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The Lost Universe 古代の巨大昆虫①昆虫の始まり

昆虫に対して抱くイメージは人それぞれだと思います。かっこいい、可愛い、怖い、気持ち悪い……それほど人間の感情を強く刺激するほどに、昆虫は私たち人類とは大きく異なっている生き物たちです。
身近でありながら、とても謎めいた存在。そんな昆虫たちは、恐竜時代よりもずっと以前の太古において、強大な自然界の覇者となっていました。当時の地球は、我々の想像を絶するほどの「虫たちの惑星」だったのです。


昆虫とは何者か?

まず、最初に知っていただきたいことは、「地球上で最も繁栄している生物」が昆虫です。彼らの種数は、地球の全生命の半分以上を占めているとさえ言われています。
確かに他の動物よりもずっと小さいですが、昆虫は決して弱い存在ではありません。その証拠に、彼らは歴史上で何度も人類に災害クラスの危機をもたらしてきました。そして何よりも、昆虫は世界中で見事に繁栄しています。

私たち脊椎動物とはまったく違った姿をしている不思議な虫たち。鳥や哺乳類や爬虫類と比べれば、彼らはまるで宇宙生物です。奇怪でミステリアスな生き物だからこそ、人は昆虫に関心を持ち、同時に恐れるのかもしれません。
昆虫たちの進化に触れる前に、まず彼らの実像に迫っていきたいと思います。

筆者の趣味は昆虫採集です。貴重なタガメは元の水域にリリースいたしました。なお、タガメは販売や販売目的の採集が禁止されていますが、個人での飼育は可能です。

自然界の小さな強者たち

昆虫たちの能力は、圧巻の一言に尽きます。
例えば、ミツバチの動体視力は人間をはるかに上回っていて、1秒間に350回の速さで点滅する光を見ることができます(人間は1秒間に50回程度が限界)。さらにゴキブリは空気の流れを感じ取り、0.02秒もの速さで反応し敵から瞬時に逃げます。他にも、挙げればきりがないほどに、昆虫たちは多くの超能力を持っています。

チョウ目の昆虫は紫外線を見ることができます。それにより、花の蜜の位置が視覚的にわかるのです。

一見単純そうに見える昆虫たちですが、その脳の中ではすさまじい情報処理がなされていて、彼らは我々が想像する以上に知的な生き物であるのかもしれません。記憶力や学習能力を有する昆虫がいることは生態研究によって明らかになっていますし、ハチが道具を使って遊んでいるような行動も確認されています

これほどまでにすごい昆虫たちは、人類の未来の鍵を握っていると思われます。化粧品のパール顔料、複眼レンズカメラーーそれらは昆虫の体の構造を解析して生まれたものです。
昆虫たちの生態や形態を深く研究することは、我々にさらなる躍進をもたらしてくれるのです。

昆虫はクモやムカデと違う?

たまに誤解されている方も見受けられますが、クモ・ダニ・ムカデ・ヤスデは昆虫ではありません。確かに同じ節足動物(骨を持たず、外骨格と関節で体が構成された動物群)ではありますが、定義上では昆虫に当てはまりません。

何をもって昆虫と分類されるのか、以下に記します。

  • 体が頭部・胸部・腹部からなる

  • 胸部には3対6本の脚が生えている

カマキリの仲間は、6本の脚のうち前の2本がカマ状となっています。脚の使い方も種類によって異なっていて、昆虫たちの多様な進化には改めて驚かされます。

ただし、例外はあります。ユスリカの幼虫には胸部と腹部の端に擬脚が2対4本しかありませんし、ハエの幼虫(ウジムシ)に関しては脚がまったくありません。
形態的な差異は種類によってまちまちで、翅のない昆虫もいますし、幼虫の間だけエラを備える水棲昆虫もいます。昆虫は大成功している生物群であるがゆえに、姿形のバリエーションがとても多く、その多様性も彼らの魅力と言えます。

虫を嫌いな人が一定数いる一方で、昆虫マニアの数はとても多いです。
虫好きの中にもそれぞれ専門とする分野があり、「美しいチョウを集めたい」「かっこいい水棲昆虫を採りたい」「希少種のハンミョウと出会いたい」「固有種のクワガタを見るために南の島へ旅行する」など、膨大な種数がいる昆虫だからこそ、個々の分類群ごとにエキスパートが生まれるのです。

世界中たくさんの人々を魅了してやまない昆虫たち。
野原にも河川にも洞窟にも氷河にも分布する彼らは、いかにして大繁栄を成し遂げたのか。その進化の軌跡を見ていきたいと思います。

謎に包まれた昆虫の進化

昆虫は原始的な生き物というイメージが強いと思いますが、厳密にはそうではありません。現在の地球に生きている昆虫は進化のアップデートを繰り返し、度重なる生存競争や環境激変をくぐり抜けてきた強者たちです。

ハチやカマキリやカブトムシを見ていると、とても強そうで、いかにも洗練された種族のように思えます。もちろん、そんな強力な昆虫たちが最初から存在していたわけではなく、現代より4億年以上前(古生代デボン紀)に誕生した初期の種類には、まだまだ地球を席巻するほどの能力はありませんでした。

昆虫の祖先は何?

地球生命の半数以上もの種数を誇る昆虫たち。繁栄している数だけで考えれば、ある意味最も優れた生物とも言えます。

そんな昆虫たちの祖先とは一体何なのか?

それは、淡水環境に棲む甲殻類だと言われています。甲殻類とは言っても、エビやカニではなく、「ムカデエビ類」という原始的な特徴を残すグループが昆虫の祖先に近いと考えられています。

ただし、2023年現在、進化の空白を埋める種族の化石はまだ発見されておらず、謎の解明にはさらなる調査と研究が必要なのです。

最も古い昆虫化石とされているのは、スコットランドにある約4億1000万年前(デボン紀前期)の地層から出土したリニオグナタ・ヒルスティ(Rhyniognatha hirsti)です。カゲロウのような姿をしていたと考えられていますが、改めて形態の研究が行われた結果、ゲジの仲間である可能性も浮上してきました。

ちなみに筆者は、結構ゲジが好きだったりします。標本などをよく見ると、細長い胴体と鋭そうな面構えがドラゴンみたいでかっこいい!

3億年以上前の世界に誕生した大昆虫王国

前述の通り、現在の古生物学の見解では、節足動物の陸上進出はシルル紀(約4億4370万〜約4億1600万年前)、昆虫の誕生はデボン紀(約4億1600万〜約3億5920万年前)に起こったとされています。
昆虫たちが本格的に地上に拡散するのは、後代の石炭紀(約3億5920万~約2億9900万年前)です。年代名が示すように、この時代の地層からは石炭が大量に産出しており、産業革命の原動力として活用されました。

石炭紀に生息していた昆虫の中には、現在の種類とは比較にならないほどの巨大虫もいました。カモメ並みの大きさがある超弩級トンボ、ムササビと同じサイズの6枚翅の奇虫。
なぜ、これほどまでに虫たちが大きくなったのかーーその謎を解く鍵は、当時の大気中の酸素濃度にあると言われています。

全長10 cm以上にもなるツダナナフシ(足立区生物園にて撮影)。現生昆虫としは大型の部類に入りますが、石炭紀にはるかに巨大な虫たちが生きていました。

石炭紀は植生に恵まれていた時代であり、高さ30 m以上もあるシダ植物が果てしない森を形成していました。この超巨大なシダの群落が、光合成によって多量の酸素を生成していきます。
現代ならば、枯死したシダ植物を微生物が分解し、その際に酸素が消費されます。しかし、当時の地球には木質層(リグニン)を分解する菌類が少なかったと考えられており、大気中の酸素濃度はどんどん増えていきました。石炭紀の酸素濃度は大気組成の中の約35 %であったと言われています(現代の酸素濃度は約21 %)。炭素は植物体の中に固定され、その結果、巨大シダ植物は後代において石炭というエネルギー資源に生まれ変わったのです。
なお、石炭紀にもリグニンは分解されていたという研究報告もあり、石炭の生成や酸素濃度増加の背景については、今後の研究によって覆るかもしれません。

石炭紀に繁栄した巨大シダ植物の幹(大阪市立自然史博物館にて撮影)。樹幹の表面が鱗のような形状になっているため、「リンボク」と呼ばれています。生前の植物体は、高さ30 m以上にも達しました。

気門という穴から酸素を取り込む昆虫は、人間のように強く空気を吸い込むことができません。現代環境(酸素濃度21 %)において全身にくまなく酸素を行き届かせるためには、小さな体をしている方が理にかなっています。しかし、石炭紀(酸素濃度35 %)ならば、肺のない昆虫たちでも多量の酸素を全身に巡らせることができ、巨大化してもエネルギー需要を十分満たせたと考えられます。
ただ、昆虫巨大化については異論も唱えられており、酸素の過剰摂取のリスクを減らすために大型化したという説もあります。巨大昆虫たちはまだまだ多くの謎を秘めており、神秘に包まれた存在と言えます。

翅の開長28 cmにも及ぶゴライアストリバネアゲハの標本(神奈川県立生命の星・地球博物館にて撮影)。チョウの仲間としては最大クラスですが、古代にはもっと大きな虫がいました。石炭紀より酸素濃度の少ない現代においては、大型化にも限界があるようです。

いずれにせよ、酸素濃度が古代昆虫たちの繁栄のトリガーとなったことは事実のようです。彼らは巨大化を極め、石炭紀には節足動物たちの一大王国が築かれました。
シダ植物に覆われた緑の桃源郷。そこに生まれ、栄えた巨虫たちの暮らしに迫りたいと思います。

【参考文献】
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Parry, S.F., et al.(2011)A high-precision U–Pb age constraint on the Rhynie Chert Konservat-Lagerstätte: time scale and other implications. Journal of the Geological Society 168 (4): 863–872.
Ker Than(2011)『古代の昆虫、巨大化の謎に新説』NATIONAL GEOGRAPHIC News
神崎亮平・山田久美(2011)『今こそ「昆虫力」に学ぼう 昆虫の力が先端テクノロジーと融合する(1)』情報・知識&オピニオン  imidas https://imidas.jp/jijikaitai/k-40-072-11-11-g420 
AFP BB News(2013)『昆虫をまねた複眼レンズのカメラを開発、米研究チーム』(c)AFP
Haug, C., et al.(2017)The presumed oldest flying insect: more likely a myriapod?. PeerJ 5: e3402.
佐藤 暁(2019)『NATURE & SCIENCE 昆虫の世界がすごい! 地上でもっとも繁栄する生物』アマナとひらく「自然・科学」のトビラ https://nature-and-science.jp/insects/#page-1 
Dona, G., et al.(2022)Do bumble bees play?. Animal Behaviour, Volume 194, December 2022, Pages 239-251.
吉岡伸也(2023)サステナビリティレポート2023『自然に学ぶ研究事例 モルフォ蝶に学ぶギラつかない光沢』積水化学工業株式会社
デジタル博物館 昆虫「昆虫の定義について(頭部・胸部・腹部・翅など)」https://www.digital-museum.hiroshima-u.ac.jp/~insect/About-Insects/What%27s%20Insects.htm 
国立研究開発法人産業技術総合研究所 地質調査総合センター https://gbank.gsj.jp/geowords/glossary/timescale.html 
NP 二宮書店 「石炭が生成される過程とその時代について」山川出版社 https://www.ninomiyashoten.co.jp/chiri_q_and_a/2018-002#top

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