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十月は黄昏の銀河帝国 ⑪

11.三人の魔女

 クナナ=キ・ラと、ヌカカ=キ・ラは、この戦闘を心底楽しんでいた。

 高価な最新型完断絶シールド発生装置ジェネレータを手に、低重力の座礁艦内を舞うように走りながら、先導するレディ・ユリイラの行く手の障害をはらってゆく。
 この特殊なシールドはあらゆる攻撃を跳ね除けるだけでなく、触れた物質を圧壊させる力も持つ、危険なものだった。盾であり、同時に強力な武器なのだ。
 立ち塞がるゴンドロウワたちは、抵抗も虚しくことごとく蹂躙されていった。
 双子の姉妹は、自らの破壊行為を楽しみながら、何よりも敬愛する従姉妹の役に立っているという事実に陶酔していた。
 愛する姉様……レディ・ユリイラの刃として……

 ラ家の誇る超智戦略士ストルガンであるこの姉妹は、ネープたちのようにそっくり同じ姿をした十一歳の一卵性双生児だ。
 遺伝子レベルの高度な条件付けと英才教育によって、軍事から経済まで、ありとあらゆる分野における戦略に長けた一種の人工エキスパート。今回の銀河皇帝捕縛作戦において、バンシャザム部隊を編成し、第四惑星火星軌道に咲いた星百合スターリリィからの奇襲を計画したのは彼女たちだった。

 超智戦略士ストルガンの計算力、洞察力は、流体脳フリュコムによる高次元予測のほか、ありとあらゆる既存の知能をしのいでいた。さらに双子というキ・ラ姉妹の関係は、その能力を相乗効果で更なる高みへ昇華する役割を果たしていた。
 が、一般的に超智戦略士ストルガンは、人格上とても安定を欠く存在と言えた。
 特に攻撃性、弑虐性といった面での性癖の偏りが著しく、最上級の名門公家や事業組織においてもその扱いは手に余るものになりがちだった。そのため、現在超智戦略士ストルガンを使っているのはラ家の他、ほんの一握りの勢力だけなのだ。

 キ・ラ姉妹は、叔母が双子を懐妊したことを知ったレディ・ユリイラが、超智戦略士ストルガンとしての措置を決定し生まれた子供だった。
 それもあって二人はユリイラを実の母のように慕い、彼女の美貌と才覚にも憧憬の念を隠さなかった。その敬愛の情は、ユリイラと同じようなマスクを常時着用するという奇癖の形も取ったりした。
 そのユリイラから、新しい銀河皇帝を捕えるための作戦を任され、ユリイラ本人と同行出来ると聞いた時の喜びは、姉妹にとって至福といってよいものだった。

 二人は作戦立案にあたり、まず目標宙域である太陽系の時空を精査した。
 その結果、第四惑星に新しい星百合スターリリィが出現しているのを発見した。そこに種子があるはずはなかったが、皇帝の母星への帰還時、ネープのスター・サブが引き起こした時空の異変によって、現れたようだった。もしかしたら、第五惑星木星に咲いた星百合スターリリィが、時空を超えてそこに転移し複製されたのかもしれない。
 これは完璧な奇襲作戦のための僥倖と言えた。
 そして今、その作戦はいくつかのアクシデントにあいながらも概ね成功しようとしている。

 座礁艦の主通路を舞い飛ぶように走る仮面の女たちは、さながら天翔ける三人の魔女だった。

 この戦いが永遠に続けばいいのに……

 冷徹な状況計算と、進撃の恍惚感がない混ぜとなった姉妹の意識を、宇宙服のバイザーに表示されたアラートサインが遮った。
「! 姉様、いましばらくお待ちください」
 レディ・ユリイラは通路の床にふわりと降り立つと、双子の従姉妹を振り返った。彼女は、宇宙服も気密ヘルメットも身に着けていない。完断絶シールドに封印された気圧だけで普通に活動しているのだ。これは、キ・ラ姉妹から見ても恐るべき大胆さであり、また魅かれざるを得ない優雅な姿だった。
 姉のクナナがラ家当主の前に恭しく膝をつき、女神に仕える巫女のように言った。
「彼らが予定外の行動に出ました。艦尾を離れ、上層通路を通って艦首方面へ向かっています」
 レディ・ユリイラは少し首を傾げた。
 クナナが共有しマスクの裏に表示された情報を確認しているのだ。座礁艦内の情報はモニタ映像からすべての動体トラッキング信号に至るまで、キ・ラ姉妹のハッキングによって全軍に共有されていた。
 ユリイラは微笑んだ。
「面白いわね。まるで急な知らせを聞いて慌てているようだわ。予測される行き先は?」
 妹のヌカカも跪いて答えた。
「恐らく、最上層のサブブリッジです」
 ユリイラは一瞬でその意図を読んだ。
「迎えが来るということね。軌道上の艦隊は何も捕捉していないのかしら?」
 双子が完璧なユニゾンで答えた。
「していません」
 だとしたら、導かれる結論は一つ。
 迎えは強力な探知遮蔽機能を備えた艦艇に違いない。帝国軍の最新型センサーをかい潜るほどの遮蔽装置クローキングデバイスを持っている艦は、一種しかあり得なかった。
「急ぎましょうか」
 再び走り出したレディ・ユリイラを双子が追った。

 艦内のモニタ情報は、当然ネープやシェンガたちにも共有されていた。
 ミツナリの報告にあった三人の前衛の姿を見たシェンガは、上層通路を駆けながら思わず ネープに声をかけた。
「見たか?」
「……」
 ネープは応えなかった。
 このやりとりは空里にも聞かれているが、彼女は艦内モニタの映像を見ていない。もしこの三人の存在を知ったら、要らぬ動揺を招くと考えたのだった。
 特に先導する黒衣の女性の存在は……
「アサト、コースを変えましょう。一旦外に出て、そこからサブブリッジ・タワーのエレベーター・シャフトに進入します」 
「え? エレベーターを使わないっていうこと?」
「はい。敵は我々の動きを読んでいます。エレベーターの使用を察知されて電源を切られたら、一巻の終わりです」
 シェンガが聞いた。
「シャフトの中をよじ登ろうってのか?」
「この低重力下ならなんとかなる。アサト、いけますか?」
 空里はむかし、運動公園のアスレチックでやったネット登りを思い出していた。
 あれよりキツいことがありませんように……と心中で祈ってから答える。
「ん……がんばる」

 空里、 ネープ、シェンガ、それにドロメックはサブブリッジ・タワー基部のエアロックから外へ出た。
 戦いの舞台は完全に艦内へ移っているため、甲板上は静かだ。
 ネープはタワー外壁の小さなメンテナンスハッチを振動ナイフだけで破り、先んじてそこに入り込んだ。中から手を伸ばして空里を内部へ引っ張り込む。
 タワーの高さは約三十メートル。
 外壁の内側、エレベーターシャフトは構造材が剥き出しになっており、登るための手がかり足がかりには不足しないようだ。
「アサト、先に行ってください。何かあったら私が支えます」
 それは安心だったが、ペースメーカーとしての責任も感じながら、空里は内壁を登り出した。
「こういう時って下を見ちゃダメなのよね……」
 低重力とはいえ、運動に向いてない宇宙服を着ていては、なかなかピッチが上がらない。
「先に行くぜ!」
 敏捷なミン・ガン戦士はあっという間に二人を追い越して先頭に立った。
 その時……
 軽いショックの後、構造材にかけた手足から何かの音が伝わってきた。
 見たくはなかったが、空里は下を見た。
 エレベーターの箱である円形の反発場リパルシングリフトが上昇して来る!
「大変!」
 リフトとシャフト内壁の間には隙間があるので潰されるようなことはないが、追い越されたら中にいるであろう追っ手に先回りを許してしまう。
 空里はさらに手足を早く動かそうとした。が、行程はまだ半分にも届いていない。
「私があれを止めます! あなたは先を急いで!」
 ネープはシャフトの中空に身を投げ、ゆっくりとリフトの上に落ちて行った。

「 ネープ!」

つづく

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