阻喪
無職の私は毎日1時間くらい散歩をして、途中の公園でブランコを思い切り漕いでいる。
歩きながら、ブランコを漕ぎながら、様々なことを感じたり考えたりする。
もう戻ってこない親愛なる人のことを想う。
壊れてしまって治らないものを想う。
明日届くワンピースのことを思う。
ふわりとした多幸感に包まれる。
行き場のない寂しさに襲われる。
ブランコで空に向かって足を蹴りあげて、そのあとゆったり漕いで、祈る。
そしたらなにか変わるんじゃないかと願う。
散歩が私にもたらすものはなんだろう。
寂しさや幸福の実感。
それらについて考えることはなぜだか重要な気がする。
明日もわたしは散歩をする。