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The Lost Universe 古代の巨大水鳥②超巨大海鳥

海上の空を舞う鳥たちの姿は、勇壮でかっこよく、言葉にならない神々しさがあります。果てしないスカイブルーの彼方へ向かって飛び、華麗に降下して獲物をさらうーーまさに水平線上のハンターです。
現代において、ミズナギドリやアホウドリといった大型の海鳥が知られています。ですが太古の海上の空では、はるかに巨大な翼の勇者たちが飛び交っていました。


海鳥とは何者か?

海と空の狭間に踊る名ハンターたち

海鳥とは、名がストレートに示す通り、海洋環境を生活の場とする鳥の総称です。海に近い場所に営巣し、主に海洋で狩りを行う「空飛ぶ漁師」たちです。ミズナギドリ類やアホウドリ類やカツオドリ類などが該当しますが、海鳥という単語事態には分類学的な効力はありません。

八景島の海で出会ったワシカモメ。我々にとって一番馴染み深い海鳥とは、やはりカモメの仲間ですね。
インカアジサシ(下関市立しものせき水族館・海響館にて撮影)。アジサシ類は魚獲りのプロフェッショナルであり、海鳥の代表格と言えます。

一般的に、海洋で狩りを鳥というイメージが強いのは、アジサシやカツオドリだと思われます。
グライダーのごとく洋上を舞い、魚を発見したら勢いよく急降下。そのまま潜水したり、クチバシを海面下に差し入れたりして、水中の獲物を捕らえます。彼らの飛行能力・遊泳能力・攻撃精度は非常に高く、極めて洗練されたハンターなのです。

船の上にとまったカツオドリ。小笠原諸島の海にて出会いました。海洋で狩りをする鳥なので、船で沖合に繰り出すと、高確率で遭遇します。
小笠原の海洋にて、カツオドリの狩りの瞬間を撮影! 勢いよく急降下し、その勢いのまま海にダイブして、海中の魚を捕獲します。

一方で、カモメ類のように「海を含めた水域を生活の中心にしている鳥」もいます。カモメを海鳥と捉えている人々も多いと思いますが、彼らは河口にも現れますし、滋賀県の琵琶湖でもたくさんの種類のカモメを観察できます。
上述のように「海鳥」という言葉そのものに学術的な意味はなく、捉え方次第で多くの鳥に適用できます。海で魚を専門に捕食する猛禽類も考えようによっては海鳥と見なされるので、俗称ゆえに確固たる定義はないと考えていただきたいと思います。

海辺の路に集まったウミネコ。彼らは集団を形成し、沿岸部にてコロニーを構えます。
静岡市の海辺の上空を飛ぶトビ。彼らは「純粋な海鳥」ではありませんが、浅瀬付近で魚を捕食することもあります。

規格外の古代大型海鳥:骨質歯鳥類

それでは時を越えて、とんでもないスケールの太古の海鳥たちに会いに行きましょう。
古代においても、海鳥の生態は現生種とさほど変わらなかったと思われます。ただ、一部の種類は大型アホウドリをはるかに凌ぐ規格外の巨躯に成長しました。そのグループとは、新生代の約6200万~約250万年前(暁新世前期から更新世前期)まで生きていた骨質歯鳥類(ペラゴルニス科)の鳥たちです。骨質歯鳥類の化石は海で形成された地層から見つかっており、この事実は彼らが海鳥であることを示唆しています。

骨質歯鳥類の復元模型(国立科学博物館 特別展「鳥 ~ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類の系統~」にて撮影)。見た目はミズナギドリ類やアホウドリ類のようですが、多くの種類が翼開長3 m以上の巨躯を誇っていました

骨質歯鳥類の特徴は、なんと言っても独特なクチバシの歯状突起です。これは厳密には歯ではなく、偽歯ぎし」と呼ばれる骨質のトゲです。偽歯は本物の歯と同様に機能し、獲物を咥えて捕まえる際に役立ったと考えられます。骨質歯鳥類は鋭いクチバシを水中に突き入れ、魚を偽歯に引っかけてがっちりと捕獲したことでしょう。
骨格は全体的に空洞化・軽量化が施されていて、飛行に適した構造となっています。そのため、大きな体に対して、体重は驚くほど軽かったと思われます。

骨質歯鳥類のクチバシ(いわき市石炭・化石館ほるるにて撮影)。尖った箇所は厳密には歯ではなく、「偽歯ぎし」という歯のような突起です

勇壮な海鳥である骨質歯鳥類は、ミズナギドリ類やアホウドリ類を彷彿とさせてくれます。彼らの生態復元において、アホウドリ類などの大型海鳥がよく参考種類として選ばれます。ですが、分類学的には骨質歯鳥類はキジカモ類に属すると考えられています

横浜の海に現れたカルガモ。意外かもしれませんが、骨質歯鳥類はカモ類に近い仲間です
岩手県で発見された骨質歯鳥類の上腕骨(岩手県立博物館にて撮影)。本グループは世界的に繁栄しており、日本でも広い範囲で化石が産出しています。

新生代のかなり永い期間、地球上の沿岸海域で大繁栄しました。ほとんどの種類が現生海鳥を圧倒する巨体であり、その中にはサイズが大型コンドルや大型アホウドリの2倍以上にも及ぶ「最大級の飛行鳥類」も存在していました
規格外の巨鳥・骨質歯鳥類。その代表となる大空の覇者を探究していきたいと思います。

古代の超巨大海鳥

ペラゴルニス ~巨翼で水平線上を舞う、大空の勇者!~

骨質歯鳥類の中で最大級の海鳥として知られているのは、約2800万~約2500万年前(漸新世前期)の北アメリカで暮らしていたペラゴルニス・サンデルシ(Pelagornis sandersi)です。左右に広げた翼の幅は約7 mにも達しており、海鳥どころか全ての飛翔鳥類の中でトップクラスの大きさを誇ります。

ペラゴルニスの実物大復元模型。左右に広げた翼の幅は、なんと7 mクラスに及びます。本種に関しては、国立科学博物館の特別展「鳥 ~ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類の系統~」に専門展示コーナーがあります。
全ての時代の飛翔鳥類の中で、ペラゴルニスの翼開幅はトップクラスの長さです。ただ飛行生物ゆえに体は軽く、体重はダチョウなどの陸棲鳥類の半分程度だったと考えられます。

前述の通り、ペラゴルニスの生態は現代の海洋性の飛翔鳥類と似通っていました。海辺に巣を構え、狩りの際には海洋へ繰り出すーーといった生活様式を営む典型的な海鳥です。ペラゴルニスの体重は約40 kgと推定されており、中型から大型の魚を捕獲することも可能だったと思われます。

ペラゴルニスの顎の骨。立派な偽歯がクチバシに装備されており、捕食能力の高さが伺えます。
ペラゴルニスの頭部。このクチバシを水中に差し込んで、海面表層の魚を捕らえていたと考えられます。

しかしながら、ここで疑問が生まれます。「こんな大きな鳥がどうやって飛んでいたんだ?」という謎です。

当然ながら、これほどの巨体ですので、スズメやハトのように地面から軽やかに舞い上がるのは、ペラゴルニスにとっては至難の技でした。現生鳥類を参考にした研究では、ペラゴルニスはグンカンドリ類と同じく、空気の熱上昇流を利用して飛翔していたと推測されています。熱上昇流とは暖まって軽くなった空気が上昇していく現象であり、現代のグライダーの滑空飛行にも活用されています。
一度気流に乗ってしまえば、ペラゴルニスは雄大な翼で海洋の彼方へと飛んでいったことでしょう。羽ばたきよりも滑空メインの飛行スタイルで、優雅に水平線の上を舞っていたと思われます。

雄大なるペラゴルニス。まさしく、水平線上を駆ける大空の勇者です。

現代最大級の鳥の2倍以上にも及ぶ巨翼のペラゴルニス。まさに彼らは、当時の水平線の空の覇者でした。はるか彼方の海の獲物を求め、幾百羽ものペラゴルニスが一斉に海洋へ飛び立つ様は、壮観の極みだったことでしょう。

オステオドントルニス ~ペラゴルニスに次ぐ超大型海鳥~

骨質歯鳥類の仲間は世界中で繁栄しており、多くの超巨大海鳥が沿岸海域を優美に舞っていました。その中でも、ペラゴルニスに続く大型骨質歯鳥類として知られているのが、オステオドントルニス・オルリ(Osteodontornis orri)です。約2000万年前(中新世前期)の北アメリカに生息していた骨質歯鳥類であり、立ち上がったときの高さ約1.2 m、翼開長は約6 mに達したと考えられています

骨質歯鳥類の尺骨(いわき市石炭・化石館ほるるにて撮影)。人間に例えると、前腕の内側にある太い骨にあたります。この標本の個体よりも、オステオドントルニスはずっと大きかったと思われます

オステオドントルニスの飛行様式や生態は、ペラゴルニスと大部分が共通していたと思われます。骨質歯鳥類のトレードマークである特殊な顎は、魚やイカなどの海洋生物を捕獲するのに役立ったはずです。滑りやすい頭足類の体であっても、オステオドントルニスは顎の偽歯によってしっかり咥えることができました。
高度な滑空飛行を実現するため、オステオドントルニスの体は軽量化が進んでいました。それゆえ、彼らはカツオドリ類やアジサシ類とは違って、潜水が苦手だった(あるいは潜水自体できなかった)と考えられます。特殊なクチバシを活かし、飛行しながら獲物を捕まえるのが彼らの狩りのスタイルでした。

オステオドントルニスに近縁な骨質歯鳥類の復元模型(岩手県立博物館にて撮影)。赤い部分は、化石として発見された部位(本個体の上腕骨)となります。

骨質歯鳥類は新生代に世界的な繁栄を勝ち取り、各地の沿岸海域ではとてつもなく大きな海鳥たちが飛び交っていました。そして、同じ時代において、ペラゴルニスやオステオドントルニスを見上げるペンギンそっくりの不思議な鳥がいました。

現代には存在しない未知なる水鳥。彼らはいったい何者なのでしょうか。

【前回の記事】

【参考文献】
Olson, S. L. (1985): The Fossil Record of Birds. Avian Biology 8: 79–252.
桐原政志(2000)『日本の鳥550 水辺の鳥』文一総合出版
Bourdon, E.(2005)Osteological evidence for sister group relationship between pseudo-toothed birds (Aves: Odontopterygiformes) and waterfowls (Anseriformes).
高野伸二(2007)『フィールドガイド 日本の野鳥 増補改訂版』日本野鳥の会
Mayr, G.(2008)A skull of the giant bony-toothed bird Dasornis (Aves: Pelagornithidae) from the Lower Eocene of the Isle of Sheppey. Palaeontology 51(5): 1107–1116.
Osborne, H.(2014)Pelagornis Sandersi: World's Biggest Bird Was Twice as Big as Albatross with 24ft Wingspan. International Business Times.
Danie, T. K., et al.(2016)Bizarre, Giant Birds Once Ruled the Skies. SCIENTIFIC AMERICAN https://www.scientificamerican.com/
西海功, 濱尾章二, 對比地孝亘(2024)公式図録『国立科学博物館 特別展「鳥 ~ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類の系統~」』日本経済新聞社
公益財団法人日本学生航空連盟「上昇気流」 https://www.jsal.or.jp/page/lift 
岩手県立博物館の解説キャプション
いわき市石炭・化石館ほるるの解説キャプション

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