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The Lost Universe 古代の巨大鰭脚類②巨大デスマトフォカ類

現生の鰭脚類はアシカ類・アザラシ類・セイウチ類に大別されますが、はるかな太古には人類が出会ったことのない未知の種族が栄えていました。タフな巨体と強靭な顎を備える彼らは、間違いなく海辺の恐ろしいハンターでした。
生命は誕生と滅びを繰り返し、進化を続けていきます。鰭脚類もまた、壮大な地球史の中で試行錯誤を重ねながら、海洋生態系の中に地位を確立していくのです。


デスマトフォカ類とは何者か?

絶滅した古代鰭脚類の一族

ゾウ類にせよ霊長類にせよ、永い進化史の中で多様な分類群が生まれており、現代に子孫を残せず滅んだグループが数多くいます。鰭脚類とて例外ではなく、化石でしか確認されていない種族が存在します。その中の一群が、新生代中新世中期(約1600万~約1000万年前)の北半球で栄えたデスマトフォカ類です。
先述の通り、古代の鰭脚類とはいえ、彼らは現生種の祖先というわけではありません。厳密に言えば彼らはアザラシに近い種類であり、およそ1000万年前に系統の絶えた絶滅種なのです。

見た目も仕草も愛らしいバイカルアザラシ(箱根園水族館にて撮影)。彼らアザラシ類は、絶滅種のデスマトフォカ類と血筋が近いのです。

デスマトフォカ類は頭骨に大きな眼窩(眼球が入る穴)を備え、アザラシに似た四肢を有していました。彼らは主に視覚に頼って獲物を探し、力強いヒレによって垂直で巨体をコントロールしていました。大型の種類が多く、初期種のエナリアルクトゥス類よりも一回り大きかったと考えられます。
生態には現生鰭脚類とかなり近く、海に出て狩りを行い、沿岸部で出産や子育てを実施していたことでしょう。当時まだシャチは出現していなかったので、主な天敵はサメであったと考えられます。現生のアシカやアザラシもホオジロザメに捕食されることがあるので、デスマトフォカ類も大型のサメには注意していたと思われます。

デスマトフォカ類の復元図(松本市四賀化石館にて撮影)。彼らは中新世の北半球の海域に生息し、現在の鰭脚類と変わらぬライフサイクルを営んでいたことでしょう。

それでは、デスマトフォカ類についてさらに掘り下げてみましょう。謎だらけの絶滅鰭脚類、海洋哺乳類が大好きな方は、とても気になるのではないでしょうか。

日本でも次々と発見されるデスマトフォカ類

デスマトフォカ類の化石は当時の北半球に生息していたと述べましたが、実は日本においても複数個体の骨格が見つかっています。約1700万年前になると、地殻変動によって日本列島の原型と日本海が誕生します。できたばかりの日本海にデスマトフォカ類の鰭脚類たちが進出し、温暖な環境のもとデスモスチルスやパレオパラドキシアなどの古代哺乳類と共に生きていたのです。古代の日本の沿岸域に不思議な大型鰭脚類が生息していたと考えると、とても嬉しくロマンティックな心地になれますね。

長野県で発見されたデスマトフォカ類の頭骨(松本市四賀化石館で撮影)。この個体は「シナノアロデスムス」という愛称で呼ばれており、長野県の天然記念物に指定されています。
福島県の中新世の地層で発見された鰭脚類の化石(いわき市石炭・化石館ほるるにて撮影)。鰭脚類の進化を解き明かすうえで、日本はとても重要な場所であると言えます。

本グループの種類の化石は日本の広い範囲から発見されており、それらの標本研究によって生態解明が進んできました。明らかになった事実の1つに、彼らには雌雄の性差が存在したことがあげられます。
デスマトフォカ類にはオスとメスに体格差が認められ、オスの方が大きかったと判明しています。現生鰭脚類では強大なオスが力で群れを支配し、大規模な「ハーレム」を築くことがあります。もしかすると、デスマトフォカ類のオスも複数のメスを従えて、沿岸部にハーレムを構えていたのかもしれません。

力強いカリフォルニアアシカ(下関市立しものせき水族館・海響館にて撮影)。オスはメスよりも大きく、強くて大きなオスが大規模なハーレムを築きます。同様に雌雄に体格差があるデスマトフォカ類も、ハーレムを作っていたのかもしれません。

では、力強く繁栄していたデスマトフォカ類は、なぜ子孫を残せず滅びてしまったのでしょうか。それは、地球規模の急激な寒冷化だったと考えられています。
地質学的な古環境研究により、中新世は新生代の中でも特に温暖な時代であったと判明しています。ですが、約1200万年前より徐々に地球は冷え始めていき、温暖気候に順応していたデスマトフォカ類は、環境の変化に対応できずに滅んだと考えられています。現在のところ、約1000万年前より新しい年代の地層では、デスマトフォカ類の化石は発見されていません。

残念ながらデスマトフォカ類は新時代を迎えることができませんでしたが、血筋を分かつアザラシ類は現在も営々と栄えています。彼らと近い系統の先輩の鰭脚類が太古の海洋で舞っていた事実を、ぜひ知っていただきたいと思います。

大型水槽の中を優雅に舞うゴマフアザラシ(マリンワールド海の中道にて撮影)。デスマトフォカ類の系統は途絶えてしまいましたが、近縁のアザラシ類は現在も力強く生き残っています。

巨大デスマトフォカ類

アロデスムス ~中新世の海で猛威を振るった大型鰭脚類~

デスマトフォカ類の中で、最も名の通った種類がアロデスムス属(Allodesmus)です。本種は中新世中期(約1500万~約1000万年前)の北半球海域に生息していて、日本やアメリカから化石が産出しています。

アロデスムスの復元骨格(松本市四賀化石館にて撮影)。中新世に栄えた絶滅鰭脚類であり、体格的には現生のアシカやオットセイより大きかったと推定されています。

オスのアロデスムスの成体サイズは全長3 m以上と見積もられており、もしかすると体重400 kgクラスに達したかもしれません。体格の大きさではアシカやオットセイを上回っており、多くの現生鰭脚類と比較しても決して見劣りしません。オスなメスよりも大きいという事実が化石の比較から明らかになっていて、雌雄の性差が判明している貴重な古生物なのです。

アロデスムスの游泳シーンを再現した骨格(国立科学博物館にて撮影)。当時の日本の海の広い範囲で、彼らは悠然と泳ぎ回っていたことでしょう。

アロデスムスは大きく強力な顎を備えており、比較的大きな海洋生物を捕食していた可能性があります。狩りの際は外洋へと繰り出し、深い水域にも潜って大型の魚や軟体動物を食べていたことでしょう。
ただ、当時の海洋には全長10 m以上にも達するメガロドンという超巨大なサメが生息しており、全長3 mほどのアロデスムスは格好の獲物だったと思われます。海の中での狩りは楽なものではなく、とてつもない危険を孕んでいたのです。現在のアシカやオットセイがホオジロザメを恐れるように、古代からサメは鰭脚類の脅威だったのです。

全長10 mを超える軟骨魚類・メガロドンの復元模型(埼玉県立自然の博物館にて撮影)。アロデスムスにとって、最も恐ろしい天敵です。当時の海で最強を誇った巨大なサメであり、アロデスムスどころかクジラさえも捕食していました

アトポタルス ~強力な顎が自慢! 活動的な海洋の名ハンター~

日本と並ぶデスマトフォカ類の化石産地がアメリカです。その発見は西部に集中しており、温暖で魅力的な街カリフォルニアにて、デスマトフォカ類の化石が出土しています。アロデスムスと同じ中新世に生息していた本種は、アトポタルス・コウルセニ(Atopotarus courseni)と命名されました。
アロデスムス同様、大きな歯牙と強力な顎を備えており、活動的な海洋捕食動物だったと思われます。前述の通り、デスマトフォカ類は眼窩が大きく、同じ特徴を有する現生のゾウアザラシと生態が酷似していたのかもしれません。ゾウアザラシと同様に深い海域にも潜水し、大型の魚・軟体動物・甲殻類などを食べていたと思われます。

アトポタルスに近縁なデスマトフォカ類の下顎(松本市四賀化石館にて撮影)。彼らは大きく強力な歯牙を備えており、現生のアシカが食べる魚よりも大きな獲物を狙っていた可能性もあります。

ところで、アトポタルスやアロデスムスは本当に魚や無脊椎動物だけを食べていたのでしょうか。現生のヒョウアザラシも鋭い牙と強い顎を有しており、ときに他種のアザラシを襲って食べてしまいます。ヒョウアザラシよりも大きなデスマトフォカ類ならば、同様に大型脊椎動物を捕食することもできたかもしれません
ただ、彼らの天敵は巨大なサメであり、アトポタルスもアロデスムスも、恐ろしいメガロドンには手を焼いていたと思われます。クジラよりも小さな鰭脚類は、メガロドンにとって仕留めやすい獲物だったのではないでしょうか。デスマトフォカ類は、海洋生態系において、捕食者であり被捕食者でもあったのです。

中新世の海に名を馳せたデスマトフォカ類は滅び、時代はさらに進んでいきます。ここからは、我々のよく知る鰭脚類の登場です。舞台が更新世の中頃に移り変わったとき、カバやサイよりも大きな超巨大アシカ類が登場します!

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【参考文献】
Downs, Theodore(1956)A New Pinniped from the Miocene of Southern California: With Remarks on the Otariidae. Journal of Paleontology. 30 (1): 115–131.
今泉吉典 (1991)『世界の動物 分類と飼育 2 (食肉目)』東京動物園協会
Debey, Lauren B., et al.(2012)Osteological correlates and phylogenetic analysis of deep diving in living and extinct pinnipeds: What good are big eyes?. Marine Mammal Science. 29 (1): 48–83.
Boessenecker, Robert, W., et al.(2018)The last of the desmatophocid seals: a new species of Allodesmus from the upper Miocene of Washington, USA, and a revision of the taxonomy of Desmatophocidae. Zoological Journal of the Linnean Society. 184 (1): 211–235.
松本市四賀化石館の解説キャプション
信州新町化石博物館の解説キャプション
国立科学博物館の解説キャプション


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