2-5. サウジの王族がリッツ・カールトンに拘束された本当の理由
【3行まとめ】
シェール革命によって石油価格が下落し、サウジの経済が悪化。政府のバラマキの額が減り、庶民の不満が高まっている。庶民の不満を解消するため、政府は王族を拘束。さらに、政府は王族の保釈金で財政赤字を補う。
・米国シェール革命による原油価格低迷の衝撃
日用品から軍事まで、何でも海外に依存するサウジ経済は、石油資源による安定した収入があって初めて成り立っています。
石油資源による安定収入が続く限り、サウジ国民は、資源を売却して資産を取り崩しながら、特に働かなくても生きながらえることができます。
このようなサウジの状況を近年一変させたのが、米国によるシェールオイル革命です。
2014年初頭には1バレル100ドル以上あった原油価格が、米国シェールオイルの増産によって、2014年末には60ドルまで大幅に下落をしました。
さらにその後、2014年から2016年にかけて、OPEC(サウジを筆頭とした産油国諸国の連合)は、原油価格の引下げに走り、2016年には26ドルまで下落しました。
<原油価格(WTI)のグラフ(出典:investing.com)>
<シェールオイルとは>
地中の頁岩(シェール)に含まれる石油。頁岩(シェール)は、習字のすずりに使われるような非常に硬い岩であり、従来は採掘が困難でした。近年、採掘技術の進展により、商業採掘が可能になりました。石油の品質は基本的に同等であり、特に差はありません。
・産油国連合とシェールオイル業界の戦い
産油国からすれば、「石油は常に高く売れる方が良い」ようにも思えますが、アメリカの新規参入を阻止するために、石油の大安売りをして、力技でねじ伏せようとしたのです。
シェールオイルの採掘場の整備には、多大な初期投資がかかるため、特に初期のコストは割高となります。産油国連合は、そこを狙ってアメリカに攻撃を仕掛けました。
実際に、2015年から2016年にかけて、いくつかのアメリカの採掘場は操業停止に追い込まれました。
様々な分析がありますが、シェールオイルの損益分岐点は、1バレル50ドル程度とされており、30ドルではとても見合なかったようです。
この時期、日本の商社もシェールオイルに投資をしていたのですが、この原油価格の下落により、大きな損失を被りました。
しかし、長期的な原油価格の低迷は、サウジを始めとした産油国諸国の経済にも、大きなダメージを与えることになりました。
2016年11月に、OPECは方針を転換し、8年ぶりに減産に合意することになりました。
さらに、同年12月には、15年ぶりにロシアなどOPEC非加盟国も含めた協調減産の合意が実現しました。シェールオイル業界の粘り勝ちと言えるでしょう。
こうした協調減産により、2017年現在、石油価格は50ドル前後の水準で推移しております。
しかし、サウジアラビアの財政がバランスするために必要な原油価格は、1バレル80ドル前後とされており、まだまだ苦しい状況が続いています。
・サウジ国民の生活へ影響
石油価格の下落により、街中には、政府や親族のセーフティーネットからあぶれた人が、目につくようになってきました。
中でも生活が苦しいのは身寄りのない女性です。西側の港町ジェッダでは、アバヤ姿の女性の乞食を多く目にします。
民衆にも政府への不満がたまりつつあります。公に政府への不満を口にしていませんが、タクシードライバーや、カフェの若者に話を聞くと、政府の無策を批判する者がたくさんいます。
写真:サウジ人のタクシードライバー(首都リヤドにて)
「政府は、失業対策と言って金をばらまいているが、一部の大企業がそのお金を取り合っているだけで、庶民の懐に入ることはない」と嘆いていました。愚痴をこぼしてすっきりしたのか、香木をおみやげにくれました。火をつけるといい匂いがするんだと話してくれましたが、運転中だったので、事故を起こさないかひやひやしました。
サウジ東部の街、ダンマーンのカフェで出会ったサウジ人男性のエピソードを紹介しましょう。彼は、海外に旅行した時に、コインランドリーの便利さを知り、サウジにも導入すべく店舗を開こうとしたそうです。
その際、役所に営業許可の申請に行くと、役人から、「コインランドリーなんか誰も使わないからやめろ」と門前払いをされたとのことでした。
サウジ人の若者は、「政府は助けてくれないどころか、新しいことを始めようとすると頭ごなしに否定する。こんなこと大声では言えないけどな。」と力なく笑いながら語っていました。
・高まる政府の危機感
これまでは、政府のバラマキが続いていたため、若年層や女性の失業問題は、表面化していませんでした。
しかし、原油価格が下落し、政府が財政赤字に陥るいま、問題が顕在化しつつあり、政府も危機感を抱いています。
2017年11月、次期国王と目されるムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、汚職などの容疑で、王族や政府高官など200人を拘束しました。
拘束された王族たちは、首都リヤドのリッツ・カールトンに収容され、世界一豪華な留置所だとニュースになりました。
この拘束には、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子が、国家警備隊(メッカや国境の警備を担当する軍隊)を掌握するという政治的な意味合いがあるのですが、さらに国民の不満をガス抜きする目的がありました。
さらに、拘束した王族からは、500億ドルから1000億ドルの保釈金を召しあげる予定とされています。これはサウジの年間の財政赤字額をまかなえる数字です。
政府からすれば、政府高官に対する国民の不満をガス抜きできて、さらに財政赤字もまかなえて一石二鳥ということでしょう。
歴史に「たられば」はありませんが、アメリカがシェールオイルを開発していなければ、こうした前代未聞の拘束劇も起こっていなかったかもしれません。
編集後記
noteをはじめて約1週間が経ちました。いつも、「スキ!」やコメントをしてくださっている皆さま、どうもありがとうございます。とても励みになっています。書いたものが読まれているというのは、とても嬉しく、おかげさまで三日坊主にならずに続けられています。
また、ご寄付をしていただいた皆さま、本当にありがとうございます。自分の書いたものでお金を頂けるとは感無量です。記事を1本書くのに、下書きと調査で5時間、校正と見直しでさらに3時間くらいかかるので、苦労がとても報われます。引き続き、寄付を頂けるだけの価値がある記事を提供していきたいと思います。
最後に、ツイッターやブログなどで、本連載を紹介していただいた方々の、おすすめnoteを勝手ながらこちらに掲載したいと思います。
・深津 貴之 (fladdict)さまの「noteで売り上げをアップするポイント」
タイトルをわかりやすくしたり、視認性を高めることの重要性を再認識しました。さすがnoteのユーザーエクスペリエンスに携わられている方です。この記事を読んで、過去のタイトルをかえてみたり、冒頭に3行まとめをいれたりしてみました。私は、まだ有料記事は書いていないのですが、追々チャレンジしてみたいと思います。
https://note.mu/fladdict/n/n283469980e5f
・TK工房さまの「シリアに行きたい君へ」
自分を探しにシリアに行くことを思い立つ若者に対し、シリアよりも身近にもっと大切なことはあると諭すnoteです。中東滞在経験に裏付けられた「中東・イスラム」マガジンもわかりやすくおすすめです。また、福沢諭吉の学問のすすめを関西弁に翻訳したkindle本も出版されており、こちらも読みやすくとてもおすすめです。
https://note.mu/168526/n/n1f4d1381a967
・takahashi126さまの「対岸の火事かもしれないけど、ちょっと知りたいイエメンの今」
中東というとシリアの危機的状況が注目されていますが、実はイエメンも深刻な状況に陥っています。動画などを交えて、わかりやすく現状をまとめられています。また、ヨルダン在住であり、現地の様子などがわかるのもとても勉強になります。
https://note.mu/takahashi126/n/n5858e97cd10d
他にもいろいろな方をご紹介したいのですが、今回は紙面の都合上ここまでとさせていただきます。
ご寄付をいただいた方、TwitterやFacebookでシェアしていただいた方、「スキ!」をしていただいた方の投稿には、目を通すようにしております。今後ともご支援のほど、どうぞよろしくお願いします。
↓次はこちら
これまでの連載の目次 → https://goo.gl/pBiqQw
ツイッターはこちら → https://goo.gl/3tGJox
その他のお問合せ先 → https://goo.gl/Ei4UKQ
(表紙写真は、王族が拘束されたリヤドのリッツカールトン。公式ホームページより。)