タヒチまで
今日は母の命日です。私を虐待した母の。
母にされた数々のことよりも、母の死の前後の出来事を思い出すと何とも言えない複雑な気持ちになります。
母のようにはなりたくない、けれどわたくしはある意味で母が羨ましいのです。
母はどんなひどいことを家族にしようとも生活の面倒を見てもらえて、いわば「ただ生きているだけでいいから」ということを家族に(強引にですが)認めさせた人でした。
母よ、あなたにはこの世は生きる価値のあるところでしたか?
生まれ変わりなんて信じちゃいないけど、万が一あったとしたら今度はまともな親から生まれ、所帯を持つならまともな人と......と母に対して祈らずにいられません。でなければまた私のような不幸な存在を生み出してしまいますから。不幸な女がいなければ不幸な子供も存在するわけがない。
タヒチまであと何マイル?