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The Lost Universe 古代の巨大鰭脚類③巨大アシカ
水族館や動物園のショーで大人気のアシカたち。きっと、誰もが一度は彼らの身体能力の高さと知性の賢さに驚き、大きな感動をもらったはずです。
そんなアシカたちの秘密を1つ、お伝えします。古代の日本には、とてつもなく巨大なアシカ類が生息していました! 知られざる我が国の超巨大鰭脚類の正体、とことん探っていきたいと思います。
アシカとは何者か?
トドもオットセイもアシカの仲間
狭い意味で「アシカ」と見なされる鰭脚類は、水族館でおなじみのカリフォルニアアシカ、ガラパゴス諸島に棲むガラパゴスアシカ、絶滅種のニホンアシカの3種類です。ただ、広い意味の分類定義では、トドもオットセイもオタリアも「アシカ科」というグループに属します。
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自然界においては、アシカ類は大規模なハーレムを形成します。オスはメスよりも大きく、1頭の強いオスのもとに複数のメスが集まってきます。それはまさにライオンの群れのようであり、アシカの英名「シーライオン」にふさわしい生き方だと言えます。
多くの人はアザラシを見て「可愛い」と言いますが、勇ましく活動的なアシカには「かっこいい」という形容詞が似合います。そんなアシカとアザラシの違いはなんとなく見てわかるけど、うまく言葉で説明するのはちょっと時間がかかります。
アシカ類の特徴を端的に述べますと、
耳たぶ(耳介)がある
後肢を前方に曲げることができる
上半身を起こし、前肢で体を支えられる
前肢を羽ばたかせるようにして泳ぐ
水族館のショータイムを見ればわかるように、アシカ類は極めて知能が高く、訓練すれば芸を見事にこなします。それは前述の通り、陸上で自重を支え、躍動的なパフォーマンスができるからです。アシカに比べてアザラシのステージショー出演が少ないのは、決してアザラシの知能が低いからではなく、陸上での激しい運動に不向きなためです。
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自然界でも飼育下でも、とっても魅力的なアシカの仲間たち。優れた能力を有する彼らは、古代の日本においても、大いに繁栄していました。我が国の海を猛々しく泳ぎ回っていたアシカ類の歴史、最先端研究を踏まえながら迫ってみましょう。
発展し続ける日本の古代アシカ研究
近年、日本の古生物学において、鰭脚類の研究が飛躍的に発展しています。全国各地で次々と新発見が巻き起こり、進化や分類に関する新説がたくさん発表されています。
もちろん、古代のアシカ類の研究も新たな展開を見せています。既知の最古のアシカ類化石は約700万年のものだと推定されていましたが、長野県にて出土した骨格の持ち主は、なんと約1300万年前の原始的なオットセイだと判明しました。さらに、同県では約400万年前の地層からアシカ類の歯の化石が見つかっており、信州は鰭脚類の進化解明において重要な地域であると考えられます。
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「新生代後半にはこれほど多くの鰭脚類が棲んでいたのに、どうして今の日本にはアシカがいないんだろう?」と思う人もいらっしゃるかもしれません。
実は現代の日本にも、トドやキタオットセイのような回遊性のアシカ類がやってきます。そして、同様の回遊生態を有するアシカは、かつて日本にもう1種類存在していました。その名は、我が国の名を冠するニホンアシカ。体重500 kg近くにもなる、大型のアシカ亜科の鰭脚類です。
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ニホンアシカ絶滅の原因は人間であり、得手勝手な人々の都合によって、日本に棲むアシカたちは1970年代に地球上から姿を消してしまいました。文明の発展に伴い、日本人は毛皮と脂のためにニホンアシカを乱獲して、徐々に生息域を奪っていきました。その結果、最後の国内繁殖地は島根県隠岐の竹島のみとなってしまったのです。
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もうおわかりかもしれませんが、ニホンアシカたちにトドメを刺したのは竹島問題です!
20世紀前半に竹島が日本領になったのをきっかけに、ハンターたちは竹島へ向かってアシカたちを大量に捕獲しました。水中では機敏なアシカたちも陸上の動きは緩慢であり、プロの猟師にとっては格好の的になったと思われます。そして戦後になると、2つの国が竹島の領有権を巡って対立するようになり、竹島が要塞化されてアシカたちは棲み家を追い出されてしまいました。
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地球上で起きたできごとは、全てつながっています。人間が起こした政治問題・戦争・人災は、必ず他の生命に影響を及ぼします。私たちの行動1つで自然が変化してしまいかねない、という事実をぜひ知っていただきたいと思います。
現代日本では、回遊性の種類を除き、アシカ類はほとんど見られません。ですが、更新世という新しい地質年代においては、現在最大の鰭脚類とも張り合えるほどの超巨大アシカが生息していました。太古の日本の海を思い浮かべながら、大いなる海獣たちの勇姿に想いを馳せてください。
古代の巨大アシカ類
オオキトド ~サイやカバと互角のサイズ! 怪物級の超巨大トド出現!!~
現代最大級の鰭脚類はミナミゾウアザラシであり、その全長は5 m以上、大きな個体では体重3 tを超えます。体重に関しては一般的サイズの鰭脚類の約10倍にも及びます。太刀打ちできる同種族はなかなかいなさそうですが、ただ1種類、ゾウアザラシと張り合える超巨大アシカ類が古代の日本に存在していました。
その名はオオキトド(Otariidae n. gen. et n. sp.)。更新世のカラブリアン期後半からチバニアン期前半(約90万~約60万年前)の日本に生息していた、とてつもなく大きなトドの仲間です。千葉県の市原市の地層から下顎の骨が発見されており、その標本から全身の大きさを計算したところ、オスの全長は5 m以上に達したとの推定値が出ました。きっと、体重も3 t以上あったに違いありません。
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現生トドと比べて、オオキトド頬の頬歯列は短くなってきます。もしかすると、その面構えは、同じアシカ類のオタリアに似ていたのかもしれません。
オオキトドのオスはあまりにも巨大であり、成体になってしまえば、シャチもホオジロザメも簡単には手出しができなかったと思われます。この時代、恐ろしいメガロドン(古代の超巨大なサメ。全長10 m以上もある強大な捕食者)はすでに絶滅しているので、成獣のオオキトドの天敵は少なかったと思われます。きっと我が物顔で水中を泳ぎ、大きな魚をたらふく食べていたことでしょう。ただし、他の鰭脚類と同じように、幼体の時期は陸と海の肉食動物たちの餌食になっていたと考えられます。
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最大級の鰭脚類として存在感たっぷりのオオキトドですが、彼らはチバニアン期の後半になると徐々に姿を消していきます。これは他の古代鰭脚類にも当てはまる傾向であり、同時代の巨大アシカや巨大セイウチはチバニアン期にて絶滅しました。
更新世の時代区分の中でも、チバニアン期は環境激変の激しい時代だったと考えられています。間氷期(温暖な時代)と氷期(寒冷な時代)の入れ替りが10万年ごとに繰り返され、多くの生物が影響を受けたと思われます。オオキトドも、環境激変の荒波に対応できずに滅んだのかもしれません。いずれにせよ、チバニアン期終盤の試練を乗り越え、次の時代に命脈をつないだ日本の鰭脚類は、ニホンアシカなどごく少数の種類のみでした。
オデュッセウストド ~北大平洋の海で大繁栄した古代トド~
大型アシカ類であるトドは季節的な回遊行動を繰り返し、北海道の海にも姿を現します。実は更新世チバニアン期前半(約60万年前)の日本には、オデュッセウストド(Proterozetes ulysses)という絶滅種のトドが生息していました。本種の化石は北アメリカのオレゴン州でも発見されており、当時の北太平洋で広く栄えていた可能性があります。
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オデュッセウストドの大きさは全長3 m。現生トドに迫るほど巨大な鰭脚類です。系統分類学的には、現生トドに極めて近縁な種類であったと思われます。その生態もトドに似ていたと考えられ、季節的な回遊生活していた可能性もあります。
現在のトドの天敵はシャチやネズミザメ類です。当時の海には大型のサメもシャチも棲んでいたので、若いオデュッセウストドが襲われることも多々あったでしょう。
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オオキトドと同じく、オデュッセウストドもチバニアン期を乗り越えられず、絶滅種となってしまいました。この時代は陸も海も様々な生き物が栄え、そして滅んでいきました。絶滅したものの、オデュッセウスは過酷な環境激変の時代を戦って生き続けた誠の強者なのです。
圧倒的な巨躯を誇る古代アシカ類。そのサイズは食肉類全体を見てもトップクラスです。
ただ、鰭脚類にはアシカ類と同じく忘れてはならない巨大海獣がいます。ボディのみならず、牙も長くてビッグスケールなセイウチの登場です!
【前回の記事】
【参考文献】
Thomas R. Loughlin, et al.(1987)Eumetopias jubatus. No. 283, Pages 1-7.
監修:今泉忠明, 小宮輝之(1997)『世界絶滅危機動物図鑑 (第1集)』学習研究社
Danielle Keranen(2013)Eumetopias jubatus (On-line), Animal Diversity Web.
編:加藤久佳, 八木令子(2023)『千葉県立中央博物館 令和5年度特別展 よみがえるチバニアン期の古生物』千葉県立中央博物館, ミュージアムクルー
サンシャイン水族館HP「水族館の生き物たち」 https://sunshinecity.jp/aquarium/animals/ashika.html