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十月は黄昏の銀河帝国 ⑬
13.ジャッジメント
宇宙の闇に向かってたたずむその女の背中は、星々も無くさらに深い暗黒の空間に見えた。
展望窓を失い、気密シールドによって与圧された座礁艦サブブリッジに居並ぶ人々は、その黒さに言いようの無い不吉さを感じ始めていた。
ゲイレン将軍以下、整列したバンシャザムの指揮官たちはつい先刻まで銀河皇帝がいたその部屋で、作戦の最終的な目的が達成されなかったという現実に向き合わざるを得なかった。
ナ・バータ準司令は、ゲイレンの更迭は免れないだろうと考えた。
後釜となる新たな将軍が本隊から送られて来る間に、今回の失策を挽回するための案を練るのが自分の役割となるかも知れない。
しかし、 一度見失ったネープのスター・サブを捕捉するのは、いかにバンシャザムと言えども簡単ではなかった。恐らく、上級機関である銀河戦略情報局ともども全力を尽くすことになるだろう。
いずれにせよ今後の方向と責任の所在は、目の前に立つ黒衣の貴婦人の沙汰次第だ。
ついに、窓辺に佇んでいたレディ・ユリイラがゆっくりと振り返った。
彼女はまず、自分の両側に立つ従姉妹の双子姉妹に語りかけた。
「クナナ。ヌカカ。私はあなたたちの計画立案能力に全幅の信頼を置いています。今回の作戦にも一分の隙があったように見えません」
まるで教師が優秀な生徒の成績を評価するかのような、柔らかい口調だった。
「しかし今、私たちの元に銀河皇帝はいない。ネープも、ミン・ガンも、その死体すら手元にない。これは何故だと考えておいでですか?」
仮面の双子姉妹は片膝をついて、ユリイラの手を取らんばかりに恭順の姿勢を示した。
その片割れが口を開いたが、それが今しがた名前を呼ばれたどちらなのか、その場の誰にも判断出来なかった。
「姉様、私たちは不思議でなりません。作戦は予定通りに進行していれば確実に成功するはずでした。しかし、失敗の原因が私たちにあるとしたら、実行にあたったバンシャザム諸官の性癖を、正確に計画へ織り込むことが出来なかった故だと考えます。これについては姉様のご意向とあらば、私たちはいかような責めも享受いたします」
ここで双子は完全に声を揃え、深々と頭を下げた。
「どうかお赦しください」
レディ・ユリイラは聖母のように姉妹の背に手をかけながら言った。
「お立ちなさい。二人が十分に責任を感じていることは理解しました。私があなたたちに望むことは、より一層任務に励み帝国とラ家の発展に寄与することです」
その言葉に、双子は急に態度を変えた。
ぴょんと立ち上がると、その口元に大きな笑みを浮かべたのだ。
ナ・バータは背中に寒気を感じた。
これは芝居だ。
レディ・ユリイラははじめから双子姉妹の責任を問うつもりなどなかった。
居並ぶ指揮官たちの前で、作戦の失敗が参謀の落ち度ではないことをはっきり示したのだ。
そしてこれから本当の裁定が始まる……
ラ家の当主はゲイレン将軍に歩み寄った。
「さて……私は今回の任務の重要性が、全軍にしっかり伝わっていると思っていました。しかし、部隊の最高指揮官にすら理解されていなかった……私のこの認識は間違っていますか? ゲイレン将軍」
答えるゲイレンの様子は普段と全く変わらなかった。
「閣下、これは閣下の問題ではなく純粋に本官の問題であります。自分は任務の重要性を認識しておりましたが、作戦遂行の過程で優先順位の設定に齟齬を起こしました。この点においては何ら疑問はなく、また弁明の言葉も持ち合わせておりません」
レディ・ユリイラの言葉は優しさを帯びた。
「バンシャザムがネープたちに対して抱いている復讐心は、私も理解しているつもりです。戦いの中でそれが燃え上がることもあるでしょう。それを優先させるべきではないという判断が出来なかったことについて、私は心底同情の念を覚えます」
ユリイラは傍らに立つ少女の頭を撫でた。まるで、ゲイレンへの同情の念を代わりに表しているような仕草だった。
「それでもやはり、私たちの目的が共有し切れなかったことが残念でなりません。なぜこのような結果になったのか……」
ゲイレンはいつにも増して落ち着いた態度で言った。
「閣下、すべては本官の責任であります。いかような処分も甘んじてお受けします。どうぞご処断ください」
ナ・バータは上官の態度にバンシャザムに相応しい揺るぎなさを感じた。
言い訳も弁明もない。その姿勢は、責める立場であるレディ・ユリイラよりも落ち着いているようにすら見える。
ユリイラはかすかな不安を滲ませるような声で言った。
「もしかしたら……将軍閣下は女子供の指揮がご不満なのではありませんか? 私たちのような武人とみとめられぬような者たちの命で処されることが、名誉にもとることであると……」
答えるゲイレンの声には、相手の不安をやわらげようとする温かさすら感じられた。
「断じてそのようなことは考えておりません」
ユリイラの赤い唇に笑みが戻った。
「そう……よかった。であれば、女子供からどのような処断が下されても甘んじて受けていただけますわね……」
ゲイレンの胸元から一条の光が走った。
「!」
プラズマ・ニードルに心臓を貫かれ、バンシャザムの将軍は一瞬でくず折れた。
双子の片割れがブレスレットにニードルを収め、もう一人とともに死体にかがみ込んでその傷を覗き込む。
まるで医者が治療の痕を見るように、今の手並みが思った通りの死を将軍にもたらしたか確かめているのだ。
笑いながら……
バンシャザムは死を恐れない。
が、この処刑によってナ・バータをはじめとする指揮官たちには、深い恐怖が刻み込まれた。
戦場での死も極刑による責任の全うも、彼らにとっては受け容れる覚悟の出来ている最期だ。だが、この異様な子供たちによってもたらされる死は、戦士としての尊厳から引き剥がされるような屈辱の痛みを伴うものに見えた。
そして、その痛みを司るレディ・ユリイラこそ、恐怖の対象そのものとなった。
もはや、その恐怖は ネープたちへの復讐心以上に任務へ向かうべき動機となった。
「ナ・バータ準司令」
自分の名前を呼ばれ、ナ・バータは痙攣したようにラ家の当主に向き直った。
「銀河皇帝の行方を追います。改めて全軍にその目的の重要性を周知してください。これからの作戦は、あなたが指揮を取るのです。ナ・バータ将軍」
「……かしこまりました。閣下」
ユリイラは振り返り、再び窓辺に立って言った。
「この艦は完全に破壊してください。後には何も残したくありません」
そして、月面には不思議な光景が残された。
ジュラ山脈の麓に広がる〈虹の入江〉。
そのあちこちに金属製の巨人たちがポツンポツンと立ち尽くし、かつて銀河皇帝の宮があった大穴の上空を見つめていた。
彼らは、そこから飛び立った彼らの主を見送り、全ての務めから解放されたのだ。激しい戦いを繰り広げた敵軍も、もはや彼らに何の関心も抱いていない。
銀河皇帝の近衛隊は、そのまま永遠の休息を迎えた。
やがて、月を擁する青い惑星から誰かがやって来て、この遥か宇宙の彼方からやって来た戦士たちの末路に何かを見出そうとするだろう。
そして、彼らが同じ方を向いて見つめているものが何なのかについて、様々な空想を巡らすだろう。
だが、それを聞き出す方法も、彼らに与えられたほんの一言の栄誉も、知ることは出来ないだろう。
つづく