十月は黄昏の銀河帝国 ⑫
12.スターフック作戦
追っ手の乗ったリフトが迫る。
エレベーターシャフトの中を降下しながら、ネープはそれをどう止めるか決めた。
やはりリフト下部の、反発場発生装置を破壊するのが得策だろう。リフトを支える四本のガイドレールの間には十分な隙間がある。そこから下へ潜り込めば装置に手が届くはずだ。
ネープは上昇して来たリフトを待ち構えて、その屋根の上に立った。
次の瞬間、一条の細い光が屋根を貫通してネープの足元をかすめた。
「!」
ビーム弾ではない。
光は一度リフトの中に引っ込み、再び屋根を貫いて ネープに襲いかかって来た。
プラズマ・ニードル。
ソード類ほどの威力は無いが、伸縮自在のエネルギー針を発生させる武器だ。装飾品に擬装出来るほど小型で、暗殺などに多用される。
リフトの中の追っ手には、屋根の上の邪魔者が見えているらしい。ネープは正確に自分を狙ってくる光の針を、際どいところで避け続けた。
そうこうしている内にリフトは必死にシャフトを這い登る空里に追い付き、ついに追い越してしまった。
まずい……
その時、リフトがガクンと停止した。
中からの攻撃が止み、弱い重力に引っ張られたリフトは少しずつ降下を開始する。
すかさずシャフトの構造材に飛び付いたネープは、リフトの下から一体のゴンドロウワが現れ、シャフトをよじ登り出すのを見た。
「ネープ様」
「ミツナリか!」
見ると人造人間の首には、空里がしがみついていた。
「助かったわ……」
ミツナリは空里を背負ったまま、すぐにネープの位置まで登って来た。
「ネープ様、リフトの反発場発生装置は破壊しました」
「よし、よくやった。そのままサブブリッジへ急げ」
ネープとミツナリは目覚ましいスピードでシャフトを登り、あっという間にサブブリッジのレベルに辿り着いた。
「遅かったな」
開放されたハッチからシェンガとドロメックが覗き込んでいた。
「アサトはブリッジの奥へ。ミツナリ、ハッチを封鎖しろ」
ネープの指示が飛んだ。
大きな教室ほどのサブブリッジの奥、展望窓に囲まれた区画に立った空里は、月面から浮上してきた宇宙服姿の兵士たちに包囲されているのを見た。
ミツナリは指に仕込まれたビームトーチでエレベーターのハッチを溶接、封鎖する。
銀河皇帝一行は完全に行き場を失う形になっていた。
「どう見ても雪隠詰めね……」
空里の弱音にネープは同意しなかった。
「そう見えるだけです」
完全人間の少年は腕のスイッチで何かの信号を送ると、ドロメックの頭をつかんでバイザーに接触させ音が伝わるようにして言った。
「最上層に着いた。アサトもいる」
ドロメックの声帯が発する歪んだ声は、通信機を通じて全員に聞こえた。
「スターフックサクセン……ジュンビチュウ……アイズデソトヘ、デロ」
「スターフック……作戦?」
空里にはその意味が分からなかったが、ネープは合点がいったらしい。
「なるほど……やることは分かりました。アサトは私のそばにいてください」
言われなくても……
空里は手を伸ばせばすぐ抱き合えるくらい、夫の近くに立った。
「外へ出ろって? この窓ははめ殺しだぞ?」
シェンガが言った。
「その時が来たら破る。お前もなるべく近くにいろ」
振動ナイフくらいではさすがにこの観測窓は破れまいが……
疑念を口にしようとしたシェンガに、空里が両手を伸ばしてきた。
「おいで!」
また抱きかかえようとしているのを察して、ミン・ガンの戦士は思わず飛び退いた。
「いいから! アサトはそいつのそばに居な!」
ハッチを封鎖し終えたミツナリが空里たちの方へやって来た。ゴンドロウワの大きな体躯が振り返り、彼ら全員を守るように立ちはだかる。
空里はネープに声をかけた。
「ねえ、もう近衛隊に出来ることないでしょ? 生き残ってるゴンドロウワたちを逃してあげましょう」
ネープは一瞬だけその指示の妥当性を検討してから応えた。
「わかりました。ただミツナリだけは残ってもらいます。ここからは出られませんので」
「OK。近衛隊長、お願い」
シェンガはなで肩をすくめた。
「やれやれ……せっかく立ち上げた近衛隊も解散か」
「みんな立派だったわ。ありがとう」
君主の賛辞に近衛隊長はサムアップで応え、回線を開いた。
「近衛隊全軍に告ぐ。戦闘を中止し艦外へ撤退せよ。各員てんでんこにバラバラの方向へ逃げられるだけ逃げろ。近衛隊の全任務は完了した。皇帝陛下は貴官たちの働きにお喜びである。これを報恩の誉れとせよ! 以上!」
これでどうだ? というシェンガの目線に今度は空里の方がサムアップで応えた。
ネープが言った。
「帝国の歴史でも、銀河皇帝からこれほどの栄誉を得た人造人間の軍団はいなかったでしょう」
空里とシェンガの撤退命令は、思わぬ効果を生んだ。
バンシャザム隊は、捨て石として最後まで抵抗するはずの人造人間たちが撤退するというあり得ざる事態に、ちょっとした混乱を起こしたのだ。ゲイレン将軍はじめ指揮官たちはそこに何か意図があると推察し、仮定の、しかし間違った結論に辿り着いた。
自爆か……?
もし、追い詰められた銀河皇帝が座礁艦自体を道連れに自爆するとしたら、生き残った侵攻軍掃討のためにゴンドロウワを避難させ、温存を図ることはあり得る。
「退避! 総員退避!」
自爆を恐れたバンシャザムたちは、ゴンドロウワ軍を追うように座礁艦から離れ始めた。
空中でサブブリッジを包囲していた兵たちも散っていった。
ただ、エレベーターシャフトの中を個人用反発場リフトで飛ぶ三人の魔女に率いられた一隊だけが、惑わされることなく目標に迫っていった。
サブブリッジのレベルに着いた彼らは、すぐさまハッチの封鎖を破る工作に取り掛かった。
「来たわ!」
サブブリッジのハッチがまわりから火花を散らし始めた。
ほとんど徒手空拳の皇帝一行はなす術なく、体を寄せ合う互いの距離を詰めた。
「ようネープ、救いの手はまだかよ!」
小型のハンドガンを構え、シェンガが唸った。
「……」
完全人間の少年は答える代わりに右手の振動ナイフを構え直し、左手を傍らの妻の肩にかけてその体を引き寄せた。
そばにいる……最後まで彼がそばにいる……
空里も夫の手に自分の手を重ね、来るべき運命の瞬間に備えた。
「!」
ついにハッチが爆炎と共に弾け飛び、その中から威嚇のビーム斉射が放たれた。
ミツナリが大きく腕を広げて、その何射かを文字通り体を張って遮る。
ビームが止み、バンシャザム兵がサブブリッジに踏み込んで来た。
その後ろから長身の黒い影が、煙を引きながらゆっくりと現れる。
空里はその姿に衝撃を受け、ネープの手を強く握った。
まさか、あの女とこんなに早く再び相見えるとは思っていなかった……
「レディ……ユリイラ……」
両脇に、長い杖を構えた子供のような影を従え、仁王立ちするラ家の当主は、はっきりと空里を見据えていた。
その圧倒的な存在感に、シェンガも銃を構えたまま身動きできずにいる。うかつに応戦したら、一斉射撃で全員蜂の巣かもしれない……
空里は、仮面の下から覗くユリイラの赤い唇が動くのを見た。
真空に遮られて聞こえないが、その動きからはっきりと言葉が伝わる。
「遠藤空里……」
名前を呼ばれたのだ。
空里は全身に鳥肌が立つのを感じ、その後に続くかもしれない言葉をなんとしても聞きたくなかった。
仮面の貴婦人が長衣の下から得物を取り出した。
斬宙剣!
空里たちは惑星〈鏡夢〉での惨劇を思い出し、思わず後ずさった。
その時……
空里の足元にうずくまっていたドロメックが飛び上がり、ネープの眼前に躍り出た。頭をバイザーに押し付けて歪んだ声を送り込んで来る。
「イマダ! ゴー! ゴー! ゴー!」
ネープがすかさずナイフの柄で腕のボタンを叩くと、周りの展望窓が砕け散った。
ブリッジ内にわずかに残っていた空気が、砕けた強化硝子と共に気圧差で吸い出される。
空里はその一瞬の嵐に逆らって、 ネープの呼んだキャリベックがブリッジに飛び込んで来たのを見た。脚となる触手が、今はショックスピアーを構えている。これが外から展望窓を砕いたのだ。
「!」
レディ・ユリイラがシールドの中から飛び出し、空里めがけて斬宙剣を振りかざした。
だがその次元断層刃は届かなかった。
空里とその僕たちは強力な力で空中に吸い上げられ、さらに速度を上げてカグヤ宮から遠ざかろうとした。
空里は、いつかネープと共に月面に降りた時の感覚を思い出した。クアンタの敷設した重力導線が、また自分たちを支えて今度は宇宙へ吸い上げているようだった。
「スター・サブだ!」
シェンガが上空を指さして叫んだ。
一同は量子機雷の有効範囲の上を飛ぶ宇宙艦に向かっていた。
だが空里は眼下から目が離せなかった。
真空に生身をさらしたまま、はっきりと自分を見上げているレディ・ユリイラの姿から……
つづく