見出し画像

十月は黄昏の銀河帝国 ⑮

15.御前会議

 クアンタ、シェンガ、ミツナリ、そしてネープとミマツーを前にした空里は、本当に頼れる人たちだけに囲まれているのを実感した。

 これまで、銀河皇帝と呼ばれた者たちがどれだけの数のどんな優秀な取り巻きに支えられていたか知らないが、自分にはこの人たちしかいないのだ。さっき、クアンタを親代わりと呼んだように、彼らはもはや自分の家族みたいなものだ。現にネープは夫だし、少女ミマツーは小姑だ。
 だとしたら、その他のネープも……銀河帝国に存在する数万の完全人間が、すべて親戚ということになるのか……
 空里は頼もしいような、空恐ろしいような不思議な感慨を覚えた。

 そんな他愛無いもの思いは、銀河帝国における政局と空里の立場を伝えるクアンタの報告の間に霧散してしまった。

「つまり……アサトは一月足らずの間に元老院に出てその原典管理師クォートス審判とやらを受けないと、皇帝の座を追われるってことか」
 シェンガが状況を簡潔にまとめた。
「うむ。それも元老院拡張空間での出廷は認められない。原典管理師審判は原典の保管されている惑星〈無天函ファルカン〉でのみ行われるのだ」
 クアンタが手元の機械を操作し、会議卓の上に銀河系の立体映像が現れた。
 地球、惑星〈無天函ファルカン〉、そして ネープたちの本拠地〈青砂〉の位置が光点で示されている。
 惑星〈青砂〉は銀河の中心を挟んで地球の反対側。
 〈無天函ファルカン〉は直線距離でそれほど遠くない、銀河のやや中心寄りに位置している。
「しかし〈無天函ファルカン〉に至る超空間路リリィウエイは限られている。この領外宙域からそこへ至るには、星百合スターリリィをいくつも経由して飛ぶ必要がある」
 立体映像が切り替わり、銀河のイメージが消えて超空間路リリィウエイ網の模式図になった。
 地球の近くにあった〈無天函ファルカン〉は一気に遠ざかり、複雑な超空間路リリィウエイ網の一箇所から伸びる一本の細い線の先に移動した。
 ちょうど〈青砂〉と入れ替わるように、超空間路リリィウエイ網の中心を挟んで地球の反対側になっている。
 空間地理的な距離や位置と、星百合スターリリィが結ぶ超空間路リリィウエイ網上のそれらは全く関係ないのだった。
 空里はつぶやいた。
「遠い……」
  ネープが顔の前で指を組みながら言った。
は、そこまで見越して罠を練ったわけですね」
「恐らくな。問題は星百合スターリリィの間をどう渡り歩いて〈無天函ファルカン〉に至るか、だ」
 そう言うとクアンタは、太陽系と〈無天函ファルカン〉の間を走る複雑な超空間路リリィウエイを二本、色違いに光らせた。
「近道は二つある。青い経路は、主に銀河の西域星区を通るルートだ。この一帯は政情も帝国の皇識プログラムも安定している」
「皇識プログラム?」
 空里の問いに、シェンガが我がことを自慢するように答えた。
「つまりな、いま帝国ではどんな場末の自動ドアでもアサトの前で開くし、どんな強力な兵器もアサトの前ではオモチャになっちまうんだ。行政システムや軍事システムを走ってる皇識プログラムのおかげでな」
「あんたの生体情報は、銀河帝国で最も強力な鍵と安全な盾になっとるんじゃ。だが、その存在は察知されやすい。そして敵はシステムを掻い潜って、あんたを足止めする手立てをいくつも持っておるだろうて」
 クアンタに続いてネープが捕捉した。
「月に攻めてきたバンシャザムは、駆獣機クーガーや量子機雷といった帝国軍のシステムから切り離された兵器を持ち込んでいました。であれば、敵が同様の宇宙艦隊を保有していたとしてもおかしくない」
「つまり一見、安全そうだが危険が見えにくい経路ということだ。そして……」
 クアンタはもう一本の光の線を強調して見せた。
「もう一方の赤いルートは、東南域星区を通ることになる。こちらは西域に比べ、目に見えて物騒な経路だ」
  ミマツーが言った。
「今は特に危険です。くさり座宙域の紛争が再燃し、ところによっては帝国のシステムも不安定化しているでしょう」
「それだけに、敵も動きにくい。うかつな行動に出れば地元の公家や勢力と余計な摩擦を起こすことになる。紛争の火の粉をかぶるかも知れんし、ラ家や皇帝に対する感情も複雑な宙域だ。つまり……」
 クアンタの説明を空里は自分で引き継いだ。
「つまり、どっちの経路も危険なことに変わりなくて、好きな方の危険を選べ……ということですか」
 クアンタが深く頷いた。
「実に的確な要約だよ。選ぶのはもちろんアサトじゃが、その前に皇冠クラウンにも相談してみることを勧めるね」
「あ……」
 空里は忘れていたその存在を思い出し、足元のバックパックから石の円環を取り出した。
 銀河皇帝の象徴にして、紐付けられた持ち主だけに情報と智の力を与える小さな機械生物。
 空里が頭に載せると皇冠クラウンは大きさを変え、ピッタリとおでこまわりに収まり……直後、持ち主に「うっ」という声を伴うしかめ面をさせた。
「どうしました?」
 ネープとミマツーが同時に聞いた。
皇冠クラウンに……怒られた」
「怒られた? その輪っかにか?」
 シェンガが呆れ顔で言った。
「うん……もっといつもかぶってなきゃダメだって。月からの脱出ももっと早く出来たって。そんなこと言ったって、これ着けてるとヘルメットかぶれないし……」
 誰にともなく言い訳しながら空里は立体映像に向き直り、皇冠クラウンの答えを待った。
「そう……赤い方の、東南星域ルートしかないって。でももっと早く目的地に辿り着く手段が……いや、それはちょっと……」
 空里は首を振って皇冠クラウンを抑えるように手をかざした。
「何か、別案が出たのかね?」
 クアンタが聞いた。
「うん。ゴンドロウワ艦隊と合流して、最短コースを強行突破しろって……」
「いいじゃねえか! なあ、ミツナリ」
 サブ・チーフ・ゴンドロウワは目を光らせて応えた。
「望むところであります。今度こそ全軍を挙げて、陛下に勝利を差し上げたいところであります」
「そうだ! いっそのことラ家の息がかかってない帝国軍にも招集をかけてだな……」
 好戦的なミン・ガン戦士の声にクアンタは同意しなかった。
「今の段階で帝国軍はあてにできん。味方のふりをした刺客に紛れこまれたら終わりだ。ネープ艦隊なら話は違うだろうが……」
 水を向けられ、ネープは答えた。
「ゴンドロウワと合流後、〈青砂〉へ直行すれば援軍は望めます。確かに〈無天函ファルカン〉への到達も成功する公算は一番高い。しかし……」
 皇冠クラウンを着けた空里にもその先は見えた。
「反皇帝派と全面戦争になる……ってことよね」
「はい。周辺を巻き込んでの内戦に発展するのは、避けられないでしょう」
「それはダメよ……危ない橋を渡るのは私と限られた人たちだけにしたい。ごめんね、ミツナリ」
 ゴンドロウワは人間臭く首を振りながら言った。
「謝られることはありません。全ては陛下の御心のままに……」
 クアンタが指で会議卓をカッと鳴らし、決議を下す議長のように言った。
「決まったな。民草をおもんばかる、慈悲深き皇帝陛下のみことのりじゃ。我々は星百合スターリリィの道を東まわりに辿り、地雷を踏まぬよう足元に気をつけながら、裁きの岸辺に向かおうぞ」
 老議員の芝居がかった口調は、少しだけ場の空気を緊張から解いた。
 ミマツーが空里に聞いた。
皇冠クラウンは、また怒ったりしていませんか?」
 銀河皇帝はちょっと首を捻り、心中に届く声を聞いて……意外にも笑みを浮かべた。
「ううん、賛成みたい。内戦勃発に比べたら、私の失脚が帝国にもたらす不利益は微々たるものだって」
「ひでえな。誰の味方なんだよ、その輪っかは」
 そういうシェンガの声も笑っていた。

 数日後……

 スター・サブは火星軌道に到達した。
 太陽系に咲いた第二の星百合スターリリィの存在はネープたちにも察知されており、クアンタとミマツーはそこからやってきたのだった。
 ゴンドロウワ艦隊との連絡も、通常電波の通信で取ることができた(三十分ほどのインターバルはあったが)。
 空里はネープと相談し、ゴンドロウワたちを〈青砂〉へ向かわせることにした。
 自分たちの後を追わせて支援させることも検討したが、彼らの動きで反皇帝派に居場所を察知されるリスクの方が大きいという結論に至っていた。
 帝国領内に戻れば、高次空間波ハイパーウェイブ通信も回復するはずだ。
 ゴンドロウワとネープがいつでも空里の命で動けるところで一緒にいるという状況は、敵に対しての牽制となるに違いなかった。

「アサト陛下のご無事を祈念しております。必要な時は、いつでもお呼びください」
 ジューベーの頼もしい言葉が、スターゲート通過前に届いた。

 やがてスター・サブのビュースクリーンに、火星と星百合スターリリィの姿が大映しとなった。

「一つの太陽系に、二つの星百合スターリリィか……」
 ブリッジのバケットシートに身を沈め、ミ=クニ・クアンタが呟いた。
 空里はその口調に何か苦いものを感じた。
「気になることがあるんですか?」
「この星百合スターリリィは偶然ここに咲いたわけだが……〈法典ガラクオド〉は、種子を持ち込んで一つの太陽系に二つ以上の星百合スターリリィを設けることを禁じているのだ。空間の安定性という観点からはあまり望ましいこととは言えんのだよ」
「怖いですね……でも、私はこの星百合スターリリィが開くゲートの先がちゃんと思い通りのところにつながっているかの方が気になります」
「ああ、〈鏡夢カガム〉へ行ってしまった時の事故だな?」
「私、思うんです。星百合スターリリィには人間みたいな意志があって、ゲートの先の道を自由に変えられるんじゃないかって。超空間路リリィウエイ網は不変に見えるけど、が何かを望んだらそれも変えられてしまうのかもって」
「だとしたら、あんたたちが〈鏡夢カガム〉へ行ったのは、星百合スターリリィが望んだから、ということか。あり得なくはない話……かもな」
 操舵席に着いたネープが空里の方を振り返った。
 どこに辿り着いても自分がいる……その目はそう言っているようだった。
 空里は心の底からの信頼を込めて、その目を真っ直ぐ見返した。

 ナビゲーター席からミマツーが呼びかけた。
「陛下、日本語の放送電波を受信しました。お聞きになりますか?」
 空里は返答を一瞬ためらった。
 どうしよう?
 ネープやミマツーとは翻訳環リーリングなしで会話出来ているが、それ以外の日本語を聞くことはもう二度とないだろう。
 未練がわくかも? でも……
「うん、お願い」
 ブリッジに日本語による会話の音声が流れた。
「めっきり、涼しくなりましたね!」
「はい。今日、十月八日は二十四節気のひとつ、寒露です」
 十月なんだ。
 遅くとも十月が終わるまでに、自分は目的地に辿り着かなければならないわけだ。
 銀河帝国に十月はないのに……

 まあ、いいや。
 十月も一緒に銀河帝国まで連れて行こう。
 すべてが終わったら、そこで古いカレンダーは捨て去って、新しい暦と生きていけばそれでいいじゃない。
 新しい暦と、新しい家族と、彼と一緒に……
 どこで?
 星百合スターリリィさん……私たちは最後にどこへ行くの……?

 ビュー・スクリーンに映った空間が歪み始め、それに連れて日本語を乗せた電波は弱くなっていく。
 そして、スター・サブはスター・ゲートを潜って超空間へ飛び込んでいった。

 星百合スターリリィの導くままに……

つづく

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集