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銀河皇帝のいない八月 ①
プロローグ
木星軌道に星百合が咲いた。
巨大な百合の花の形をした、無機鉱物のような物質からなる何か……
しかしそれは生きている。
生物なのだ。
星百合はあるとき忽然と宇宙のどこかに咲き現れ、星々の間に道をつくる。
ほどなく、その道のゲートとなる空間の歪みが、衛星カリストのすぐそばで発生した。そこから小さな光が飛び出し、亜光速で木星圏を脱すると太陽の方へと進路を取った。
数時間後
銀河皇帝のいない八月 ⑥
9. 決断
翌朝……
顔だけ洗った空里は、校庭に出てスター・コルベットに向かった。
今日もいい天気……
ランプウェイの手前では、銅像のようなチーフ・ゴンドロウワが空里を迎えるように立っていた。
「おはよう」
「オハヨウ」
「!」
「おうむ返ししているだけですよ」
ランプウェイの奥からネープが言った。
「ああ、びっくりした……」
「もう少し経験値が上がれば、他のこともしゃべるようにな
銀河皇帝のいない八月 ⑦
10. 東京消滅
ネープがトリガーボタンを引くと同時に、あたりを白い閃光が包んだ。
そして静寂が訪れた。
風は止み、スター・コルベットを中心とした小さな空間は安定した空気に包まれていた。
が、その外は嵐だった。
白く輝く嵐が渦巻き、何もかもを消し去るように吹き飛ばしていた。
四階建ての校舎も、その周りに建つビル群も、白い闇に呑み込まれ消えていった。
世界そのものをジューサーミキ
銀河皇帝のいない八月 ⑩
第二章
1. レディ・ユリイラ
身長二メートル。女性である。
漆黒のローブをなびかせ、謁見ホールに続く廊下を歩む細身の姿は、優雅さと同時にとてつもない危険も感じさせた。ローブの下から見え隠れする、レザースーツの赤いラインが、浮き出した血管のようにも、獲物の返り血の流れたあとにも見えるのだ。
長い黒髪。透き通るような白磁の肌。鼻筋、口元、頬から顎にかけての線は、銀河系文明に属する多くの種族
銀河皇帝のいない八月 ⑪
2. 爆心地の浜辺
東京が消滅して一週間が経った。
破滅的な〈白い嵐〉によって首都とともに政府を失った日本の政治家たちは、県知事連を中心に連絡網を構築し、国体の維持になんとか動き出していた。
そして、大阪に置かれた暫定政府によって、状況を把握するために自衛隊が派遣され、東京が半径数十キロに渡って広がる砂漠に近い荒野と化したことがわかった。その中心域は「爆心地」と呼ばれ、大きく広がった東京
銀河皇帝のいない八月 ⑫
4. 〈青砂〉の少女
日本政府の立ち入り禁止令を無視して爆心地に入ったCNNの取材チームは、数人の行方不明者を出して命からがら帰還した。
その取材行為自体も問題視されたが、彼らが持ち帰った映像の中身は、そんな瑣末ごとをどうでもよく見せるに十分な内容だった。
遠藤空里という女子高生とその異様な取り巻き……〈星百合〉による超空間ゲートウェイ網と銀河帝国の存在……さらに、一介の女子高生である空
銀河皇帝のいない八月 ⑬
5. 旅立ち
「じゃあ、始めるわね」
半壊した部室棟の屋上でケイト・ティプトリーは言った。
右手に持った小さなジンバルスティック付きのカメラに向かって英語で何か喋り出す。いつか、その映像を見るであろう視聴者たちに、これから起こることを説明しているのだ。
ティプトリーはポケットに忍ばせていたそのカメラで、空里と僕たちの取材を続けていた。彼女自身、まだ彼らの話に対する疑いを払拭しきれないま
銀河皇帝のいない八月 ⑭
6. 星百合
「オーマイ……オーマイ……」
空里のシートにしがみつきながら、ケイト・ティプトリーはうわ言のようにつぶやき続けた。まさか、本当の宇宙旅行になると思っていなかった彼女は、目の前の現実と、今まで空里たちから聞いた話のすべてがウソではないのだという現実の両方に押しつぶされそうな思いでいた。
度を失いかけていたのは空里も同じだったが、すでにネープとの大冒険を経験していたことで、まだ冷