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The Lost Universe 古代の巨大ワニ③巨大クロコダイル

クロコダイル。それは、現代で最も恐ろしい捕食動物の1つです。驚異的なパワーとタフネスを併せ持つハンターであり、人間を含めたありとあらゆる生き物に襲いかかります。
モンスターパニック映画の花形に選ばれるほど猛々しい水辺の王者。巨大アリゲーターの時代が終わってから、彼らクロコダイルは栄華を極めました。


クロコダイルとは何者か?

アリゲーターを凌ぐ凶暴性!

前回の記事にて、クロコダイルとアリゲーターの形態的な差違や歩行姿勢の違いについて説明しました。生態的特性において両者に相違があるとすれば、その1つに攻撃性の差があげられます。一般的に、クロコダイルの方がアリゲーターよりも凶暴だと言われています。
事実、人を捕食している事例は、アリゲーターよりもクロコダイルの方が圧倒的に多いのです。とはいえ、これには生息環境が大きく関わっている可能性もあります。例えば、クロコダイル科のナイルワニは、シマウマやヌーなどの大型動物を捕食しています。よって、人間サイズの生き物なら、迷わず捕食対象と見なすでしょう。

クロコダイル科に属するシャムワニ(熱川バナナワニ園にて撮影)。日向ぼっこしている姿は牧歌的ですが、水に入ると恐ろしいハンターへと変貌します。

クロコダイルの恐ろしさは攻撃性だけに留まらず、幅広い環境への適応性も脅威です。最も危険なクロコダイルであるイリエワニは、特殊な生理機能を有しているため塩分耐性が高く、海の中にまで出没します。つまり、南方の海を泳いでいる最中、巨大なワニに襲われる可能性もゼロではないのです。
大型動物を手にかけられる巨体とパワー。そして、たくましい生命力と環境適応能力。現代において、クロコダイルは人間にとっても最も恐ろしいワニなのです。

水辺の王座を継ぐ者

前回の記事で紹介した通り、古代のアリゲーターこそが最強のワニです。最大級のアリゲーターであるプルスサウルスは体重8 tに達したと考えられており、ゾウやサイさえも十分に襲って食べることができました。
一方、現生クロコダイル最大とされるイリエワニやナイルワニには、体重1 tを超える個体は少ないと言われています。ですので、現代のアフリカでは、ワニがゾウやサイやカバを襲うシーンはあまり多くありません。しかし、大昔のクロコダイルには体重1 t以上の種類が存在し、十分にカバを倒せた可能性があります。そんなクロコダイルたちは古代からの系統を継いでおり、絶滅種を含めて多くの猛者が存在していました。

水中に潜むイリエワニ(熱川バナナワニ園にて撮影)。数あるクロコダイルの中でも攻撃力と凶暴性はトップクラスであり、まごうことなき水辺の頂点捕食者です。

クロコダイルの祖先はアリゲーターの系統と分岐した後、クロコダイル類とガビアル類に分岐しました。学説によっては、ガビアル類をクロコダイル類に含めるべき、という意見もあります。
実は、この「クロコダイル類」というのが語弊を招きかねない言い方です。例えば、ナイルワニとイリエワニはどちらも「クロコダイル属」(類似例をあげるとライオンとトラはどちらも同じパンテラ属)。そして、「クロコダイル科」と言ってしまうと、ニシアフリカコビトワニなどの「クロコダイル属ではなないクロコダイル」を含むことになります。つまり、現在の水辺を支配しているワニのほとんどは、属のレベルでは同じということになるのです。

それほどまでに、現代では種として成功したクロコダイルたち。彼らの古代の仲間たちは、どんな素顔をしていたのでしょうか。

古代の巨大クロコダイル

ヴォアイ 〜現生種と対等以上? マダガスカルの大型クロコダイル〜

アフリカ大陸から分断された世界第4位の巨大な島・マダガスカル。この巨島に人類が進出してくる前、陸上鳥類エピオルニスや巨大キツネザルがひしめき合っていました。そして、それらを捕食する大型クロコダイルも生息していたのです。
その名はヴォアイ・ロブストゥス(Voay robustus)。彼らは更新世後期〜完新世まで生存していた比較的新しいワニで、約1000年前まで生き残っていた可能性があります。発見当初はナイルワニと同属だと考えられましたが、形態的な研究によって、別種のクロコダイル科のワニであると判明しました。

世界一危険なクロコダイルとされているイリエワニ(NIFRELにて撮影)。平均的な全長は約4 mであり、ヴォアイの方が一回り大きかったようです。

ヴォアイの推定全長は約5 m。これはイリエワニやナイルワニの平均値を上回っています。きっと噛む力もかなり強く、ウシやウマほどの獲物なら十分に襲えるパワーがあったと思われます。ヴォアイの食糧選択の幅は広く、魚類や水棲爬虫類だけでなく、キツネザルや小型のカバなどの哺乳類を捕食していました。マダガスカル産カバはアフリカ大陸のカバよりもはるかに小さく体重200 kg程度であり、ヴォアイにとっては格好の獲物だったことでしょう。
上記のように、マダガスカルの淡水域において、ヴォアイは無敵でした。少なくともライオンほど大きな肉食動物な生息していなかったと見られているので、脅威となる相手はほとんど皆無だったと考えられます。

そんなヴォアイを絶滅に追いやった原因は、約2000年前にマダガスカルに渡ってきた人類です。当時の人類は、キツネザルや巨大な鳥を狩猟の対象とし、際限ない捕獲の果てに狩り尽くしていきました。ヴォアイが人間に狩猟されたのかは不明ですが、キツネザルやカバなどの主要な獲物を人間に横取りされたことは、かなり大きな打撃になったと思われます。

人類の活動によって、マダガスカルの大型動物は大半が失われました。もし、ヴォアイが今日まで生き残っていたとしたら、イリエワニやナイルワニを凌ぐ「現代最大級のワニ」と呼ばれたでしょう。

クロコディルス・ソルブジャルナルソニ ~カバを襲った大河の最強王者~

ナイルワニ。彼らは、河を渡る動物たちにとって死神のような存在です。
食糧の豊富な新天地に辿り着くために、ヌーやシマウマなどの草食動物には、どうしても渡河しなくてはならないときがあります。その機会に乗じて、ナイルワニは恐るべき攻撃性で哺乳類に襲いかかります。1 t以上もの咬合力で噛みつかれたら、ほとんどの動物は耐えられません。
上記のように、ナイルワニはアフリカの広大な水域を支配する捕食者です。恐ろしいことに、古代のアフリカには、さらに強大なクロコダイルが存在していました。

休息中のナイルワニ(熱川バナナワニ園にて撮影)。全長4 m以上になりますが、Crocodylus thorbjarnarsoniはさらに巨大で、全長7 mクラスに達しました。

その巨大クロコダイルとは、古代アフリカ東部に生息していたCrocodylus thorbjarnarsoniです。ナイルワニと同属ですが、和名が存在しないため、C. thorbjarnarsoniと表記させていただきます
化石はケニアから発見されており、約530万〜約180万年前(鮮新世〜更新世)にかけて水辺の王者として君臨していたと考えられます。頭骨の長さは85 cmもあり、推定された全長は7〜8 mにも達します。現在のナイルワニが4〜5 mなのを考えると、C. thorbjarnarsoniの圧倒的なサイズがわかります。これだけ大きければ、体重はおそらく1〜2 tに及んだと考えられます。そのパワーと咬合力を活かして、ゾウの亜成体やサイも捕食できたかもしれません。ナイルワニはよほどの好条件が重ならない限り成体のカバを襲いませんが、C. thorbjarnarsoniは積極的にカバの仲間を攻撃していたと思われます。

恐ろしいことに、C. thorbjarnarsoniは当時の人類を食べていた可能性があります。更新世アフリカ産の人類化石からはワニに噛みつかれたと思われる負傷跡が発見されていて、不用意に水辺に近づくことの怖さを物語っています。
時代を問わず、ワニは人間から恐れられる最凶のハンターなのです。

アリゲーターもクロコダイルも、古代の水辺では無双状態でした。それほどまでにワニは強力すぎる捕食者であり、水辺を制する王者なのです。
なお、どちらにも属さないある一派の巨大ワニは、我が日本にも生息していました。次回では、古代アジアに存在していた「東洋ドラゴンのモデル」に迫りたいと思います。

【前回の記事】

【参考文献】
Burness, G. P., et al.(2001)Dinosaurs, dragons, and dwarfs: The evolution of maximal body size. Proceedings of the National Academy of Sciences. 98 (25): 14518–23.
Brochu, C. A.(2007)Morphology, relationships, and biogeographical significance of an extinct horned crocodile (Crocodylia, Crocodylidae) from the Quaternary of Madagascar. Zoological Journal of the Linnean Society. 150 (4): 835–863.
Brochu, C. A., et al.(2012)A Giant Crocodile from the Plio-Pleistocene of Kenya, the Phylogenetic Relationships of Neogene African Crocodylines, and the Antiquity of Crocodylus in Africa. Journal of Vertebrate Paleontology. 32 (3): 587.
Rio, J. P., et al.(2021)Phylogenetic analysis of a new morphological dataset elucidates the evolutionary history of Crocodylia and resolves the long-standing gharial problem. PeerJ. 9: e12094.
Azarra, B., et al.(2021)A new cranium of Crocodylus anthropophagus from Olduvai Gorge, northern Tanzania. Rivista Italiana di Paleontologia e Stratigrafia (Research in Paleontology and Stratigraphy). 127 (2): 275–295.
石田雅彦(2021)日本に「野生のワニ」はいた? 古事記に登場するワニがサメとは言い切れない理由, Yahooニュース https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ee74be0a018a8107bf2570c4dc332150de68ad29


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