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十月は黄昏の銀河帝国 ④

4.駆獣機(クーガー)

 まるで今の自分の境遇のようだ……

 元老院専用艦の居住区からドッキングベイへ向かう狭い通路に差し掛かりながら、ミ=クニ・クアンタは考えた。
 四方は元老院警備隊の屈強な兵士たちに囲まれ、逃げようのない状態で道はますます狭くなってゆく……正に、今の窮地そのものじゃないか。
 だが、時間は常に一方通行で流れてゆく。この先に何が待ち受けていようと、歩き続けるしかないのだ……

 通路の反対側から、大きな影が現れた。
 反発場リパルシングリフトに積まれた、乗員用食料のコンテナらしい。通路を半分以上塞ぐ形で、妙にフラフラとこちらに進んで来る。
 その向こうに、リフトを押す小さな人影が見え隠れしている。小柄で華奢な厨房係の女性クルーのようだが、まだ少女に見えた。新人なのかリフトの扱いに慣れていないようで、しきりに山積みされたコンテナの様子を確かめながら真っ直ぐ進むのに苦労している。
 あと少しでクアンタたちとすれ違うというところで、ついにリフトがバランスを失い、コンテナの一個が通路に転げ落ちた。
「あああああ……!」
 小柄なクルーはリフトの安定を立て直そうとして、かえって大きく傾ける結果となり、残りのコンテナも雪崩を打って転げ落ちてしまった。
「!」
 コンテナから中身の食料チューブが飛び出し、そのいくつかは潰されて中身まで飛び散り、たちまち通路は凄惨な有様となった。
 警備隊員たちはクアンタの身を固めたまま、後退りして巻き添えを避けた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
 哀れなクルーは途方に暮れながら、コンテナとチューブをかき集めようとした。だが、どうにも手のつけようがない。
「早く片付けろ!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
 ついに警備隊員の二人が見かねてリフトに駆け寄り、コンテナに手を伸ばして手伝い出した。
「ごめんなさい! ごめんなさ……」
 次の瞬間。
「い!」
 という声と同時にクルーの細い足が一閃し、かがみ込んでいた一人の警備隊員に延髄斬りを喰らわせた。
 たまらず倒れ伏した隊員の体を飛び越え、もう一人の首に手刀を叩き込みその場に沈める。
「!」
 突然の事態に残りの警備隊員たちはスタンガンを構えたが、少女の方がはるかに早かった。倒した隊員のホルスターからスタンガンを抜くと、正確に各人一射ずつの連射で全員の意識を奪った。
 一人呆然と立ち尽くしたクアンタの元へ近づき、少女は調理用のマスクを脱いだ。
 見覚えのある顔だった。
 なぜ見覚えがあるかもすぐ分かったし、その正体も知ってはいる。だが、個人として誰かは見分けかねた。何しろ、帝国にはこれと全く同じ顔の持ち主が数千から存在しているのだ。
「ミ=クニ・クアンタ元老院議員、銀河皇帝の名において身柄をお預かりします」
 さっき聞いたのとほとんど同じ言葉が繰り返された。
 少女はクアンタの手を取ると、ドッキングベイの方へ走り出した。
 君は誰だ? と聞こうとしたクアンタはもう少し具体性のある問いに切り替えた。
「君は何号だ?」
「ネープ三〇二です」

 * * *

「見えた!」
 多種波双眼鏡メタスコープで上空を見上げていたシェンガが叫んだ。
 カグヤ宮の最上部にあたる空里の部屋である。
 銀河皇帝の私室に無断で侵入したミン・ガンは恐らく自分が歴史上初めてだろう。だが、状況を正確に把握するためにはここからの観測が欠かせなかった。
 アサトも納得するさ。
 そんなことより今は、上空から超高速で飛来した物体の素性が問題だった。
「なんてこった……」
 スコープの画面にデータベースとの照合結果が表示された。
 ハダツ級高速弾道強襲揚陸艦。
 母艦のリニアカタパルトから超高速で射出され、通常では不可能な奇襲攻撃を可能にする帝国軍の艦だ。戦術目標の天体に到達するまで操艦の必要が無く、乗組員は耐重力アンジット液のカプセル内で待機している。その過程に耐えて到着後の作戦行動に出るには相当タフな部隊要員が必要だ。
 こいつは一筋縄ではいかねえ相手だぞ……木星守備艦隊のジューベーたちは何をしていやがった? 弾道揚陸艦ということはそれを打ち出した母艦がいるということだ。一体、どの程度の戦力で来やがった?
 スコープを振り下ろし、彼の主君がいるであろう〈虹の入り江〉の中心部に視線を走らせる。だが、すぐにはその所在を確認出来なかった。
 まずいことに、揚陸艦はそちらに向かって降下しいてく。恐らく感力場シールドの外に降りて、地上戦力を展開するつもりだ。
 シェンガは振り返ると、背後で膝を折り控えていたサブ・チーフ・ゴンドロウワに命令した。
「ミツナリ! 第一戦闘配備だ。宮の東南方面にデルタ防衛線を敷け。それからツノバチ級揚陸戦闘艇の発進準備だ」
 ミツナリと呼ばれた人造人間は応えた。
「シェンガ隊長、ツノバチ級は使えません。この衛星には大気がないので」
 シェンガはガァっと獣じみた唸り声を出して歯噛みした。
 そうだった。あれは対流圏内での対地攻撃用舟艇……かといって、対艦機動戦闘艇スター・ファイターでは出力が大きすぎて対地攻撃には使えない……まったく厄介なお宮だぜ……
 とすると……
「ハンガーにバトルカヌーはあるか?」
「四機あります。しかし人間クルー用の予備兵器で、ゴンドロウワには扱えません」
 ミン・ガンの戦士はニヤッと笑った。
「俺に扱えればいい。フル兵装ですぐ出せるようにしろ!」
 ゴンドロウワが命令を実行するために立ち上がると同時に、近衛隊長は通信回線を開いた。
「アサト! 急いで逃げろ! すぐ宮に戻るんだ!」

「了解! 今! 向かってる! から!」
 舌を噛まないように注意しながら空里は返信した。
 ネープは空里の運転に数倍するスピードで、月面車を飛ばしていた。
 彼らのコースとすれ違うように、巨大な影が低空をこれも猛スピードで飛び去っていった。その腹が感力場シールドに触れ、プラズマが火花となって飛び散る。
「宇宙船? 帝国軍なの?」
 前方から視線を逸らすことなく、完全人間の少年は空里の問いに答えた。
「強襲揚陸艦です。シールドの外に降りて、地上部隊を出すつもりでしょう」
 ネープが腕のスイッチを操作すると、空里のバイザーに映像が投射された。
 ゴンドロウワ、ゴンタのアイカメラから送られて来る映像だ。
 月面車の重量を軽くしてスピードを稼ぐため、ゴンタはシールドの設置現場に置いてきた。その際、斥候としての任務も与えてあったのだ。
 月塵レゴリスを撒き散らしながら着陸した強襲揚陸艦は、間髪を入れずに前面ハッチを開放した。ハッチが接地し切る前に、その奥から鈍い銀色の物体がいくつか姿を現した。
 戦車? 装甲車?
 どちらにも見えたが、物体は少し進んだところで下部から足を出して四足獣の様に立ち上がった。獣なら頭部に当たる最前部のユニットを巡らし、獲物を探すようなそぶりを見せる。
 その内一体が、カメラの方をまっすぐ見据えたかと思うと、だっと跳躍して一気に近づいて来た。
「!」
 物体の頭部が大映しとなり、そこから金属製の三又フックが飛び出し……
 ……次の瞬間映像はブラックアウトした。
 まるで獣に襲われて喰われたような……
「何あれ……?」
 ゴンタの最期を察し、鳥肌が立つのを感じながら空里が聞いた。
駆獣機クーガーです。機械生物をベースにした戦闘用騎獣ですが、扱いが恐ろしく難しい。使えるのは帝国軍でも一部の特殊部隊だけです。恐らく……」
 言葉を続ける代わりにネープはアクセルをさらに踏み込んだ。
「カグヤ宮に着いたら直ちに月から脱出します。ここで戦っても我々に勝ち目はありません」

 空里は戦慄した。

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