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海外人事実務のポイント②「駐在員給与」【明日から役に立つ!海外人事のヒント#6】

みなさんこんにちは。SaveExpats広報です。

SaveExpatsは、海外駐在員が健康で活き活きと働く社会を目指して活動していますが、駐在員だけでなく、それを支える海外人事の方々にもお役に立てればと思い、海外人事の皆様に向けたコラムをスタートしています!

これまでのコラムでは海外人事の仕事の意味や役割、特殊性について、考えてきました。さて今月からはいよいよ実務におけるポイントを7回に分けて一緒に考えていきたいと思います。実務ポイントの2回目は「駐在員給与」です。

海外に社員を駐在させ、現地でビジネスを行うためにはさまざまな課題をクリアしなければなりませんが、その中でも正解が見いだせないもののひとつが、給与をどのように決めて支払うか、です。

日本で支払っている給与に単純に為替レートを掛けて、現地通貨に置き換えればいいではないか?と思われる方も多いと思いますが、ことはそれほど単純ではありません。


購買力平価とは

購買力平価とは、異なる通貨間で商品やサービスを購入できる金額が等しい価値である、とする交換比率です。これにより各国間の物価水準の違いを取り除き、異なる通貨間の購買力比較が可能となります。

「ビックマック指数」は読者のみなさんも聞いたことがあると思います。これも購買力平価のひとつです。イギリスのエコノミスト誌が毎年調査発表しています。

これはビックマックが全世界でおおむね同一品質のものが販売されていて、原材料費や店舗の光熱費、人件費などさまざまな要因を元に単価が決定されることに着目し、基準にしたものです。厳密にはこんなに単純なものではありませんが、購買力平価という概念を理解するにはわかりやすいと思います。

直近2024年7月の調査では、米国が$5.69(856円)日本は$3.19(480円)で、米国を100とした場合56.1と円の購買力は約半分ということになります。($1=150.46円で計算)
出典:https://www.economist.com/big-mac-index

ですので、日本でもらっている給与にそのまま為替レートを掛けて現地で支給しても、生活が成り立たない国が多くなっています。ちなみに今回の調査では日本は55か国中44位という結果でした。

駐在員給与決定の基本的考え方

駐在員給与決定の基本的考え方で主流なのは、「手取り保障」です。
日本人が海外に赴き生活をしながら仕事をする場合、当然ながら日本で生活するよりコストがかかることが多くなります。

たとえば社会保険制度。一般的に駐在の場合には日本の社会保険制度に加入したまま、赴任国の法律に従うことになります。二重に加入させられる国もあれば、社会保障協定を結んでいて、赴任国での加入が免除されるケースもあります。

現地で加入となった場合、それだけで日本にいるときよりコスト増となります。また現地で仕事をして所得を得れば、当然現地でも所得税を課税されます。それも駐在中に日本で払われる給与にも課税されるケースも多く、さらに累進税率が高く、お金持ちとして高額な税金を課せられる場合も多くあります。

それらのコストを駐在員本人に負担させることはできないため、税や社会保険料などの差額は会社負担となるよう、日本における理論上の手取り給をベースに駐在中の給与を決定するという考え方を採用する企業が多くなっています。

具体的な決定方法はおもに次の3つとされます。
・購買⼒補償⽅式
・別建て⽅式
・併⽤⽅式

それぞれのメリット・デメリットを見ていくことにしましょう。

1.購買⼒補償⽅式

前述の購買力平価の考え方を用いて、国内勤務時の給与から税金や社会保険料などを差し引いた手取り金額をベースに、日本国内と同等の購買力を補償するように、物価や為替を反映した係数を乗じて現地通貨に置き換える方式です。

係数データはコンサルティング会社から定期的に購入する必要があり、コストがかかります。
また内外の物価変動が係数に反映されるので、日本国内の物価が安定しているときはいいのですが、昨今のように物価が急激に上昇する局面では、相対的に日本国内での購買力が減少するので、現地通貨建ての給与が下がる現象が起きます。
理論上は正しい変化ではあるものの、駐在員の納得は得られにくくなります。

一方で国内での処遇をベースにするので、日本と駐在先国間だけでなく、異なる駐在先国間同士の公平性も確保されます。
また、外部の客観的データを用いるため、金額設定の根拠が明確となり、説明がしやすい点もあげられます。

2.別建て方式

国内勤務時の給与、処遇とはまったく切り離し、現地勤務先の役割やポストに応じて決定する方式です。
駐在先会社における内部公平性が確保され、適切な基準や根拠が設定できれば制度の設計や管理はシンプルでやりやすくなります。
為替変動の影響も受けません。

一方で、日本国内の派遣元企業内における内部公平性や各駐在先間の公平性という観点では合理的な説明が難しくなります。またそれまで積み上げてきた等級や処遇、評価歴や昇進昇格基準などに空白期間が生じるため、これら制度をシステマチックに設計、運用する場合にはこの方式の採用は慎重にならざるを得ません。

駐在期間中は現地通貨で受け取る給与のほかに、日本国内で受け取る給与を設定する場合も多くあります。海外駐在は期間限定の一時的なものと位置づけ、帰国後に日本で生活を継続するための基盤の維持(住宅ローンや生命保険、預貯金など)への支出に充てるためです。従って、円支出における為替リスクは社員が負うことになってしまいます。

3.併用方式

日本国内勤務時の給与をそのまま現地通貨に換算し支給する給与に加え、駐在先国別に設定した給与を合算して支給する方式です。日本国内勤務時の手取り額をそのまま駐在先勤務時の基本給とし、追加コストを上乗せして支給するので、シンプルでわかりやすいのが特徴です。

デメリットとしては、駐在先勤務時の基本給が日本国内勤務時の給与をベースにするため、為替変動の影響をダイレクトに受けてしまいます。また追加コストの設定基準、根拠について自社での情報収集が難しく、納得を得られる説明がしにくい点があげられます。

これら3つの代表的な決定方式の採用割合ですが、直近の労政時報の調査によると、購買力補償方式が70.8%、別建て方式が12.3%そして併用方式は11.3%となっています。
大企業を中心に購買力補償方式を採用している企業が多数派であり、わが国の企業が日本から駐在員を派遣する場合には一般的な方式と言えます。
出典:労政時報第4068号「2023年海外赴任者の処遇」

しかし購買力補償方式が万能なわけではありません。

業種や職種によっては、駐在先が僻地になるケースもあり、そもそも駐在員が自ら生活に必要なモノやサービスを「購買」するという概念自体が成立せず、住宅や食事など日常生活全般を会社が準備しなければならないケースなども考えられます。

駐在先の生活実態に合わせた制度設計が必要になってきます。

まずは、自社の人事ポリシーにおける海外駐在員の位置づけどこの部分の公平性を重視するのか、そして駐在員の赴任形態や現地の生活実態などを総合的に勘案して決定方式を採用していくことが重要といえるでしょう。

次回は、社会保険や税金について、お話ししたいと思います。


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