ハシドイの季節
元気でと
笑った顔で うつむいた
君越しに咲く
ハシドイの花
Episode.0
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無人の改札口
そこら中に響く蝉の声
燃えるようなオレンジの空に
ゆったり流れる雲
傾いた電柱
遠くに聞こえる5時の鐘
この街には、何もない
僕がいた証はどこにも
最後に彼女を見たのは
この駅のホームで
君は、「元気で」と
笑った顔でうつむいたまま
僕は君の
姿が見えなくなるまで
電車の窓に張り付いてた
忘れたと思っていた
だけど今
身体が空っぽみたいになって
ここから少しも動けなくて
何もかも忘れてなんかなかった
君はここで、うつむいたままで
1度も顔を上げなかったね
あの頃は考えもしなかった
君があのとき
顔を上げられなかった訳とか
君がどんな気持ちで
僕を見送ったのかとか
僕は全然、なんにも考えてなくて
ただ遠く、離れてしまう前に
もっと君の、笑った顔が見たいとか
呑気に、そんなことを考えてた
僕がここに
この街に戻ってきたのは
木の枝が
風に揺れる
静まり返った街の外れ
人だけじゃなくて
生きてるものが僕だけみたいな
そんな場所でたったひとり
さっき僕がホームで
暫く動けなかったのは
あの日、うつむいたままの君の
後ろ一面に咲いてた、紫の花のせい
あの日と同じ色で
おんなじ場所に
少しも変わらず咲いていたから
窓の外に見える君が、どんどん小さくなってった
紫と白の花が、君と混ざってった
あの日から、似た色を見る度に
君を思い出してたよ
僕がここに
この街に戻ってきたのは
君に会うためなんだ。
人だけじゃなくて、生きてるものが僕だけみたいな
そんな場所で、たったひとり
君に会うためなんだ。
さっき僕がホームで
暫く動けなかったのは
やっとわかったからなんだ。
そりゃ顔なんて、あげられなかったよね。
もう2度と、会えないなんて知っていたら
身体が冷たくなって
胸が苦しくって
息なんて出来なくって
次の電車が来るまで
月が空に昇るまで
僕の雨が止むまで
まっすぐ立つことも出来なかった
君はあそこで、うつむいたままで
1度も顔を上げなかった
あの頃は考えもしなかった
僕は子供すぎて
君があのとき、顔を上げられなかった訳とか
君がどんな気持ちで、僕を見送ったのかとか全部
ほんと、バカだね
君はきっと
僕よりずっと
色んなことを考えてた
きっとこの先
2度と会えなくなるならって
笑った顔だけ見せてくれた
今ごろになって
紫と白の、君と混ざってった
あの花を見てやっと、君への想いを知った
ここに置いていくから
君も香りを確かめてほしい
それからよく見てほしい
この花びらのカタチを
あのころ僕らは、きっと。
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