十月は黄昏の銀河帝国 ⑨
9.プランC
金属棒を振るって暴れる巨大な人形機械生物。
その首の部分に座乗し完断絶シールドに守られている人物は、銀河帝国広しといえどもただ一人しかあり得なかった。
「分隊、玉座機に攻撃を集中! シールド内の乗員を確保しろ!」
ナ・バータ準司令はそこで息を継ぐと、一際強い声で続けた。
「銀河皇帝だ!」
嵐のようなパルスビームの一斉射撃が、空里を乗せたスロンに襲いかかる。
だがそれで止められるような玉座機ではなかった。
「どかないと! 本当に痛い目を見るんだから!」
空里はスロンをコントロールし、金属棒を斜めに持ち直して一気に数人の兵士を甲板上から薙ぎ払った。
たまらず後退する兵もいたが、何人かは反発場リフトで浮上すると、空里の眼前まで来てビームを乱射した。
「うわ!」
思わず手で顔をかばった空里の動きに連動し、スロンの腕も振り上げられホバリングする兵士を弾き飛ばした。
「あ、殴っちゃった……」
「構うなアサト! それよりあいつをなんとかしろ!」
シェンガが甲板上の一隊を指差した。
支持脚に載った大型の重火器がこちらを狙っている。と、思った瞬間ビームが走り、玉座機の右足を薙ぎるように灼いた。
「あっ!」
空里の右足も急に重くなった。スロンの受けたダメージがフィードバックされているのだ。
「連続射光線砲だ! グズグズしてるとバラバラにされるぞ!」
「!」
空里は少しでも早く前進したかったが、スロンは傷ついた足を引きずりながら歩みを進める。
そうこうしていると、二射、三射とビームがスロンの関節を狙って照射され、空里自身の体もどんどん重くなっていった。
「こなくそ!」
ようやく、自走脚で後退しながら射撃を続ける光線砲に金属棒が届くところまで接近した。得物を振り上げ、砲を捨てて逃げる兵士に構わず、そのまま渾身の力で振り下ろす。
光線砲は一撃で粉微塵になった。
「やった……」
と、思う間もなくさらに激しいビームの連続照射がスロンに襲いかかった。
いつの間にか、地上にいる連続射光線砲二門の射角に入っていたのだ。
左右から照射される高出力ビームは、カッターのようにスロンのボディを切り刻んでゆく。シールド内は安全とはいえ、このままでは発生装置ごと甲板か地上に落下して一巻の終わりだ。
「後退できないか!」
シェンガが叫んだ。
「ダメ! 動けない!」
すでにスロンのダメージは、空里に制御できないほど重いものになっていた。
ここまでか……
その時……
「アサト、合図でシールドを切ってください。そこから脱出します」
通信機から少年の声が聞こえた。
見上げると、流星のように接近してくるメタトルーパーの姿が見えた。
「ネープ!」
空里が叫ぶと同時に、玉座機の太い右足が完全に切断され、全身がガクンとつんのめった。
落ちる! 空里は思わずシェンガを抱きかかえた。
「今です!」
空里は足元のフットスイッチでシールド発生装置の電源を切った。
視界を覆っていた薄紫色の帳が消え、すかさずパルスビームの嵐が襲いかかる。
すると、玉座機が左手を上げ、空里とシェンガをビームから守りながら、二人の体をつかんだ。
「!」
真上からメタトルーパーが降下して来るのを見た空里は、そちらへ手を伸ばした。
ネープがその手を取って引っ張り上げ、スロンは空里とシェンガを差し出すように持ち上げた。
二人を乗せたメタトルーパーはジャンプして、スロンが出て来た三番ハンガーのリフトに降り立った。
「スロン!」
見ると、玉座機はビームの連続照射でズタズタにされようとしていた。ボディのあちこちから火花を散らし、各部がこぼれ落ちて人の形を崩している。初期状態の箱型に変形しようとしているようだが、すでに切り離された部分の方が大きく、崩壊を止めることが出来ない。
「ああ……」
ネープがリフトを下降させ、バラバラになった空里の忠実な機械生物が視界から消えた。
ハンガーのハッチが閉じられ、つかの間の安全が確保される。
「アサト、放してくれよ」
「あ、ごめん……」
空里の手から解放されたシェンガはリフトの上から飛び降り、ハンガーの床に立った。
ネープもそれに続いたが、空里はその場にへたり込んだまま動こうとしない。
「スロン……私、何も命令してないのにシェンガと私を守ってくれた……」
「玉座機はある程度自律行動するための、意識のようなものを持っています。脳波で繋がった主を守ろうとするのも、不自然なことではありません」
「そう……そうなのね……でも、バラバラになっちゃって……」
空里の声が消え入りそうに小さくなった。
ネープはキャリベックを切り離し、再びリフトに飛び乗って空里の前に立った。
そして、うつむく空里のヘルメットを両側から強くバンと叩いた。
「!」
驚いて顔を上げた空里に彼女の夫は顔を近づけ、ヘルメットのバイザーを触れ合わせて、コムリンクではない直接震動で話しかけた。
「アサト。よく戦いましたね。見事でした。艦上の敵は全て排除されて、脱出までの時間が稼げました。スロンもよくやってくれた。あれを犬死にさせないためにも、あなたは生き延びなければいけません」
ネープは妻の手を取ると、エスコートして一緒にリフトから飛び降りた。低重力のクッションが二人をゆっくりとハンガーのフロアに下ろす。
ミン・ガンの近衛隊長が、腕組みをしてネープに声をかけた。
「俺もいたんだぜ。褒めろよ」
「そうか? 見えなかった」
空里は思わず声をあげて笑った。
「陛下……」
サブ・チーフのミツナリが、数体のソルジャーを引き連れて現れた。
傍らには〈青砂〉以来、空里に付いている小型のドロメックが浮遊している。
「ミツナリ……ドロポンも無事だったの」
空里が与えた名前を呼ばれ、ドロメックは空里の足元に降下すると、敬意を示すように頭部カメラを恭しく傾けた。
「状況は?」
ネープが聞いた。
「脱出用シャトルの準備は完了しています。艦尾ドッキングベイからいつでも射出可能です。守備隊は善戦していますが、敵の後続部隊に合流されたら宮への包囲、侵入は時間の問題と思われます」
ミツナリの報告にシェンガがコメントした。
「包囲されてドッキングベイを狙われる方が怖いな。いっそ、敵を艦内へ誘い込んだらどうだ? 奴らの目を引きつけて……」
完全人間の少年は同意しなかった。
「いや、脱出後の安全確保も問題だ。ミツナリ、敵の母艦は捉えたか?」
「はい。ハイタカ級巡航宇宙艦、一。ギンシャチ級高速駆逐艦、二がすでに月周回軌道に到達しています」
「高速駆逐艦がいるのか……シャトルで逃げ切れるか微妙だな」
「お前の操縦の腕なら、わけはないだろう」
半ば挑発めいたネープの言葉に、シェンガは受けて立つような笑みを見せた。
「そりゃ、まあな」
「ただ一つ奇妙なことがあるのですが」
ミツナリの言葉に、その場の全員が彼を見た。「奇妙」という、人造人間に似つかわしくない言葉が空里には不思議だった。
「敵艦隊がカグヤ宮に最接近した際、異常な空間の揺らぎが観測されたのです。ごく微かな揺らぎでしたが、その位置は艦隊の通過した空間に重なっていました」
ネープが語気を強めた。
「その観測データを見せろ!」
ネープのバイザーにミツナリが共有した空間観測データがグラフィックとして表示された。その向こうの表情が険しくなっていく。
「ダメだ……シャトルでは脱出できなくなった」
「なんで?!」
シェンガの問いに答えるネープの声は重かった。
「恐らくだが……奴ら、量子機雷を仕掛けていったらしい」
「量子機雷? 一体いつの時代の話だよ。禁制になって何百年経ったと……」
シェンガは驚きを通り越して、呆れ果てたという様子で言った。
「持ち出してきたのは多分、バンシャザムだ。奴らならそんなものを隠し持ってても不思議じゃない」
「機雷って、何か罠みたいなもの? 避けて脱出できないの?」
空里が聞いた。
「量子機雷は見えないのです。配置された状態では非物質化されていて、標的が近づくまで物理的に存在していないかのように振る舞います。宇宙船の機関部などの量子活動を検知して、量子トンネル効果で瞬時にそこへ送り込まれ、デコヒーレンスを起こして標的を破壊するのです。有効範囲内なら逃げることは出来ません」
「戦闘が終わっても放置されることが多くてな。無関係な船舶まで巻き添えを食うし、空間自体も不安定になるから製造も使用も禁止されてんだ」
シェンガの補足説明が終わると、ネープは険しい表情のまま決断した。
「やむを得ん。プランCで切り抜けよう」
「プランC?」
空里には初耳の言葉だった。
敵襲に備えた対応策は空里にも知らされ、分かりやすいように地球のアルファベットで区分されていた。
小規模部隊の襲撃を想定した、近衛隊による迎撃作戦がプランA。ある程度の規模で攻撃を受けた際の、シャトルによる脱出計画がプランB。
だがCの存在は知らなかった。
ネープが言った。
「すみません。最後の手段として密かに準備していたのです。お話ししなかったのは、アサトに余計な心配をかけることになると私が判断したからです。リスクも高いものになりますので」
「俺は、言っておいた方がいいと思ったんだがな」
シェンガの弁明に、空里の不安が募った。
「具体的には……どうするの?」
青紫色をした完全人間の目が光った。
「アサトを埋めて、カグヤ宮を爆破します」
つづく