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The Lost Universe 古代の巨大ワニ④巨大ガビアル

「アリゲーターやクロコダイルは知っているけど、ガビアルとは何ぞや?」という人もいるかもしれません。
パニック映画の主役に抜擢されるアリゲーターやクロコダイルとは異なり、ガビアルはメディアに注目されることは少ないワニです。しかし、彼らは決して他種のワニに迫力負けしているわけではありません。太古のガビアルの中には、現代のクロコダイルやアリゲーターを凌ぐ猛者が存在していたのです。


ガビアルとは何者か?

長大な顎を備える魚食性ワニ

ガビアルの特徴を述べるとすれば、何よりもまず、その細長い顎に注目しなければなりません。長い口吻は水の抵抗が少なく、水中で素早く動かして魚を捕まえることができます。この顎をフルに活用し、ガビアルは淡水魚類を主に捕食しています(状況次第では、鳥や哺乳類を襲うこともあります)。

インドガビアルの頭骨(熱川バナナワニ園にて撮影)。細長い口吻は水中で振り回しやすいので、巧みに魚を捕らえることができます。

DNAの配列を比較したところ、ガビアルはアリゲーターよりもクロコダイルに近いワニであると判明しました。近年までマレーガビアルはクロコダイル類に属するとされていましたが、現代の見解ではマレーガビアルもインドガビアルと同じガビアル科に分類されています。なお、日本語の文献では「マレーガビアルはクロコダイル類に属する」という記述も多く見られます。

ガビアルは基本的に人を襲うことはないとされていますが、油断は禁物です。ワニはワニですので、インドや東南アジアでガビアルと出会ったら、素直に逃げた方がよさそうです。

水上に顔を出すマレーガビアル(熱川バナナワニ園にて撮影)。全長は3〜4 mにも達し、迫力ではアリゲーターやクロコダイルにも負けていません。

世界に名を轟かせた古代ガビアル

ガビアル類は恐竜時代の末期に登場したと考えられており、新生代に入ってからは世界中に分布域を拡大します。当時のガビアルは海水への耐性が高かったと思われ、海を泳いでアフリカやアジアから南アメリカ大陸へと渡った可能性があります。ガビアルは魚を捕らえるプロハンターですので、海の中でも魚たちを華麗に仕留められたことでしょう。
数あるガビアルの中には大型化の道を歩んだ種類が存在し、その中にはデイノスクスやプルスサウルスに比肩しうるほどの巨大ワニも確認されています。これだけ大きいとなると、当然ながら捕食対象は魚に留まらず、地上の哺乳類さえも獲物にしていたと考えられます。現代のガビアルのイメージとは異なり、太古の巨大ガビアルたちはクロコダイル以上に恐ろしいプレデターだったのです。

かつてはクロコダイル科に分類されていたマレーガビアル(熱川バナナワニ園にて撮影)。古代においてガビアルは地球上の広い範囲に生息していましたが、今では生息域は限られています。

ガビアルの繁栄は長く続き、現代に至るまで系統を存続させてきました。しかし、革製品目当ての人間たちの狩猟活動により、現代のガビアルたちは絶滅の危機に立たされています。
密猟者たちに狩られ続けたインドガビアルは、生息頭数が2000頭以下の状態に陥ったこともありました。ワニが食い殺した人間の数よりも、人間の狩猟によって死んでいったワニの数の方がはるかに多いのです。現在、インド政府はインドガビアルの保全活動に乗り出していて、徐々に個体数は増加しています。

ガビアルたちは、古くから人類の歴史に関わってきました。なんと彼らは、あの有名な伝説上の生物のモデルになっていた可能性があるのです。古代ガビアルの大きさと強さは、神格化されるのにふさわしいものでした。

古代の巨大ガビアル

マチカネワニ 〜古代日本の動物たちを震え上がらせた巨大ワニ〜

古生物や化石が好きという人なら、マチカネワニの名前を聞いたことも多いのではないでしょうか。日本を代表するワニ化石として有名であり、多数の博物館で複製骨格が展示されています。
マチカネワニの化石は、大阪大学の豊中キャンパス内にて新校舎建設を実施していた際に発見されました。当該化石は新種のワニであると判明し、古事記に登場するワニの化身・豊玉姫と、阪大の豊中キャンパスが位置する待兼山にちなんで、トヨタマフィメイア・マチカネエンシス(Toyotamaphimeia machikanensis)と命名されました。

マチカネワニの複製全身骨格(北海道大学総合博物館にて撮影)。全長は7 mクラスにも達し、現生ワニ類よりもずっと大型でした。

マチカネワニの推定全長は7 m以上。現代のワニと比べてはるかに大きく、約45万年前(更新世後期)の淡水生態系において頂点に君臨していたと思われます。
力学的な計算の結果ではマチカネワニの噛む力は1.2 tもあり、大型の哺乳類を倒せるパワーがあったと考えられています。おそらくマチカネワニは、クロコダイルのように水中で待ち伏せし、水辺に近づいてきたオオツカノジカなどの哺乳類を襲って食べていたことでしょう。もちろん、ガビアルの仲間ですので、魚獲りにも長けていたはずです。

マチカネワニの恐ろしさは、パワーだけではありません。骨格に残された痕跡から、彼らが凶暴な一面を持っていた可能性が示唆されています。彼らの顎や脚には同種の攻撃によってつけられたと思われる傷跡が残っており、マチカネワニ同士でしばしば闘争を起こしていたと考えられています。
強力な顎を装備するマチカネワニですから、ときには相手に重傷を与えることもあったでしょう。その証拠に、下顎の一部を失った状態で生存し続けた個体の化石が発見されています。

水辺では無敵を誇ったマチカネワニ。これほど強大な捕食者は、いったいどこから日本にやってきたのでしょうか。
そのヒントは、中国の歴史上に登場する「水のドラゴン」が教えてくれます。

骨格から強さが伺えるマチカネワニ(熱川バナナワニ園にて撮影)。同種間でかなり激しく闘争したようで、負傷した個体の化石が発見されています。

ハンユスクス 〜ドラゴンが実在した? 壮大な中国史に名を刻んだ伝説の龍神〜

中華風のドラゴンはとても優美でかっこいいですね(筆者はどちらかと言えば恐ろしげな西洋ドラゴンが好み)。多くの架空のモンスターにはモデルとなった動物が存在しており、東洋ドラゴンにおいても実在の生き物の姿から想像されたと考えられています。その正体として有力視されているのが、古代のワニーーマチカネワニに近縁な古代ガビアルです。
そのガビアルとは、日本と中国の共同研究チームによって2022年に発表された新種ハンユスクス・シネンシス(Hanyusuchus sinensis)です。その骨格が発見されたのは、なんと中国広東省の青銅器時代(紀元前16〜3世紀)の地層です。つまり、巨大ガビアルと現生人類は同じ時代を生きていたのです。

ハンユスクスの推定全長は6 m以上。他のガビアルと同じくハンユスクスの主食は魚であったと思われますが、なにせ全長6 mもあるので、十分に人間を襲って食べることができたはずです。事実、古代の中国の歴史資料には、潮州(中国南部)においてワニが人間を襲っていたという記録が残されています。
水の中から巨大なワニが牙を剥いて現れたら、それはまさにドラゴンのごとく恐ろしげに見えるでしょう。

ハンユスクスに近縁な古代ガビアルの復元模型(NIFRELにて撮影)。人間を食い殺すほど恐ろしいハンユスクスは、東洋ドラゴンのモデルと呼ぶのにふさわしい存在と言えます。

唐王朝(西暦618~907年)の中国では、ワニが人間を襲って食べる事件が発生していました。この事態を解決するため、当時の政治家・韓愈が『祭鱷魚文』というワニ駆除指令書を発行しました。韓愈は多くの人員を投入し、消石灰や硫黄を水中に投げ込んで、水域に棲むワニを駆除したようです。
上記の例以外にも、中国の歴史書には度々ワニが登場しています。当該種のワニがハンユスクスだとすれば、彼らは明王朝(15世紀)まで生存していた可能性があります。おそらく、中国の文明発展や人口増加、環境の変化などが原因となり、ハンユスクスは滅んだものと考えられます。

一説によると、黄河流域にまで進出してきたハンユスクスが、水に棲む東洋ドラゴンのモデルなったと言われています。確かに、とてつもなく大きくて、人間を襲って水中に引きずり込む肉食動物の姿は、人智の及ばないドラゴンそのものに見えます。

大河に棲むと言われる東洋ドラゴン(滋賀県立琵琶湖博物館にて撮影)。その伝説のルーツは、中国産のガビアル類ハンユスクスなのでしょうか。

先述の日本産ガビアル・マチカネワニは、ハンユスクスと近縁関係にあると考えられています。どうやらマチカネワニの仲間は、中国側から日本へと分布を広げてきたようです。中国からドラゴン伝説が輸入されてきたように、巨大なワニもまたユーラシアの大地からやってきたのです。

ランフォスクス 〜クロコダイルより強い? 全長10 mクラスの超巨大ガビアル〜

現代のインドガビアルは、全長ならばイリエワニやナイルワニにも引けをとらないほど大型化します。大昔のガビアルにも超巨大な種類が存在しており、その大きさは巨大アリゲーターであるデイノスクスやプルスサウルスに迫ると言われています。
その名はランフォスクス・クラッシデンス(Rhamphosuchus crassidens)。全長10 mと推定される超弩級ガビアルであり、新生代のパキスタンやインドに生息していました。生息年代は研究者によって推定値が異なっていますが、本属は新第三紀(約2300万年〜約258万年前)のスパンの中で生きていたと思われます。
インドガビアルの2倍以上もの全長を誇るランフォスクス。魚食のみに留まらず、様々な種類の動物を食べていたと考えられます(下記リンク参照)。

ランフォスクスはガビアルの仲間でありながら、現生の大型クロコダイルでもかなわない巨体と戦闘力を備えていました。その圧倒的なパワーをもってすれば、大型魚類の分厚い鱗を噛み砕いたり、陸上の哺乳類を水の中に引きずり込んだりすることも、ごく簡単だったと思われます。

「アリゲーターやクロコダイルに比べてガビアルは脅威ではない」という考えは、まやかしにすぎません。少なくとも太古のアジアにおいては、超巨大なランフォスクスこそが淡水域最強の存在だったのです。
これほど強大なガビアルを育めるほど当時のアジアは生物資源が豊かであり、まさに動物たちの大王国でした。多種多様な生命のつながりの中で、本物のドラゴンのごとく恐ろしいランフォスクスが息づいていたのです。

次回は「巨大ワニ」シリーズの最終回となり、現代に出現した怪物級の巨大ワニを紹介します。自然界の脅威は、人間が想像した恐怖を軽く超えます。パニック映画以上に恐ろしいワニたちが、現在の地球に生きているのです。

【前回の記事】

【参考文献】
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東京大学総合研究博物館、東海国立大学機構、名古屋大学(2022)『中国広東省で有史以降に人為的に絶滅した大型ワニを報告』https://www.um.u-tokyo.ac.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/03/20220309.pdf 
NATIONAL GEOGRAPHIC「動物大図鑑 ガビアル」https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20141218/429000/

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