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タヒチの女 ー母の死についての覚書 あとがき


この作品(本編)はタイトル通り、私の母の死について書いたものです。今年でもう七回忌となるのですが、そのような節目だから母の死についての話を書いたわけではありませんでした。

私は機能不全の家で育ち、子供の頃母にはひどい虐待(主に精神的、経済的)を受けていましたし、大人になってからも迷惑を掛けられっぱなしでしたが、母が死んだとき「やった~!やっと死んでくれた!」とは思いませんでした。虐待されていた当時も、母に死んでくれと思ったことは多分一度もないと思います。その辺の複雑な思いは本編にこれでもかというくらい綴りましたのでここでは改めて書くことはいたしません。

私を虐待していた母がすでに故人であることを知った、複数の機能不全家族育ちの方から「お母様が亡くなったとき、どう思いましたか?」「老いた親とどう向き合っていいか分かりません」と訊かれたのが母の死について書こうと思った大きなきっかけです。それ以前からいずれ文章にまとめたいなと思っていたのですが、こりゃ今、勢いで書くしかないだろうと思い、出来上がったのが本作です。取り掛かってから一気に2週間でプロローグと24章を書き終えましたが、ちょうど母が亡くなった時季で、全くの偶然ですが書き終えたのは母の命日でした。

少し前に『毒親介護』という書籍と言葉がある界隈で話題になったようで、
「毒親の介護なんてしたくない」という声が多くありました。当然だと思います。子供を虐待しておきながら子供に介護されたい、最期まで寄り添ってほしい、ちゃんと葬式もあげてほしい、お墓も......子供なんだから当然でしょ?だなんて虫がよすぎますし、どういう神経でそんな思いになれるのか理解が出来ません。ですが、私が本作で描きたかったのはむしろ「毒親/毒家族/毒配偶者等に介護されるのはそれ以上に恐ろしい」ということでした。本作をお読みになった方からは父の言動に関して「御父上の描写、すさまじい迫力」「まるでうちの毒親父みたいな口調」「DV加害者の元配偶者かと思った」というような感想が多く寄せられました。それほど主役は父?というくらい本作ではインパクトのある存在ですが、あれは誇張ではなく本当に父はあのような話し方、考え方をするのです。本作は私小説という形をとっていて、被虐待児だった「私」から見た、虐待の加害者である「親」のことを書いた作品ですが、見方というか視点によっては「無知で無神経なモラハラDV加害者である夫に介護され、看取られる妻」という風にもなるわけです。本編を最初から最後まで読んで下さった方、もしあなたが死病やそれに準ずる病気になった場合、うちの父みたいな親や配偶者に介護されたいと思いますか?ほとんどの方がNoと答えるかと思います。でも、DV、モラハラをする人間、それもとりわけ父の様に無知な人と最期まで一緒にいるということはそういうことになりかねないということです。自分の生死について、自分では決められないなんて恐ろしくないでしょうか?ましてや自分を加害した人間、自分が嫌いな人間に自分の生死の問題をどうこうされたいでしょうか?私は考えただけで恐ろしくなります。自分が嫌いな人間を介護するのも冗談じゃないですが、自分の生死をそういう人間に握られているのはもっと怖いことだと私は思います。母は余命宣告を受けてすぐに亡くなりましたし、同居していませんでしたので介護というほどのことは私はしていないのですが、もし母と同居していて、しかも介護が長期にわたっていたらまた違った考えを持ったかもしれませんが、私が嫌いな人に自分が介護される方がずっと嫌だという思いはきっと変わらないと思います。

唐突ですが、私はガン患者です。2度の外科的手術を受け、今のところ再発や転移は見られませんが、この先どうなるかは当然分かりません。ガンが発覚してから手術を受ける前後、同じ部位のガン患者さんの闘病ブログを読み漁りました。その多くにはすでに亡くなられた方もいて、読んでいて大変悲しくつらかったですが、何より怒りを感じたのはステージが進んでいたり、辛い治療を受けていたり、余命を宣告されている方が配偶者や家族からのハラスメントに遭っているという内容の投稿でした。お子さんの入学式まで生きられたらいいな......とおっしゃっている方の配偶者や実の親が家事や育児に普段から非協力的だったり、ステージ4なのに元配偶者から「病気を盾にするな」と言われた方......。「もし自分が大きな病気に罹ったら、さすがに毒親やモラハラ配偶者も変わるだろう」って思ってる方、結構いらっしゃるような気がするのですが、家族や身近な人にハラスメントを日常的にしている人間が、相手が病気になったからってハラスメントをしなくなるとは私は思えません。毒親育ちの方で、子供の頃病気やけがをしたとき、看病してもらえるどころか怒られたという方は多いと思います。本当に毒親やモラハラ、DV加害者にはいかなる時でも期待などできませんし、してはいけません。死につながる病を告知されたり、辛い苦しい治療を受けたり、死期が迫っているのにも関わらずモラハラをしてくる人というのは本当にいるのです。

母は、多分母の望むような形で亡くなったのではないかと思います。本編にそのことは書きましたのでここで改めて書くことは致しませんが、それは正直、私が陰で、母のあずかり知らぬところで動いたからというのもあると思います。「あの」父にすべてを任せておいたらそうはいかなかったのではと思います。夫(妻)のこともちゃんと看取れないような妻(夫)がいる場合、子供がいれば私のように子供が要らぬ苦労をする羽目になるかと思います。無論、親の面倒や後始末は一切しない、見舞いなんて行かない、葬儀なんて出ない、骨なんて行政に処分してもらいたいという考えの方もいるでしょう。それもまた、私は全然かまわないと思います。自分がそれでよいって納得できて、その後遺恨が出来るだけ残らなければそれが一番だと思います。私は「まぁ納得」って感じですかね。納得いかない点は本当は山ほどあるけども、あれが一番「マシ」な選択だったと思ってます。母の死に関するあの時、そして今も続く私の複雑な思いは本編に綴った通りです。

長々と書いてしまいましたが、私は母の様にはならない、つまり自分の生死のことは自分で決めたいということが言いたかったのです。ましてや自分が嫌っている人間に介護されるなんてまっぴらです。ですがそれが叶うのって、安楽死しかないのでは?と思っています(理想の死に方は、好きな国で好きなオペラでも観ながらの自然死ですが、それは狙って出来ることではないですよね)。