The Lost Universe 古代の巨大昆虫⑤古代vs現代 巨大昆虫対決
これまで記事では様々な種類の古代昆虫たちを紹介してきました。大半の古代種たちは、現代の尺度では考えられないほど巨大です。しかし、現代にも大昔の巨虫に迫る大きさの猛者たちがいます。
今回は現生種の大型昆虫と古代の巨大昆虫を比較し、競合したときどのような結果になるのかを見ていきます。何万年・何億年という時間を越えて、巨大昆虫たちが競演します。
進化の最先端を往く現生昆虫たち
小さくなることで昆虫たちは繁栄した!
古代の巨大昆虫を見ていると、「大昔の生き物はすごい。新しい者が強い者とは限らない」と思うかもしれません。しかし、現代に生きる昆虫たちは、幾多の進化を重ね、戦いの度に強さを身につけてきた(現時点における)最高段階の種族です。そんな彼らは決して古代種に劣ってはいないのです。
生物の進化史とは、戦いの歴史です!
単純な戦闘能力なら体の大きな古代昆虫が有利かもしれませんが、現代の昆虫たちはしたたかな生存戦略を身につけ、永きに及ぶ戦いを生き抜いてきました。その勝因の一つは、おそらく彼らの小ささにあると思います。
私たち脊椎動物は骨を持つことで、大きな体を支えられるようになりました。また、肺を獲得したことで、全身に大量の酸素を送ることができます。
一方で、昆虫たちは小さくなることに適しているのです。
キチン質の硬い外骨格は体の水分の蒸発を防ぎ、彼らの小型化を助けました。小さくなればなるほど、食糧資源を多くの個体と共有することが可能です。また、小さければ飛行能力も高くなり、自慢の翅で広い地域に拡散できるのです。
はるかな太古、巨大化する脊椎動物よりもはるかに効率的に、昆虫たちは世界中に生息地を広げていきました。虫たちは、私たち人類とはまったく違った進化の道を歩んできたのです。
古代の虫たちにも負けない? 現代の巨大昆虫たち
では、現代の昆虫が大きさで古代種に劣っているのかというと、一概にそうとは言いきれません。少なくとも、甲虫やチョウの仲間の大きさ比べでは、現代種の方がはるかに巨大です。
特に熱帯地方では巨大昆虫がとても多く、日本種の常識的なサイズからすると、何倍にも大きく見える種類が山ほどいます。食糧が豊富にあり、昆虫の多様性の高いジャングル地域では、大きな虫が生まれやすいのかもしれません。
確かに、翼開長が50〜70 cmもある石炭紀の有翅虫は規格外であり、現代の虫たちでは遠く及びません。しかし、現代でも全長10 cm以上の大型昆虫ならば世界中にゴロゴロいるうえに、ナナフシ類には全長30 cm以上になる種類もいくつか知られています。
もしも古代と現代の昆虫が出会い、競合すればどうなるのでしょうか。次項では、時代を越えた夢の対決を描きたいと思います。
古代昆虫vs現代昆虫 3番勝負
では、生態学・古生物学の研究成果をもとに、古代種と現代種の対決をシュミレーションしてみましょう。1・2回戦はいわゆる総合格闘技系の1対1の戦い、3回戦は巣の個体全てを動員した総力戦となります。
どちらも強力な猛者をピックアップしたいのですが、メガネウラやメガネウロプシウスといった古代軍の巨大トンボは不参加とします。その理由は明白であり、古代巨大トンボはあまりにも強すぎて参加と同時に勝利が確定してしまうからです。
それでは、さっそく決戦のゴングを鳴らしてみたいと思います。
1回戦 古代昆虫ギガティタン vs 現代昆虫ナンベイオオタガメ
【古代カマキリ型昆虫 ギガティタン】
翼開長:40 cm 生息年代:中生代三畳紀後期 発見地:キルギス共和国
ギガティタンについては下記リンク参照
【ヘビさえ食べる最大級の水生昆虫 ナンベイオオタガメ】
全長:12 cm 生息地:中南米
やや開けた湿地帯。獲物を探し求めて、巨大な肉食昆虫ギガティタンがゆっくり滑空しながら、水辺に舞い降りました。そのとき、獲物の接近を悟った水辺のハンターが狩猟態勢に入りました。
突如、水面を割って現れる死神のカマ。それは、水中に潜んでいたナンベイオオタガメの前脚です。タガメは素早く跳び、ギタティタンの右側のカマ(前脚)に掴みかかります。
体格では圧倒的にギガティタンが上ですが、タガメは自分より大きな相手にも襲いかかります。強力な水生昆虫であるタガメは、カメやヘビさえも捕食してしまうのです(下記リンク参照)。
とはいえ、タガメにとってギガティタンはあまりにも手強すぎました。ギガティタンはカマキリのような前脚を掲げ、タガメを持ち上げます。
パワーの差は歴然。それでも、どれだけ振り回されても、タガメはギガティタンの前脚から離れません。
やがてタガメが攻勢を強めました。ストロー状の口器を伸ばし、ギガティタンの前脚へと突き立てます。タガメの口器は恐ろしい刺突武器であり、相手に突き刺すと、強力な消化液を流し込みます。そうして、溶かした肉を吸い取って食べてしまうのです
しかし、はるかに大きなギガティタンは、その程度では怯みません。カマキリのカマと同じく、ギガティタンの前脚は頑丈であり、タガメの口器も簡単には通らないのです。
逆に、ギガティタンはタガメの背中に噛みつきます。カマキリやバッタの顎の力はとても強く、近縁な巨大種であるギガティタンの噛みつき攻撃はさらに強力だったと考えられます(下記リンク参照)。
ギガティタンが凶器のような顎で何度も噛みついたので、タガメの背中はボロボロに削られました。あまりの激痛に命を危険を感じたタガメは、急いでギガティタンから離れて水中へと逃げ込みます。
湿地の水面に没したタガメですが、そう簡単に逃がすほどギガティタンは甘いハンターではありません。
ギガティタンは前脚のカマを振るい、目にも止まらぬ速さで水面を切り裂きます。その直後、水面下に隠れていたタガメの体を掴み、強引に水の中から引き上げました。
近縁種であるカマキリの視覚はとても優れており、水中の獲物を捕まえることができます(下記リンク参照)。ギガティタンにとっては、タガメとの距離が近かったことも幸いしました。
死の抱擁から逃れようと、タガメは必死にもがきます。しかし、ギガティタンのカマは万力のような超パワーでしっかりとタガメを挟み込んでいて、微動だにしません。ギガティタンの前脚のカマは鋭利なだけでなく、挟む力も相当なものです。カマキリのカマの握力は、人間に換算すると約3 tという超怪力です(下記リンク参照)。
快勝をおさめたギガティタンは、むしゃむしゃとタガメの体を食べ始めました。自然界では、身の丈に合わない相手に挑戦した結果、命を落とす例もあります。
よほどの幸運が巡ってこない限り、現代昆虫がギガティタンに戦いを挑むのは無謀と言えるかもしれません。
勝者:古代昆虫 ギガティタン
2回戦 古代昆虫プロトファスマ vs 現代昆虫アルキデスヒラタクワガタ
【巨大なるゴキブリの祖先 プロトファスマ】
全長:13 cm以上 生息年代:古生代石炭紀後期 発見地:北アメリカ、ヨーロッパ
プロトファスマについては下記リンク参照
【クワガタ界随一のパワーファイター アルキデスヒラタクワガタ】
オスの全長:10 cm以上 生息地:インドネシア・スマトラ島
深緑の大樹と巨草が生い茂るジャングルの林床。お腹を空かせたアルキデスヒラタクワガタが、樹液を求めて近場の木へと歩いて移動していました。
そこに現れたプロトファスマ。彼も空腹状態であり、せっかく遭遇した獲物を逃がすまいと真正面から強襲を仕掛けていきます。
プロトファスマを外敵と認識し、クワガタは戦闘態勢に入りました。体格で上回るプロトファスマは強気にぶつかっていき、クワガタと取っ組み合いながら大地を転がり回ります。
クワガタはパワー自慢の虫なのですが、実はゴキブリの仲間もかなりの怪力の持ち主であり、現生ゴキブリより何倍も大きなプロトファスマはゼロ距離の肉弾戦ではクワガタに引けをとりません(下記リンク参照)。
プロトファスマの激しい噛みつき攻撃。クワガタが怯んだ隙を狙って、プロトファスマはさらに相手に猛攻を加えます。しかし、クワガタのダメージは小さい模様です。
ヒラタクワガタの仲間は防御力を徹底的に高めた甲虫であり、巨大サソリの大針さえ跳ね返す硬い外骨格で覆われています。プロトファスマに噛みつかれても、そう簡単には倒されません。
体躯の大きなプロトファスマはさらに激しく暴れ、クワガタをねじ伏せにかかります。その勢いはあまりにも強く、クワガタの脚が1本、跗節(第1関節)から引きちぎられてしまいました。頑丈なボディを誇るクワガタも、関節部分は柔らかくできています。踏ん張りがきかなくなった今のクワガタでは、プロトファスマの怪力に対抗するのは難しいようです。相手のパワーラッシュに弾かれて、クワガタは地面を激しく転がりました。
決着をつけるべく、プロトファスマはくわっと口を開きながら突撃します。対するクワガタは、逃げることなく真っ向から迎撃。
そのとき、クワガタの最強兵器である大顎がプロトファスマの頭をがっちりと挟み込みました。
クワガタにとって最大のチャンス到来!
大顎のホールドから逃れようと、もがきまくるプロトファスマ。しかし、クワガタの大顎はビクともせず、ものすごいパワーでプロトファスマの頭を挟み込んでいきます。
ヒラタクワガタ類の大顎の挟む力は全クワガタの中で最強クラスであり、ガラスに傷をつけてしまうほど強いのです(下記リンク参照)。こうなっては、プロトファスマの敗北は確定的です。
激しい破砕音。あっという間にプロトファスマの頭は破壊され、全身から力が抜けていきます。
伝家の宝刀が見事に炸裂し、アルキデスヒラタクワガタの勝利となりました。クワガタは相手の体を無造作に放り投げると、餌の樹液を求めてゆっくりと歩みを再開しました。
頭を砕かれたプロトファスマはピクピクと痙攣しており、あと数分で完全に動かなくなるでしょう。しかし、彼の骸は無駄にはなりません。その肉体は自然界に生きる小さな生命の糧となり、生態系の輪の中に還っていくのです。
勝者:現代昆虫 アルキデスヒラタクワガタ
3回戦 古代昆虫ティタノミルマ vs 現代昆虫ディノポネラ
【鳥の雛を食い殺す古代アリ ティタノミルマ】
働きアリの全長:3 cm以上
ティタノミルマについては下記リンク参照
【現代アリ類の中で最強の戦士 ディノポネラ】
働きアリの全長:2.5 cm
※今回はアリvsアリの集団戦です。対等条件として、働きアリの数はどちらも5000匹とします。
茶色い土壌が剥き出しになった森の中。餌を探し求めていたティタノミルマの働きアリが、巨木の幹の隙間に大きな食糧源を発見しました。
大型の現代アリ、ディノポネラの巣です。彼らの巣の内部では、丸々太った幼虫や蛹がたくさん育てられています。ディノポネラの巣を乗っ取れば、当面の食糧は確保できるはず。
さっそく、ティタノミルマは可能な限り多くの働きアリを動員して、ディノポネラの巣に強襲を仕掛けることにしました。
すさまじい数の敵の行軍に気づいたディノポネラたちは、すぐに樹幹の内部から躍り出てきました。幼虫の生命がかかっているため、ディノポネラの軍はかなり殺気立っています。
すぐさま、集団戦闘の火蓋が切って落とされました。地を埋め尽くすほどのアリたちの大軍勢が、ものすごい勢いで敵軍を呑み込もうと突撃していきます。
序盤で優位に立ったのは、ティタノミルマです。古代現代含めてティタノミルマは最大のアリで、体もかなり頑丈です。巨体とタフネスを武器に、ディノポネラを攻め立てます。
ティタノミルマの戦闘スタイルはシンプルながらも強力です。ディノポネラの上にのしかかると、強く噛みついて頭部と胸部を引きちぎっていきます。しかし、ほどなくして、ティタノミルマの進軍が鈍くなりました。
ディノポネラの増援です。籠城戦の強みは、巣から迅速に援軍を送ることができる点。戦力増強によって、ディノポネラは徐々に本来の強さを発揮していきます。
複数体のディノポネラが1匹のティタノミルマに挑みかかり、他方向から噛みついて四肢と体をバラバラにしていきます。
ディノポネラのノコギリ状の顎は、人間の皮膚を切り裂くほどの恐ろしい凶器です。いかに体格で勝るティタノミルマでも、ディノポネラの大顎で何度も噛みつかれたら無事では済みません。
それでもティタノミルマは、帰りを待つコロニーのために必死になって戦います。ある個体は腹部をもたげ、尾の先端からディノポネラめがけて何かの液体を噴射しました。液体を浴びたディノポネラは、苦しそうにもがきます。
アリの化学兵器「蟻酸」による攻撃です。蟻酸は刺激臭を有する毒性物質であり、アリやハチの毒腺から生成されます(下記リンク参照)。体の大きなティタノミルマは、それだけ保有蟻酸量が多くなります。並み居る巨大アリから水鉄砲のごとく放たれる蟻酸の嵐に、ディノポネラは再び劣勢となりました。
ですが、ティタノミルマがいよいよ巣内に攻め込もうとしたとき、状況は一変します。地の利が活かせる巣の側では、ディノポネラに必殺兵器を使うチャンスが巡ってきました。
蟻酸を警戒しつつ、木の根っこの陰からティタノミルマに接近するディノポネラ。そのとき、まるで隠し武器のように腹部の先端から針が飛び出してきました。ディノポネラは、ハチのごとき動きで尾の先の針をティタノミルマに突き刺します。
直後、ティタノミルマは激しく苦しみ出し、あっという間に戦闘不能になりました。
ディノポネラの秘密兵器・腹部の毒針の威力です。アリはハチの一種であり、種類によっては強力な毒針を腹部に装備しています(下記リンク参照)。特にディノポネラの毒はスズメバチ以上に強力です。ディノポネラに刺されたら人間でもしばらく行動不能になるレベルであり、ティタノミルマには到底耐えられません。
勢いづいたディノポネラは毒針と大顎攻撃を併用して、ティタノミルマの軍勢をどんどん押し返していきます。
ここで勝敗は決しました。実は、ディノポネラと違って、ティタノミルマは毒針を持っていません。
相手が強すぎることを悟ったのか、ティタノミルマは後退を始めました。強力なディノポネラの巣を落とすのは、あまりにもリスクが高いようです。
ティタノミルマの働きアリたちは踵を返すと、別の獲物を探しに森の四方へ散っていきました。
勝者:現代昆虫 ディノポネラ
いかがでしたでしょうか。古代も現代も含めて、昆虫は地球で最も成功している陸上生物の一種です。
全生命の半数以上を占めるほど大繁栄した彼らは、まさに想像を絶する驚異の生き物だと言えます。「昆虫って本当にすごい!」と改めて気づいた人類は、昆虫の脳や行動を最先端のコンピューター技術で解析し、彼らの能力から新しいテクノロジーを創出しようとしています。
人類とはまったく異なる道を歩んで進化してきた昆虫たち。生命の大先輩である彼らの素晴らしさを、我々は今一度学ぶべきなのかもしれません。
【参考文献】
JATAFFサイトインデックス「虫とはどんな生き物か」公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会 https://www.jataff.or.jp/konchu/breeding/1_1.html