姪と少尉
川の淵の時計のように揺れるところだけ柔らかく触れ、姪は少尉のことを筆記体で綴ろうとした。荷物を持たない姪の手は倫理の外にあり、液体の郵便を待っている。日光を透過させる耳。ホウセンカの種子を指でこすったことがあっただろうか。毛糸の小鳥が飛び出す仕掛け絵本に触れたとき姪は、犯罪をそっと皮膚でおこなう青年に懸想して、夏野菜を皿のすみに残した。シメスヘンという部首を何度も練習する直後になると思うから、潤沢な握手、交わすことにきっとうろたえる。
ふと森林のような風邪をひきたい、と呟いた姪は、小さな庭を育てたことを、少尉に伝えるのを明日に控えていた。憲法の講義のような微かな嫉妬を感じるギャラリーで、抱擁した記憶から話すつもりで。そして、間引いた根菜の葉を丁寧に拾い集めて、庭の勝手口だけは開け放って置くように、と真昼の弟に諭すみたいに向かい合う。すると絵本の中のキツネが遠巻きにして、出血を求めているのがわかるはずだ。少尉の静脈をみれば、それを啄むのが椋鳥では十分でないから。
姪は、弟がよく抗生物質をのむときに寄り添った。粉薬をきまって逆光でながしこむから、弟の咽が一瞬失くなったように見えた。そして薬の中には姉弟の、湖水浴の記憶が含まれていた。足だけ水浴びが許される弟。弟の乾いた咳をききながら淡水のなかを深く泳ぐ姪は、今なら鉛筆だけで、自分の体を描ききれるかもしれないと思った。
少尉は几帳面な雑談のように放尿することも厭わない。今日は手紙を届ける、というのが口実だった。封書の中に入り込んだ小さくきられた爪が誰のものかわからず、流木の温みに似た送り仮名がしたためられていた。昨日が祝日だったかのように畑に落ちている老眼鏡。夏野菜のところに半分うもれている。なぜかそれで完全に近いと思った。だから少尉に気づいてほしくないし、姪も保守的に果実を煮込む手をとめない。日毎訪れるということは、もう恋人なのだろうか、と思い馳せながら。
ココア共和国に三年前? 投稿した作品。
これで過去作掲載シリーズは、一応やめにします。
これも冊子掲載予定です。読んでみてね❤