The Lost Universe 古代の巨大ワニ①ワニの始まり
爬虫類の中で、ワニがダントツで好きという人は多いと思います。ウシやウマなどの大型動物を倒してしまうほどの圧倒的な強さ、水のドラゴンを思わせるかっこよさ(東洋のドラゴン伝説のもとになったという説もあります)は、水域の帝王たる彼らの魅力です。
大型種のワニが相手となれば、ほとんどの動物は太刀打ちできません。生態系の頂点捕食者である彼らは、ときに人間さえも脅かす存在にもなりえます。巨大ワニの大顎で挟まれたら最期、獲物には逃れる術はほぼありません。
これほどに恐ろしいワニですが、大昔には、現生種の何倍も大きくて危険な種類が生きていました。その中には、恐竜に匹敵する怪物級の超巨大ワニもいたのです。太古から現代まで、ずっと淡水域の王者として君臨してきた彼らの歴史を覗いてみましょう。
ワニとは何者か?
広義のワニ類と言えば、古代のかなり多くの爬虫類(恐竜そっくりな陸上性のオルニトスクス類やモササウルス類に似た海ワニ類など)を含んでしまいますので、本記事で扱うのはお馴染みのクロコダイルやアリゲーターを含む正鰐類とします。一般的なイメージ通りの、水中に潜んで獲物を待ち伏せるタイプのワニたちです。
ワニはパニック映画で引っ張りだこの人気者であり、学術界でもワニのかっこよさに魅せられて研究者になった人は多いと思います。怖そう、強そう、凶悪な水辺の怪物ーーそんな恐ろしげな印象が先行するワニたちですが、生態的な実像を知るとイメージが一変すると思います。彼らは人間の予想以上に賢く、洗練された能力を持つ生物なのです。
まずは、ワニがどのような爬虫類なのかを見ていきましょう。
水辺に潜む一撃必殺のプレデター
動物系のドキュメンタリー番組で、水辺に近づいたヌーやシマウマをワニが急襲するーーそんな恐ろしい映像をご覧になった方は多いと思います。動物たちからすると、ワニはある意味ライオン以上に怖い存在かもしれません。
その理由の1つが、すさまじい顎のパワーです。ワニは現生動物の中で最も噛む力が強いと言われており、大型動物の骨さえもバリバリと噛み砕いてしまいます。
加えて、ワニには必殺技「デスロール」があります。獲物に噛みついたまま体を回転させ、そのまま水中に引きずり込んでしまうのです。万力のような顎に挟まれたまま、ものすごいパワーで弄ばれるのですから、獲物にはもう逃れる術はありません。
ワニは巧みなスイマーであり、水中では30 km/h以上の速さで泳ぐことができると言われています。遊泳の際には、四肢を体に密着させ、尻尾を強く振って進みます。当然ながら、人間よりもはるかに速いスピードですので、もし狙われたら追撃を振り切ることは難しそうです。
陸に上がると鈍そうに見えますが、クロコダイル科のワニは人間よりも速く走れます。走行時は哺乳類のごとく四肢を地面から真っすぐ伸ばし、イヌやネコが跳ねるようにして走ります。これは、クロコダイルの体が縦方向に柔軟であることから可能な動きなのです。
捕食者として非常に高いスペックを誇っているうえに、数種のクロコダイルやアリゲーターは大型ネコ科肉食哺乳類を圧倒するサイズにまで成長します。全長5〜6 mに達した大型ワニには、自然界において敵はほとんどいません。奇襲が成功すれば、ライオンやトラさえも一撃で噛み倒すせるのです。ワニがモンスターパニック映画の花形に選ばれるのも納得と言えます。
子供を育てる知的な爬虫類
上記のすさまじい戦闘能力に加え、ワニは予想以上に高い知能を有しています。なんと、ワニは木の枝をルアーのように使い、鳥が巣の材料に使おうとして木の枝に近づいてきた瞬間に捕食するという、哺乳類顔負けの頭脳プレイをやってのけるのです。これは学習能力・記憶力・応用力がないとできない高度な芸当です。
さらに、ワニは爬虫類の中では珍しく、子育てを行います。
メスは産卵のために巣を作り、種類によっては卵や幼体を守る習性を持っています。卵の孵化が始まると親は殻割りを手伝い、誕生した幼体を口に咥えて水辺まで運んであげるのです。それだけでなく、赤ちゃんワニは危険が迫ると助けを求めるようにして鳴き、その声を聞いた母親はすぐに子供のもとに駆けつけるのです。5 m級の成体のワニが護衛ならば、どんな敵が来ても怖くありません。
いくらワニといえども、赤ちゃんの頃は極めて弱い存在です。親のかいがいしい護衛行動があるからこそ、ワニは度重ねる地球規模の大変動を生き延びてこられたのかもしれません。
人間が持つ悪い先入観とは異なり、ワニは愛情と知性に満ちた生き物なのです。
水辺へ進出した爬虫類の王
強力な捕食者であり、高度な知性を備えるワニ。恐竜の時代を生き延び、新生代に入っても水辺の戦いでは哺乳類を寄せつけませんでした。
アフリカの河川ならカバが王様なんじゃないのと思う人もいるかもしれませんが、それはあくまで現代の話です。約200万年前のアフリカに棲んでいたクロコダイルは全長7~8 mにも達すると推定されており、カバを捕食できるほど強大なワニが存在していたのです。現在でも、非公式ながら「全長7 mのワニがカバを捕食した」という報告があります。
それほどまでに強力なワニは、いつどのようにして生まれ、水域の王者となったのでしょうか。ワニたちが歩んできた進化の道筋を追って、彼らの繁栄の歴史を覗いて見たいと思います。
ワニは恐竜の親戚?
ワニ類と恐竜は系統的に近い種類です。どちらも主竜類というグループに属しており、中生代から現代まで(恐竜は鳥という形になって)生き続けています。ただし、我々のよく知っているワニが登場するのは、白亜紀後期になってからです。
意外にもワニの祖先は、陸を歩き回る爬虫類でした。三畳紀に出現したワニ類は恐竜と地上の覇権を争い、約1億7000万年前(ジュラ紀中期)には全長8 mクラスもの大型陸上捕食者を生み出します。しかし、やがて地上では恐竜の大型化・多様化が進み、ワニ類は徐々に劣勢となっていきました。
新天地を求めて、ワニ類が進出した環境が水辺です。ジュラ紀に誕生した新鰐類というグループからワニは半水棲または水棲へと移行し、淡水域や海洋の生態系にて捕食者としての地位を確立しました。
白亜紀になると恐竜にも匹敵するほどの大型種が生まれ、フォリドサウルス類のサルコスクスに至っては全長10 mにも達しました。ただ、フォリドサウルス類は現生ワニ類とは遠い血筋であり、子孫を残すことなく絶滅しています。
真の王者・現生ワニ類の誕生
時代は進み、白亜紀後期になると、我々の知るアリゲーターのような現生ワニ類が登場します。祖先と比べて、彼らははるかに水中でのハンティング能力が向上しており、恐竜時代から現代に至るまで水辺の支配者の地位に君臨します。
しかしながら、現生ワニ類の発祥の地に関しては、まだまだ謎に包まれています。白亜紀の地球の北方の大陸(ローレンシア大陸)なのか、南半球側の大陸(ゴンドワナ大陸)なのかで意見が分かれており、さらなる研究が必要とされています。
陸上生態系の王者は恐竜でしたが、水域においてはワニ類の方が有利でした。白亜紀のアリゲーター類には全長10 m級になる種類も存在し、ときには恐竜さえも捕食していたと思われます。
当時の多くのワニは環境の変化に強かったようで、現生種に近いワニ類のみならず、陸棲種や海棲種のワニも白亜紀末期の大量絶滅の危機を生き延びました。ただし、新生代に入った後、現代まで生き残ることができたのは、アリゲーターやクロコダイルといった現生ワニ類のみです。河川や湖沼に適応した種類は、恐竜や哺乳類が割り込む余地のないほど絶対的な王座を築いていたのです。
太古からずっと、多くの動物を恐怖に陥れたワニ。古代種の中には、恐竜とタイマンを張れるほどの猛者が実在していました。次回以降は、パニック映画の超巨大クロコダイルにも匹敵するような、モンスタークラスの古代ワニたちを紹介していきたいと思います。
【参考文献】
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土屋健(2021)『ifの地球生命史』技術評論社
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