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The Lost Universe 古代の巨大霊長類③巨大オナガザル

今から約2500万年前ーーあるいはもっと大昔に、とあるサルの仲間が、人類やチンパンジー祖先種と分岐しました。その種族こそが、現在最も繁栄している霊長類オナガザルです。生命として大成功をおさめた彼らの古代種には、現生種を凌駕する巨猿が存在していました。


オナガザルとは?

霊長類界で最大のグループ

日本人にとって、古来から最も馴染み深い動物の一つがニホンザルです。歴史上の書物に記された逸話の多い彼らは、尻尾がほとんどないように見えますが、実はオナガザル類の仲間なのです。オナガザル類とは単に尻尾の長さで定義されるわけではなく、様々な形態や習性を持つサルたちが含まれるグループなのです。

日陰にて仲間に毛づくろいしてもらっているニホンザル(東京都恩賜上野動物園にて撮影)。尻尾は短いですが、オナガザル類に含まれます。

オナガザル類に属するサルたちはアジア各地・アフリカ各地に幅広く生息しており、その形態や生態は多様性に富んでいます。私たちに馴染み深いニホンザル、時速55 kmで大平原を駆けるパタスモンキー、鋭い牙が怖そうなマントヒヒーー彼らは全てオナガザル類のサルなのです。
アフリカで誕生したオナガザル類は進化の波に乗り、アフリカ大陸のみならずユーラシア大陸へと拡散していきました。その過程で、ユニークかつインパクトの強い種が数多く生まれました。

多様性で興味深いオナガザルたち

アジアやアフリカに生息するオナガザル類は『旧世界ザル』、南アメリカ大陸に棲むサルたち(サキ類・オマキザル類)は『新世界ザル』と呼称されます。その言葉に分類学的な意味はなく、大航海時代にアメリカに渡ってきたヨーロッパの開拓者たちが、南北アメリカを新世界と呼んだことに起因します。

オナガザル科は大臼歯の構造が特殊であり、歯を見れば他のサルと容易に区別できます。この大グループはオナガザル亜科とコロブス亜科に分けられ、尻だこ(お尻の硬い部分)や頬袋を有するサルは前者、親指が極端に短いサルは後者に属します。

サバンナモンキーの剥製(神奈川県立生命の星・地球博物館にて撮影)。オナガザル類の一種で、草原性の霊長類です。オナガザル類は幅広い環境に適応しており、生息場所も多様です。

・オナガザル科オナガザル亜科
代表種:グエノンの仲間、ヒヒの仲間、ニホンザルなど

・オナガザル科コロブス亜科
代表種:アビシニアコロブス、ハヌマンラングール、キンシコウなど

過去から現在に至るまで、営々と繁栄するオナガザル類。長い進化史の一瞬を切り取って、学術的に極めて興味深い大型オナガザルたちを見ていきましょう。

古代の巨大オナガザルたち

ディノピテクス 〜古代人類と争った巨大ヒヒ〜

ヒヒと聞けば、もしかするとちょっと怖そうなサルだなぁと思う人もいるかもしれません。地上を走り、くわっと口を開いて大きな牙を覗かせるーーそんな危険生物のようなイメージが先行することも少なくないでしょう。
事実、種類によってはヒヒは十分恐ろしい生き物です。

数多くのヒヒが生息するアフリカ南部では、たびたびヒヒによる人間への襲撃事件が発生しています。ものすごい勢いで車の中に乗り込んできて食べ物を奪おうとしたり、ときには人間の子供に襲いかかったりと、現地住民の生活を脅かしかねない危険な存在となっています。
これほど怖くて侮れないヒヒたちですが、長い霊長類の進化史の中で見れば、まだまだ小型のサルにすぎません。太古のアフリカには、現生種よりも強力で恐ろしい巨大ヒヒが生きていました。

1937年、南アフリカ共和国のトランスヴァール州(現在は別の州名)にて、あるオナガザル類の化石が発見されました。それは一般的なヒヒと比較して明らかに大きく、強烈なインパクトにふさわしい「恐ろしいサル」という意味の学名が与えられました。その巨大ヒヒ(厳密にはヒヒの近縁種)こそ、最大級のオナガザル類となった可能性のあるディノピテクス・インゲンス(Dinopithecus ingens)なのです。

ディノピテクスは鮮新世から更新世中期(発掘地の年代推定より約400万〜約150万年前)にかけて、アフリカ南部に生息していました。現生種との臼歯の対比から推定される大きさは、成体のオスで46〜77 kg。現生ヒヒ最大のチャクマヒヒよりも大きかった可能性があります。
雑食性の霊長類であったと考えられており、植物から小型の脊椎動物まで幅広く摂食していました。臼歯の摩耗の具合から、植物の葉よりも果実を好んで食べていたようです。

キイロヒヒの剥製(神奈川県立生命の星・地球博物館にて撮影)。オスのキイロヒヒは体重23 kgほどで十分大きなサルですが、最大推定体重77 kgのディノピテクスはずっと巨大なヒヒだったと思われます。

なお、ディノピテクスが生息していた古代のアフリカには、私たちの血縁者にあたる初期のヒト属が暮らしていました。先述の通り、現在のヒヒには人間を傷つけた事例が多数あることから、ディノピテクスも古代人類に対して十分恐ろしい脅威となったことでしょう。
体のサイズでは当時の人類よりもディノピテクスの方が大きかったと考えられ、状況によっては、ディノピテクスが捕食目的で古代人類に襲いかかっていた可能性もあります。大きな牙と顎を備え、力強く大地を駆け回るディノピテクスたちの勇猛な姿は、当時の人類にとって恐怖の的だったのかもしれません。「恐ろしいサル」の名は伊達ではありません。

カナガワピテクス 〜いったいどこから来たのか? 古代の日本に生きていた大型コロブス〜

現在、日本に棲んでいるサルはニホンザルただ1種のみです。日本人の生活圏のすぐそばで生き続けてきた彼らは、私たちにとって普遍の自然環境の一部となっています。ところが、驚くべきことに、ニホンザルが出現するよりもはるか以前に、日本の大地にはすでにオナガザルが存在していたのです。
それは、ニホンザルとは別なコロブス類というサルの仲間でした。

アビシニアコロブスの剥製(神奈川県立生命の星・地球博物館にて撮影)。胴体の長さは50〜70センチほど。同じコロブス亜科のカナガワピテクスは、同等以上の大きさであったと考えられます。

オナガザル科に含まれるグループの一つ、コロブス亜科。短い親指が特徴的なサルたちで、ラテン語のkolobos(切断された)が名前の由来とされています。現代ではアフリカやアジアに分布しており、主に森林地帯に生息しています。
しかし、それらの現在のコロブスとは系統的に異なる特殊なサルが古代には存在していて、その化石はなんと日本の神奈川県から発見されました。

1991年、神奈川県愛川町の中津層群神沢層(約290万〜約250万年前)にてサルの頭蓋骨が産出しました。CTスキャンなどを用いた分析の結果、新種の古代オナガザル類であると判明し、2005年にカナガワピテクス・レプトポストオルビタリス(Kanagawapithecus leptopostorbitalis)と命名されました。

カナガワピテクスの頭骨化石(神奈川県立生命の星・地球博物館 特別展「みどころ沢山!かながわの大地」展示解説より)。日本で発見された新種の古代霊長類であり、神奈川県天然記念物に指定されています。

古代の日本に生息していたカナガワピテクスはコロブスの一種であり、骨格の対比からニホンザルよりも一回り以上大きかったと考えられます。大型コロブスであるカナガワピテクスは、もしかすると体重20 kg以上になったかもしれません。
カナガワピテクスの頭骨内部には「上顎洞」という特殊な空洞が存在しており、古代のアフリカ産コロブス類と共通しています。ですが、他の形態的な特徴はヨーロッパ産のドリコピテクス・ルスシネンシス(Dolichopithecus ruscinensis)と酷似しています。このようにカナガワピテクスは非常に特殊なオナガザル類であり、彼らがどのような進化をたどってきて、どのような経緯で日本でやってきたのか、今も謎に包まれています。

約300万年前の日本にはゾウやサイの仲間が生息していて、壮大な動物王国が築かれていたと考えられます。カナガワピテクスもその一員であり、当時の豊かな自然環境のもと、したたかに生きていたことでしょう。

【前回の記事】

【参考文献】
河合雅雄(1979年)『アフリカ霊長類の生態』(『アフリカ研究』18) 日本アフリカ学会
江原昭善(1979年)『アフリカ大陸におけるサル類の系統発生』(『アフリカ研究』18)日本アフリカ学会
河合信和(2010)『ヒトの進化 七〇〇万年史』筑摩書房
中務真人・國松豊(2012)『アフリカの中新世旧世界ザルの進化:現生ヒト上科進化への影響』日本人類学会
Nishimura, D. T., et al.(2012)Reassessment of Dolichopithecus (Kanagawapithecus) leptopostorbitalis, a colobine monkey from the Late Pliocene of Japan. Journal of Human Evolution, Volume 62, Issue 4, April 2012, Pages 548-561.
日本モンキーセンター(2018)『霊長類図鑑 ーサルを知ることはヒトを知ること』京都通信社
神奈川県立生命の星・地球博物館(2022) 展示解説書『みどころ沢山!かながわの大地』
SHIKOKU NEWS(2023)『日本最古のサルは「新種」/霊長類研のシンポで発表』四国新聞社
生き物.com, https://ikimonopedia.com/
東京ズーネット, https://www.tokyo-zoo.net/

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