見出し画像

The Lost Universe 古代の巨鯨たち②巨大古鯨類

棲み慣れた陸地から、海洋という新たな環境へ適応した太古のクジラたち。さらなる一歩を踏み出した彼らはどのような種類を産み出し、どのような過程を経て現代のクジラへとつながったのでしょうか。


古代クジラの偉大なる海洋進出

世界中に拡散した海棲古鯨類

私たちのよく知るクジラは古鯨類から派生し、少なくとも約3500万年前(始新世後期)には現生クジラの直系祖先が大海原を泳ぎ回っていたと考えられています。原初の現生クジラ類はまだまだ小さく、サメなどの天敵に襲われることもあったでしょう。

では、一方の古鯨類はどうなったのでしょうか。実は彼らの繁栄期間は長く続いており、完全水棲となった利点を活かして世界中に分布していました。鋭い歯牙を備える肉食動物でしたので、浅瀬で活動する動物たちにとっては恐怖の的だったでしょう。

海洋性の古鯨類の生体復元図(Adobe stockのフリー素材より)。全長15 m以上にもなる大型種も発見されています。強力な肉食動物であり、浅い海域では生態系の上位に立っていたと考えられます。

大型古鯨類の化石は世界中で発見されています。つまり当時の海洋生態系のトッププレデターであり、何者にも侵攻を阻まれることなく、各地の海域へ広がっていったと思われます。
まだ当時の

古鯨類の絶滅と新たな海の王者

先述の大型肉食古鯨類は捕食者として猛威を奮っていたものの、特殊化しすぎていたので環境の変化に対応できなかったと考えられます。始新世後期には大規模な気候変動が起こり、海水温の低下や海の後退を招きました。温暖で浅い海を好んでいた大型古鯨類には、種の存続に関わる大きな痛手となりました。
古鯨類は急速に衰退していき、ほとんどの種が次の時代(漸新世)に辿り着けずに姿を消しています。

しかし、古鯨類の中には、後世に血を伝えた種族が存在します。それはまさしく現在のクジラの祖先であり、高い遊泳能力と社会性を持つ中型種でした。

古鯨類がどのように栄え、滅び、そして新たな子孫を産み出したのか。その栄枯盛衰の歴史を見ていきたいと思います。

海を支配した巨大古鯨類たち

バシロサウルス 〜龍のようなクジラ! 当時最大級の海洋肉食動物〜

パキケトゥスたち黎明期の古鯨類はワニ型のクジラといった様相でしたが、完全に水中適応した子孫の中からは、海棲ドラゴン型とも言うべき肉食性の大型種が誕生しました。その代表的な種属こそ、世界各地で発見されているバシロサウルス属(Basilosaurus)なのです。
最初の化石は1832年に北アメリカで出土しました。当時の古生物学者はてっきり爬虫類だと思ったようで、名前にサウルス(ラテン語でトカゲの意味)をつけました。確かにそのフォルムはヘビのごとく長大で、長い顎と鋭い歯牙はワニに似ています。

その後もイギリス、エジプト、パキスタンなどでバシロサウルスが発見され、約4000万年前〜約3400万年前(始新世後期)の世界中の海に分布していたと考えられます。これは彼らが当時の海洋環境で捕食者として成功していたことを示唆しています。

バシロサウルスの生体復元図(Adobe stockのフリー素材より)。全長は15〜18 m。当時の浅海に生きる動物たちにとっては恐ろしい存在だったことでしょう。

この古代クジラは複数種いたことがわかっており、どの種類もかなり巨大に成長しました。記載論文で取り上げられたバシロサウルス・ケトイデス(Basilosaurus cetoides)の成体は全長18 mと推定されていますが、エジプト産のバシロサウルス・イシス(Basilosaurus isis)はさらに大きかった可能性があります。
バシロサウルスは当時の海洋生物の中では最上位の捕食者だったと見られ、あらゆる種類の水棲動物を襲っていたと考えられています。その中には他の古鯨類も含まれており、バシロサウルスに襲われて負傷した古代クジラの化石が見つかっています。

前項で述べた通り、海洋生態系のトップクラスに立っていたバシロサウルスも、環境の変化に順応できずに滅びていきました。彼らは優れた攻撃能力を備えていましたが、相対的な脳の容量は現生クジラ類には遠く及びませんでした。
現代に生きるクジラたちの多くは高度な知能を有し、なおかつ群れで助け合いながら生活しています。知性とコミュニケーション能力の差が、現生クジラ類の祖先とバシロサウルスの運命を分けたのかもしれません。

ドルドン ~無限のマリンブルーへ旅立った現生クジラの祖先種~

バシロサウルスの絶対王政が敷かれた始新世後期の海では、別の古鯨類がしたたかに繁栄していました。彼らこそ、現生クジラ類の祖先に近い種類ーーもしくは祖先そのものと言われるドルドン属(Dorudon)なのです。

ドルドンは全長6 mの古鯨類で、北アメリカやエジプトで発見されています。形態はバシロサウルスに酷似している一方、イルカにも似ており、遊泳能力が高かったと考えられます。また、潮吹きをする鼻孔の位置も、現在のクジラと同じく、頭部の真ん中付近に寄っています。
彼らには複数の種類が知られていて、約4000万年前の海にはすでにドルドンが存在しており、始新世の終わり頃まで繁栄していたと思われます。当時の海洋で活発に躍動し、魚やイカを上手に捕らえて食べていたことでしょう。

ドルドンの全身骨格(国立科学博物館にて撮影)。発達した胸ビレと、退化して短くなった後足が特徴です。

中型種のドルドンはバシロサウルスにとっては格好の獲物であり、事実、バシロサウルスに噛まれたと見られるドルドン幼体の負傷骨格が発見されています。
しかし、ドルドンは恐ろしいバシロサウルスに対抗する術を身につけていました。それは仲間と協同して動き、群れを作ることでした。

エジプトでは1つのスポットから大量の個体の化石が出土しており、彼らが群れ社会を築いていた可能性は高いと考えられています。全長6 mのドルドンが何頭も集団で行動すれば、捕食者も容易には手が出せなかったと思われます。
集団社会での営みは、きっとドルドンの知性向上へとつながったでしょう。現生クジラたちが持つ動物界トップクラスの知能レベルは、もしかしたら仲間と協力し合うことで育まれたのかもしれません。

遠い外洋にも進出できる遊泳力、群れという社会を有するドルドンは、まさに現在のクジラに通じる存在でした。気候変動により海の環境が大きく変わっても、彼らはその知力と協調能力で難局を乗り越えていったことでしょう。
バシロサウルスが滅んだ後も、ドルドンの系統は生き残り、広い海洋の世界へと適応していきます。はるかなマリンブルーの彼方への旅立ちが、現代の海洋性クジラへつながってゆくのです。

ペルセトゥス 〜シロナガスクジラより重い? 謎に満ちた超々ヘビー級の古代クジラ〜

2023年8月、新種の古鯨類についての論文が科学雑誌『ネイチャー』に掲載されて、古生物学界は大きな衝撃に見舞われました(出典元:下記リンク)。

ペルー南部にて、約3900万年前の地層から化石ハンターが発見した古代クジラの化石。見つかった部位は脊椎や肋骨など限定的でしたが、その大きさと骨の密度の高さから、かなり大型の古鯨類であることがわかりました。それが超絶ヘビー級の海棲古鯨類ペルセトゥス・コロッサス(Perucetus colossus)です。

全身骨格が復元されていないため、正確な大きさはわかりませんが、推定では全長20 m、体重にいたっては85〜340 tという景気のいい数値が叩き出されています。個人的には、巨体を維持するために多量の食糧資源を必要とするので、最小値の体重85 tの方が生存に適正なように感じます。
生態もまだ謎に包まれていますが、おそらくペルセトゥスも浅海域で生活しており、マナティーやジュゴンのごとくスローな動きでゆったりと暮らしていたと思われます。遊泳能力は低かったと見られており、浅い海の底を這うように移動していたのかもしれません。

新発見が世間を沸かして、現在とてもホットな(?)古鯨類。その多くが滅んでしまったとはいえ、この古代クジラの一大グループは間違いなく当時の海の王者でした。
古鯨類が衰退すると、現生クジラの祖先は高い遊泳能力を活かして、世界中の海で大繁栄しました。ヒゲクジラやハクジラといった、私たちのよく知るクジラたちが古代の大海に誕生するのです。

【前回の記事】

【参考文献】
日経サイエンス編集部 (2004)『地球を支配した恐竜と巨大生物たち』日経サイエンス社
Tim Haines, Paul Chambers(著),  群馬県立自然史博物館(監修), 椿正春(訳)(2006)よみがえる恐竜・古生物 超ビジュアルCG版(BBC BOOKS)』SBクリエイティブ
Sotelo, G.(2023)Newly discovered whale species could have been heaviest animal ever., The Guardian, Wed 2 Aug 2023 16.00 BST.
生物図鑑 クジラの移行化石 (系統樹) - 化石サイトの野生生物http://www.jj.em-net.ne.jp/~okapi/life/life3/type/whale2j.html


いいなと思ったら応援しよう!