分に教養があると思っている人ほどよく引っかかる。たとえば歴史学の専門家が陰謀論者になることも多い」と言っている。ただし、これは実験に基づく研究ではない。彼は『陰謀の日本中世史』を執筆する際に、多くの陰謀論の本を読んで、その類型的な「パターン」を見出し、導き出した見解である。テキスト読解の方法論であるため、それは実証性に乏しい。
しかし、大薗准教授たちによる心理学の研究はこの主張を支持しない。彼らの論文’The moderating role of reflective thinking on personal factors affecting belief in conspiracy theories’は、2023年、“Applied Cognitive Psychology”に掲載されている。学術誌に発表された信頼性が高いその研究は「頭の良さ」は陰謀論にハマりやすい要因ではないと明らかにしている。
調査方法は、先の『読売新聞』の記事によると、次の通りである。
調査はインターネットで参加を募った1400人を対象に2022年10月30日に行い、有効だった937人の回答を基に分析した。質問項目は100問あり、陰謀にまつわる質問のほか、「バットとボールは合わせて1100円。バットはボールより1000円高い。ではボールはいくらでしょう?」といった「熟慮(=よく考える)性」を試される質問、社会への不満を聞くものや収入や学歴まで多岐にわたる。
質問を作るに当たっては、二つの仮説を出発点にしたという。一つは「よく考えることができる人は陰謀論を信じづらい」ということ。もう一方は「社会的な不安・不満を抱えている人は陰謀論を信じやすい」ということだ。
調査に当たって、2人は陰謀論を「一般陰謀論」と「コロナ陰謀論」の二種類に大別している。前者は「秘密組織が地球外生命体とコンタクトをとっているが、その事実は大衆には伏せられている」や「政府は、市民やよく知られた有名人の殺害に関与し、そのことを秘密にしている」などである。後者は「ウイルスは科学者たちによって作り出された生物兵器だ」や「ウイルスは利権団体が金銭的利益のために考案したデマだ」などである。陰謀論一般とコロナ陰謀論の間で認知傾向に違いがあるかを調べれば、「社会的な不安・不満を抱えている人は陰謀論を信じやすい」ことが見えるからだ。
このバットとボールの問題は認知心理学でよく知られているものだ。問題を聞いてすぐに、ボールの値段を100円と答える人が少なくない。実際には、x+y=1100とx-v=1000の連立方式を解いてyの値を求めればよい。答えは50円である。「よく考える」なら、間違えない問題である。
注目の結果は、先の記事によると、次の通りだ。
「陰謀論を信じやすい」人たちの傾向として強く出たのは、「熟慮性が低い人」ということだ。直感的に物事を判断する人ほど、特にコロナに関する陰謀を信じやすい傾向にあることが分かった。これは「科学的推論」を問う質問や「合理性」を問う質問についても同様の傾向が見られている。逆を返せば「物事を論理的に考えられる人ほど、陰謀論にハマりにくい」(大薗准教授)ことが証明されたというわけだ。
また、社会不安や不満が高い人ほど陰謀論にハマりやすいという結果も出た。顕著に出たのは「アノミー(=世界は悪くなっているという信念)」が強い人ほど、陰謀論に傾倒しやすい傾向にあった。
だが、この二つの傾向の組み合わせによる増幅効果は見いだすことができなかった。そのため、裏テーマだった、「社会不満を持ったインテリこそが陰謀論にハマりやすい」ことは表れなかったという。
「陰謀論を信じやすい」人たちは「熟慮性が低い人」という傾向がある。「物事を論理的に考えられる人ほど、陰謀論にハマりにくい」。言い換えると、科学的推論や合理的思考をする「頭の良い人」は陰謀論に囚われ難い。よく考えない人が陰謀論を信じやすいというわけだ。
「社会不安や不満が高い人ほど陰謀論にハマりやすい」ことは確かだが、彼らは「熟慮性」も高くない。たとえ社会に不安や不満を抱いていたとしても、「熟慮性」が高ければ、陰謀論を信じにくい。つまり、陰謀論にハマりやすい要因は「熟慮性」だということになる。「陰謀論にハマりやすい人を語る時に、イメージで語られることが多かった。社会に不満を持っている人とか、生活が苦しい人とか……。ですが、今回の調査で顕著に示されたのは熟慮性の低い人は陰謀論にハマりやすいという結果でした」(大園准教授)。
この結果ㇻ「熟慮性」を高めることによって陰謀論にハマりにくくなると考えられる。しかし、そうだとしても、物事をよく考えることがどのようなことなのか具体例が必要だろう。そこで、一つの方法として大園准教授は手品を挙げる。
彼は、先の記事によると、新入生に対してマジックを披露している。
手品が趣味という大薗准教授は、鹿児島大の新入生を相手に行う初めての「心理学概論」の授業で、あるマジックを披露した。相手の心を読んでいるように見せるマジックで「メンタリズム」「メンタルマジック」と呼ばれるものだ。
披露したマジックは、自分からは見えないように、ランダムに選んだ受講生に四つの積み木から一つ選んでもらう。自分は悩んでいるふりをして、選んだものを当てる――という簡単なもの。“タネ”は簡単で、教室には協力者がいて、選んだものをサインで大薗准教授に教えるのだ。しかし、「95%以上の受講生が『目線や表情から心を読んだ』とタネを予想しました」。
協力者がいると明かした後の調査では、「心理学=心が読める」という信念は大幅に減少し、さらに超常現象や陰謀論についての信念も低下したという。一方で、マジックを楽しませてもらったという気持ちからか、マジシャンへの信頼は下がらなかった。
「リテラシーを磨くというと、当たり前の話に聞こえるかもしれませんが、ある出来事について批判的・懐疑的に触れて考えることは重要です。教育者として、自分が若い世代に情報のとらえ方をきちんと伝えなければと考えています」
手品にもいろいろな種類があるが、認知における錯覚やバイアスを利用しているものも少なくない。ボクサーのモハメド・アリはこのタイプのマジックを得意としていたことで知られる。彼の師匠テリー・ラソーダ(Terry La Sorda)は「マジシャンになるには、手先の速さ、手と目の協調性、言葉遣いの巧みさという 3つの能力が必要です。最後のスキルは見過ごされがちですが、トリックの基本であり、気を散らすものそのものの本質です。そして、気を散らすことによって作り出される空間に魔法が宿るのです」と言う。アリは手と目の部分を完璧にマスターしたが、手先の器用さに欠ける。しかし、彼は口の速さで、それを補っている。ラソーダはアリに30以上のマジックを教えたが、そのほとんどは心理的なゲームを使ったものである。
なお、テリーはロサンゼルス・ドジャースの名将だったトミー・ラソーダの従兄弟である。
手品には必ずタネがあるそれは人間の錯覚や二日バイアスを利用していることが少なくない。マジックのトリックを考えることは意識していない自身の思いこみを検討することが不可欠だ。こうした自分を相対化するメタ認知が批判的思考である。リテラシーは暗黙知を明示化した知識であり、その学習はそれと共通している。
批判的思考の育成のために、ミステリーを教育に取り入れることが提案されることがある。しかし、教育学の専門家はそれを斥ける。ミステリーは読み進める際に、真相を解き明かす要素が提示される。作者が用意する過程に沿って犯罪のトリックや真犯人を明らかにする。ミステリーはパズルを解くようなもので、必ずしも批判的思考の育成に有効ではない。
そもそも現実社会では既存の問題を解くことだけでなく、新たな問題を発見することが求められる。また、ミステリーでは、往々にして、一つの違和感から全体の犯罪ストーリーをひっくり返す。これは陰謀論を信じる人が陥る認知のパターンでもある。
手品のトリック解明は自身が囚われている錯覚やバイアスを自覚することから始まる。ミステリーもそれを引用していることが少なくない。『刑事コロンボ』シリーズにはそれがおおい。「魔術師の幻想」などマジシャンが登場するエピソードも複数回ある。また、「溶ける糸」の容疑者が証拠の糸を隠す場面のように、手品を利用したトリックも見出せる。いずれも認知心理学者が喜んで解説したくなるものだ。
陰謀論にハマりやすい人には熟慮性が低い傾向がある。逆に、物事をよく考える人、すなわち科学的推論や合理的思考をする人はハマりにくい。その熟慮性を高めるには批判的思考の育成が必要である。それは錯覚や認知バイアスを利用する手品のトリックについて吟味することを通じても自覚することができる。
もっとも、陰謀論にハマる人は熟慮性の低さを必ずしも自覚していない。むしろ、ミステリーの主人公のように自分を見立てて、批判的思考ができていると思いこんでいる場合も少なくない。しかし、それは手品を超能力と信じるようなものだ。批判的思考は自身の認知に対してもむけられるメタ認知である。「オールドメディアはウソばかり。ネットにこそ真実がある」と言っている人は陰謀論にハマりやすいと思って間違いない。熟慮性の高い人はそんな恥ずかしいことを口にしないものだ。
〈了〉
参照文献
ナポレオンズ、『ナポレオンズのマジック道場』、日本放送出版協会、1994年
呉座勇一、「教養がある人ほど『陰謀論』に引っかかる」、『プレジデント Online』、2018年6月2日11時00分更新
https://president.jp/articles/-/25272?page=1
古和康行、「『頭の良い人』は陰謀論にハマるか、学術誌に論文が掲載…「面白くない」研究結果は心理学者を奮い立たせた」、『読売新聞オンライン』、2023年11月3日10時00分更新
https://www.yomiuri.co.jp/national/20231101-OYT1T50199/
「『非常戒厳』軍が選管庁舎に “不正選挙疑惑”で 韓国メディア」、『NHK』、2024年12月6日15時37分 更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241206/k10014660471000.html
Melissa Bell, ‘Muhammad Ali had a personal magician. This is his tale’, “VOX”, 6 Jun 2016, 7:00 AM GMT+9
https://www.vox.com/2016/6/5/11862374/muhammad-ali-personal-magician-lasorda-magic-trick
Hiroki Ozono & Ryota Sakakibara, ‘The moderating role of reflective thinking on personal factors affecting belief in conspiracy theories’, “Applied Cognitive Psychology”, 19 October 2023
https://doi.org/10.1002/acp.4142