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十月は黄昏の銀河帝国 ⑥
6.シェンガ特攻
駆獣機の頭部から金属製の三又顎が恐ろしい勢いで飛び出す。
ネープはすかさずハンドルを切り、すんでのところで荷台に噛み付かれるのを回避した。だが、それもいつまで続けられるか分からない。
追いすがる三機の駆獣機が立てる地響きと月面車自体の振動で、空里の体は激しく翻弄された。シートベルトをしていなければ、たちまち放り出されていただろう。
前方からエネルギービームの火線が立て続けに走った。
第二防衛線からの攻撃が、両端の二機に加えられたのだ。だが、駆獣機の感力場シールドはそれをものともせず弾き返している。
ネープが命じた。
「第二防衛線! 敵機本体ではなく進路直前の地面を狙え! 足止めを図るんだ!」
ゴンドロウワたちは直ちに反応し、一斉射撃で眼前に広がる月塵が爆煙を上げて吹き飛んだ。
ネープの狙いは功を奏し、両端を走っていた駆獣機たちは足を取られて進路を変えた。一機はそのまま横転し砂埃を撒き散らしながら滑ってゆく。
そこへビームの集中砲火が襲いかかった。
防衛線に腹側を見せて倒れた駆獣機は、足元に開いたシールドの切れ目からそれをまともに喰らい、爆発四散した。
今日、最初の戦果だ。
だが、真後ろの敵は迷うことなく月面車を猛追した。
「アサト! しっかりつかまってください!」
言うが早いか、ネープは急ハンドルを切りドリフトでUターンをきめた。
すぐ脇を通過していく駆獣機の巨体が危うく月面車を踏み潰しかける。
ネープは進路を宮の方向を戻そうと、再び急ハンドルを切りながら加速をかけた。
だが今度は、もう一機の駆獣機が正面に回り込んできた。たった今やり過ごした一機も大回りをして、再び後ろから追いすがる。
挟み討ちだ。
その時、前方から迫る駆獣機の眼前を何かが横切り、直後に大爆発が起こった。
何者かが駆獣機の進路に熱核弾を投下して大穴を開けたのだ。
正面の闘獣機は致命的な勢いで穴に突っ込み、そのまま動かなくなった。
「どうだ! 一丁あがりだぜ!」
コムリンクからミン・ガン戦士の声が響いた。
空里は見覚えのある小さな乗り物が上空を旋回してこちらへ飛んで来るのを見た。
かつて地球を出発した時、送り狼のように襲ってきた単座戦闘宇宙艇だ。
ネープがコムリンクに言い返した。
「まだ終わってない。後ろのもう一機もなんとかしろ」
「クー! 可愛くねえなあ。今の手はもう使えねえよ。そのオンボロも巻き添えになっちまうからな」
「他の手はないのか。考えろ」
「ないこともねえよ。ちょいと際どいやり口だがな」
バトルカヌーは上空を旋回し、月面車のはるか前方へ飛んで行った。視認出来るギリギリの距離で再び旋回し、高度を下げると地面スレスレの位置でこちらへと向かって来る。
シェンガが言った。
「センサーによると奴らのシールドは正面、足の間に地面から数十センチまでの隙間がある。あとは分かるな?」
ネープは理解した。
空里はしなかった。
「え?! どうする気?!」
運転席の少年は細々と説明はしなかった。
「もうすぐ右に急カーブを切ります。しっかりつかまっててください」
その先の事態を察して空里は叫んだ。
「ダメよ! シェンガ! 無茶はやめて!」
「アサト、これしか手はねえんだ。振り落とされるなよ!」
月面車とバトルカヌーは結果の決まっているチキンレースを突っ走った。
駆獣機はあと少しで月面車に喰らいつけるほどに接近していたが、出しぬけにその速度を緩めて急制動をかけた。正面から突っ込んでくるバトルカヌーの意図に気付いたのだ。
だが、時すでに遅しだった。
「!」
激突寸前、ネープは右へ急ハンドルを切りバトルカヌーに進路を開けた。
空里はのしかかるGに思わずギュッと目をつぶる。
直後、シールドの隙間から駆獣機の腹の下に突っ込んだバトルカヌーは大爆発を起こした。手持ちの熱核弾を全て起爆したらしい。
月面車も爆風に煽られ、あわや横転するところだった。
「シェンガ!」
空里は停止した月面車から飛び降りると、舞い上がる月塵の砂煙に駆け寄った。駆獣機の姿は跡形もない。
「シェンガ……」
まさか、まさか、こんな形で彼を失うことになるとは……
「俺の命はアサトのもの」と言っていたシェンガの言葉を思い出す。
でもこんな風に命を返せなどとは思ってもいなかったし、分かっていたら絶対許さなかった……
その場にへたり込んだ空里は、涙に濡れた唇から声を絞り出した。
「バカ……」
「誰がバカだって?」
コムリンクからの声に、空里は首を捻ってその主を探した。
見ると、駆獣機が消えたところから大分離れた砂煙の奥に、小さな宇宙服の影が見えた。
「ミン・ガンの運動神経をなめるなよ」
「シェンガ……飛び降りてたの……?」
「当たり前だろ。俺が死んだらこの先誰が近衛隊を仕切るんだよ」
自信満々の軽口に、空里は立ち上がって人猫に駆け寄るとそのヘルメットをポカポカと叩いた。
「お、おいよせよ!」
「バカ! バカ! あんな無茶をして! 死なないまでも大怪我したらどうするの!」
空里の肩に少年の手が伸び、主君の暴力を止めた。
「アサト、まだ終わっていません」
ネープは全く動じていない。彼はシェンガが飛び降りたことを見て知っていたのだ。
いや、初めから彼がそのつもりでいたことも察していたに違いない。
空里は勝手に勘違いして仲間の死にうろたえた自分が、急に恥ずかしくなった。
「アサト、車でミン・ガンと一緒に宮へ戻ってください」
「え? あなたはどうするの?」
「追撃を食い止めつつ、脱出までの時間稼ぎをします」
シェンガが目を剥いた。
「丸腰で、かよ」
完全人間の少年は宙空を指差した。
「武器なら今届いた」
空里とシェンガが見上げると、反発場フィールドの上を走る機械生物が見えた。呼び出し信号を受信してカグヤ宮から飛んで来たキャリベックは、地上に降下し主との合体態勢を取った。
積んであったショック・スピアーを取り、人造馬の前足に自分の足を通したネープは、空里がいつか見たケンタウロスの姿になった。
「アサト、また少しの間離れますが、すぐ戻ります。必ず戻ります」
その言葉に、空里ははっきりとあの「約束」が生きていることを感じていた。
「ネープがやらなきゃいけないことなんでしょ? だったら止めない」
「すみません……敵は恐らく我々ネープに古い因縁のある相手です。私が前面に出れば、あなたへの注意は確実に削がれるでしょう。宮で安全を確保し、ミツナリに命じて脱出準備をしていてください」
「安全」という言葉に、空里は懐かしい思い出となった言葉を思い出した。
彼も覚えてるかな? ちょっと意地悪してみようか?
「あなたの後ろがどこよりも安全なんじゃなかったっけ?」
年下の夫は、少し目を細めてうつむきかけた。
あ、もうちょっとで笑顔になりそう……
「……混ぜ返さないでください」
そう言って、空里のヘルメットに手を伸ばす。強化バイザー越しでも頬に温もりを感じる気がした。
ハリウッド映画ならここでキスするところなんだろな……ヘルメット邪魔だな……
「ごちそうさまってとこか?」
ミン・ガンの近衛隊長が大あくびをした。
銀河皇帝のメタトルーパーは月面を蹴ると、低重力の真空を高々と舞い上がって飛び去った。
つづく