見出し画像

魔法少女をやめても。〖想像していなかった未来 応募エッセイ〗

♡大人になりたくない魔法少女


19歳。
わたしは魔法少女だった。
何をいってるんだ、中二病か、電波ちゃんかと思われてしまうかもしれないけど、たしかに、わたしは魔法少女だった。

少女だった。大学生で、髪をピンク色に染めて、LISTEN FLAVORに身を包んで、自分は無敵だと思っていた。

そして同時に、わたしはなんて無力で、よわくて、(なにか大きな世界とか世間というものに)あっというまに屠られてしまうような……どうしようもない存在なんだろう、とも思っていた。

恋に恋して夢に泳いで、そのくせ、「恋愛」も「結婚」も理解不能で気持ち悪かった。

その不安感と、ゆらぎと、狂気のような全能感をほかの女の子たちのように身にまとっていて……つまるところ、わたしは魔法が使えたのだった

ほかの女の子たちのように……。

大人になるのが怖かった。
「女」になるのが怖かった。
大人の女になったら、魔法が使えなくなる。
魔法を使えなくなるのが怖い。怖い。こわい!(ジーザス!)
恋に恋する少女は、世間ではシャープペンと呼ばれている、魔法のステッキにすがりつきながら、成人の日にふるえることしかできなかった。
まだ不格好な絵を描くことしかしらない、購買で買った100円のシャープペンにすがりつきながら……。

魔法少女の呪文は恋の魔法だ

魔法少女が、どうやって人を愛するか知ってる?
……悪い質問だったかも。
魔法少女は、人を愛さない。彼女たちの「愛」は、うつくしいエゴなのだ。

宝石のような、きらきら光る、甘くてルナティックなエゴ。

恋する魔法少女は、「愛」する相手に自分の心臓をささげる。


(その相手は、男だったり女だったりどちらでもなかったり架空の存在だったりする)
彼女は―かつての私も―自分の心臓を、相手にぐいっと握らせる。まだどくどくと脈打つ、その心臓!
彼女の生き死にを、実存を、愛する人に掌握させてしまうのだ。

依存だ―と人は笑うかもしれない。
だけど、一番気持ちよくて根源的な恋ってそういうものだと、わたしは思う。
夜の、夢の、あらゆるものの境界がなくなった世界の、官能的な歓び!
もし一つになった二人のあいだに亀裂でも入ったらたいへんだ。小さなひびは瞬く間に裂け目となり、ぱっくりと開いた傷口から真っ赤な血液がふきだす。

血の流れない恋なんて、恋じゃない!
ももいろの花が咲き乱れる愛の花畑を、恋するふたりの赤い血が染めてからが恋の本番だ。
LINEの交換も、公園デートも、魔法少女の世界ではただの前戯にすぎない。

♡魔法少女と成長、失われる魔法

恋って本当に、死への衝動。


こんなタナトスを人類が飼いならすためには、生殖と家庭と恋慕をひとつに束ねて結婚という制度におしこめるしかなかっただろう……。
産み、育て、経済を回すための制度に閉じ込められた愛の女神がかわいそうな気もするけど、
そうでもしないと、きっと戦争より多くの人が死ぬ。乙女の一途な恋心によって……。

でも、魔法少女はやがて気付く。
自分の心臓を相手にゆずりわたすような「恋愛」をしていては、自分も相手も死んでしまうと。
少女の体も、心も大人になっていく。
幼い衝動は、安定と継続を求めるようになっていく。そして、生きるために必要な現実に気付く。

魔法の力が弱まっていく……。


就職、生活、人間関係。人としての人生。
あらゆるものが迫ってきて、そうして少女は、大人になることを迫られる。
もう魔法は使えない。
ピンク色の髪は黒く染めなおされ、社会にコミットし、友愛をはぐくむすべを身に着ける。

25歳。
わたしは大人になる。

なるほど、ハッピーエンド。
少女はこうして、ちゃんとした大人になりました。
これは、そんな成長物語。めでたしめでたし……だ。

でも……誰かが叫んでる。


こころの中でもう一人のわたしが叫んでる。
魔法少女だったころのわたしの死体が、死にきれなくて、騒いでる。
そんなんじゃ味気ないし可愛くないよ。
こんなわたし、わたしじゃない。
叫んでる。叫んでる。叫んでる……
こんなのはイヤ!イヤ!押さえつける。もう大人なんだから。子供じゃないんだから。モラトリアムは終わった。
生きなきゃ。生きるしかない。稼がなきゃ。自分の市場価値をあげろ。生きろ、生きろ、生きろ……

♡魔法を取り戻すまで

そうして何年か暮らした。
社会人。世間一般的なOL。何の変哲もない人生。
なのに……私はある日、ぶっ倒れた。

電車に乗っていたら、息ができなくなった。緊急搬送されて、パニック発作とか鬱とか言われて、記憶がなんだかおぼろげなまま家に帰った。
療養のために森の奥のおばあちゃんの家に引っ越して、ずっと寝てた。何か月も、何か月も……。

季節が巡るにつれて、
そのうち、起き上がれるようになってきた。
おばあちゃんと森のなかを散歩した。スミレが咲き、たんぽぽが広がる道を、ヘビイチゴを踏まないようにゆっくり歩いた。
土の感触が心地よかった。

ツユクサの花が咲いて、大雨が降って、ひまわりが咲き始めたころ、
わたしは本を読めるくらいまで回復した。
久しぶりの文字!
空白の時間を埋めるように、私は文字への飢えを満たし始めた。

世界中の文学からエンタメ小説まで、読みまくった。
読むというより、食らった。がつがつと、文字を飲み込み、言葉に食らいついた。

そして夏がおわり、秋がおわり、彼岸花が咲き……

ある日、目覚めた私は、魔女になっていた。

わたしは再び、魔法が使えるようになっていたのだ。
不思議な感覚だった。
でも、はっきりと分かった。
あれ、魔法が使えるようになってる」という感覚が、稲妻のようにぴりっと、それでいてストンと腑に落ちた。

だけど、その魔法は魔法少女だったときに使っていた魔法とは、ちょっとちがった。そこにはもう不安も、ゆらぎも、全能感もなかった。
あったのは、私はただの私にすぎないという、さわやかな諦念。

大地を踏みしめる感触。草のにおい。
ごはん粒の一粒一粒のおいしさ。
飼っているいぬのやわらかい感触。

そして、無限の想像力と、心臓が鼓動している感覚

かつては愛するだれかに、
そして次は社会に譲り渡した、わたしの心臓!

いつの間にかそれは、
わたしの中に帰ってきていた。とくとくと脈打っている。
そして私は気づいた。

あたらしい魔法の使い方に。
魔女としての魔法の使い方を、そのときの私はふわりと会得したのだった。

魔女は自分の心臓を、だれにも譲り渡さないのだ!


たとえ心を開いても、情にほだされても、だれかを好きになっても!
……自分の、こころの奥の奥のやわらかいところにある、鋼鉄の心臓だけは、自分自身で握りしめて離さない。

魔女はもう、知っている。

心臓をだれかに、または何かにゆずり渡してしまったら、
私は私でなくなると。

だから、色んなものに影響されたり、ゆさぶられたり、出会ったり、引っ張られたりしながらも、自分の鋼鉄の心臓だけは、自分自身でぎゅっと掴みつづけている。

―離さない!ぜったいに。
……わたしは決めた。

自分は自分。まどわされるな。

―生きろ!

それが、私が私であること。魔女であること。

わたしは再び、魔法を使うためにペンをとる。
そして書く。書きなぐる。
わたしの心臓のかたちをうつしとるように!
手に汗がにじみ、血が沸き、肉が躍る。わくわくわくわく。
私は自由だ!

そうやって書いているうちにわたしは、同じように自分の心臓を握りしめているほかの魔女と、魔女見習いたちの存在に気付く。
ときに強い意志を込めた瞳で。ときにおぼつかなく。
ときには自分の手を心臓から引きはがそうとする何かにのたうち回りながら。

わたしは彼女たちに出会う。そして、みつめる。
わたしは彼女たち(彼、もいる)が自分の心臓を握りしめて離さない姿を見て、愛おしく感じている自分に気付く。

自分の心臓をわたさずに、相手の心臓も奪わずに、
人を愛するすべを知る。

知っていく。

まだ知ったばかり。

♡これからの、想像できない未来

わたしの魔女修行はまだ、始まったばかりだ。

それに、もしかしたら私はまた魔法なしで暮らすことを選ぶかもしれないし、心の底から心臓をささげたくなる相手に出会うこともあるかもしれない。
でも、それはずっと先のお話。

大人になるのが怖かった魔法少女は、魔法を失わずに大きくなり、魔女になった。

想像していなかった未来!
だけど、すてきな未来。

わたしの人生に今後何が起きるのかは、
まったく想像ができないけれど、想像力とペンで魔法を使いながら、なんとか切り抜けていくつもりだ。

今日はとりあえずお茶でも飲んで、新しい魔法の勉強をはじめようと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?